2004年06月の日記 |
2004年6月30日(水)
朝から講義2本とプラクティカムの現地ミーティング。締切が迫りつつある大物原稿にかかるヒマもない。そのうえ、肩がカカトまで落ちるガックシの災難に遭った。朝8時半頃に大学に着いて駐車場に車を止めて、午後3時15分、プラクティカム現地ミーティングに出るために車に戻ったら、運転席側のドアから後部席ドアまで、白い大きな傷とともにボコッとへこんでる。当て逃げに遭っちゃいました。夜、修理工場で見積してもらったら、16万円かかるって。お心当たりのある犯人の方、カルチュラル・マネジメント学科研究事務室の真鍋まで出頭してね。
観光マネジメント概論の講義中のやりとり。 田尾「観光マネジメントの素材、次は“泊まる”です。例によって関連物を全部並べる。ホテル、旅館、民宿、ペンション、ユースホステル、宿坊……と並べる。思いつくものを全部並べたら、例の合い言葉を発する。今まで何回もやったの。何や? そう、合い言葉は“これで全部か?”や。実は全部でない。ある大事なものを忘れている。MECEの概念を使って分類したら、大きな抜けのコンセプトが発見されるな。ええか? ここに書いたものは全部○○という共通点がある。ということは、それに対抗する○○というコンセプトの“泊まる”の素材がすっぽり抜けていることに気がつく。では、それは何か。A部」 学科屈指の天然男・A部に、私はかすかな期待を持って質問した。黒板に書いた羅列をじっと見ていたA部が言った。 A部「田尾さん、あの“ねぼう”って何ですか?」 田尾「は?」 黒板を見た私は、一瞬で何事かをさとった。 田尾「宿坊じゃ! 寝坊はお前じゃ!」 ほんまに期待を裏切らんやつや(笑)。 ごん「何を期待しとんですか!」
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2004年6月28日(月)
本日は研究日につき、朝から晩まで、香川県のPR番組のロケに出ていたのであった。 ごん「どこが研究ですか!」 田尾「観光マネジメントの現場検証のメチャメチャ研究やがな。ほんまに、研究しすぎたがな」
うどん屋は山田家と讃岐家の2軒だったのだが、その前後と間にはさんでサンポート、ストーンミュージアム、庵治の「世界の中心で愛を叫ぶ」のロケ現場、屋島山上などを訪れた。いやー、メチャメチャ研究になった(もうええっちゅうに)。中でも、庵治と屋島である。
庵治は「世界の中心で愛を叫ぶ」の映画のロケ地になったので、最近ロケ地巡りに来る人が多いと聞いていたのだが、本日月曜日、平日の午後4時頃でっせ。普段なら釣りのおっさんもいないような庵治の防波堤にカップルや友だち連れが来てますねん。しかもRSKのスタッフがインタビューしたら、広島から来たとか、大阪から来たとか、名古屋から来たとか。 で、見てたらカップルのうちの男の子が突然防波堤の上を走り出した。「こらこら、危ないがな」と言ったら、レポーターの斬新なサインを書く(笑)中村さんが註釈してくれた。 中村「映画の中でね、主人公の男の子が防波堤の上を走るシーンがあるんですよ」
そうかー、ロケ地にまで行くようなファンって、そういうものなのか(笑)。でも私は以前スイスに行った時、「女王陛下の007」のスペクターの基地になったアルプスのシルトホルンという山の頂上の回転展望レストランがあると聞いて、ツアーコースを外れてわざわざ行った男であるが、映画のシーンにあったからといって、ロープウェイのケーブルにぶら下がって機関室から侵入するような真似はせんかったぞ。 ごん「誰がしますか!」
屋島の話は長くなるので書かない。庵治と屋島、いずれも行ってみて発見というか気がついたというか実感したのだが、観光マネジメントの基本的な必要条件のいくつかがないんだなあ。ちょっとまとめて、講義に使おう。
ちなみに朝集合したサンポートの1階で、衣料品とかのワゴンセールをやっていた。にぎわいづくりの一環かもしれないが、サンポート全体のコンセプチュアル・ディレクターみたいな人、いないのかなあ(笑)。
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2004年6月27日(日)
大阪麺通団でのイベントの日程が決まった。
7月24日(土)11:00〜Sirakawa、17:00〜上戸うどん 7月25日(日)11:00〜白川、17:00〜清水屋
以上のスケジュールで、大阪麺通団に本場香川の若手四天王が登場する。で、本日はその下見のため、大挙8人が、交通費を安く上げるために「たかなんフットバス」にて大阪に突撃した。メンバーは団長の私、今回のイベントのディレクターを務める団員H谷川君、今回のイベントのツッコミ役を務める団員ごん、今回のイベントの掲示物関係を担当する団員D々、「うどんがうまい」と言われるより「大将おもろい」と言われる方がうれしいSirakawaの大将の白川君、3日に2日は嫁さんに怒られているという上戸うどんの大将の上戸君、難波に一泊ということですでに雑念がいっぱいの白川の大将の山下君、そして、こないだまでPHSユーザーだったのに携帯電話に変えた途端、未だPHSユーザーの団長が団員にいじめられている横で涼しい顔で助けに入らなかった、若手軍団の長老、清水屋の大将の清水君の合計8名である。昼過ぎに大阪麺通団に着いて、それぞれ持参したうどん生地を試し打ちして(試し打ちのうどんがあまりにもうまいので店で出した!)、夜、香川に帰ってきた。珍道中記は長くなるので書かない。とにかく当日、お楽しみに。一番お楽しみにしとるのは山下君かもしれんが(笑)。
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2004年6月26日(土)
夜、ビー・クォーター飲んで歩いてアップタウンに行ったら、牛乳屋さんにくまさんにしんちゃん、馬の助(牛乳屋さん命名の女の子。なんちゅうニックネームつけるんや)、ごん、ごんの友だち(表向きは友だちにしといてやる)、師匠にねえちゃんというドリームチームが勢揃いしていた。 今日のバカ話項目の主なラインナップは以下の通りです。 ・健康なドロドロ血液と不健康なサラサラ血液対決。 ・ベンツは「ベント」の複数形か。 ・そのまま食べられるにもかかわらず、オーブンで焼くとさらにうまくなる食べ物ランキング。 ・朝から夜の番組が見られるテレビと、夜でも朝の番組が見られるテレビ。
さらに各種時事問題に話題が展開していった時、正義の人くまさんが言い出した。 くま「みんな、頼むから投票に行ってくれ。誰に入れてもええから、とにかく投票に行ってくれ。わしな、投票にも行かんと何やかや言うやつ、よいよ好かんのや」 そこでしんちゃんから、よく言われる「入れるやつがおらん」という意見が出たが、私はくまさんと一緒に必死で説得した。結局0時半頃まで話した。 みんな、投票行きましょうよ。立候補している人が嫌いなら、人間に目をつぶって「今の状態がイヤなら今と違う政党に入れる。今の状態でいいなら今の政権政党に入れる」という選択でいいじゃないですか。「今の状態がイヤなら新しい人に入れる。今の状態でいいなら今までの人に入れる」でもいいじゃないですか。すぐには変わらない。1票でも変わらない。けど、投票率が70%、80%、90%になったら、支持団体の力関係だけでは当落が決まらなくなる。それだけでも大変化になる。そうなったら立候補者も変わってくる。 独裁政権と違って、民主主義は政治を変えるのに時間がかかる。けど、投票率を劇的に変えるのは我々ですぐできますよ。わかったふうにしらける前に、まずそこからだろうと思うんですが。
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2004年6月25日(金)
「アイデア開発論」の講義でのこと。今日はアイデアの出し方の「対象別分類」の第2回であったのだが、先週の第1回で紹介した「アイデアを出す道具」の実践例が2つほどあったので、まずそれを念入りに解説して、道具をいかに使うかを教えていたのである。 道具を教えてもいざ実践となったら初心者はなかなかうまく使えないので、この実践例は非常に良い勉強になるということで、つい熱が入って話は約1時間にわたってしまった。で、残り30分ぐらいになって、今日紹介する道具に早よ入らないかんと思った私はこう言ったのである。 田尾「ま、長なったけどここまでが先週の余談や」 そしたら、200人ぐらい入った階段教室の前の方の席で一生懸命ノートを取っていた女子学生の一人が「えー!」と声を挙げた。彼女は「本題だと思っていたのに、余談をノートに取ってしまった」という嘆きの声を挙げたのである。
彼女の目的は「アイデアを出す道具を身につけること」ではなく、「講義内容をノートに取ること」さらに言うなら「ノートに取って、試験用に覚えること」だと思われる。おそらく高校まで、ずっとそれをやってきたのである。それをこなすことが成績につながり、優等生につながるという、いわば洗脳をされてきたのだろう。きっついなあ(笑)。 たぶん真面目な優等生ほど、そういう子が多いような気がする。 田尾「真鍋はあの“余談”こそが大事なの、わかるよな?」 真鍋「わかります。というか、それ、僕が優等生でないというふうにも聞こえるんですけど」 田尾「読解力もついてきたやないか(笑)」
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2004年6月24日(木)
大学の私の講義は、1年生中心にやっている「アイデア開発論」がベースになって、2年生以降の「マーケティング論」や「観光マネジメント概論」や「放送メディア論」、あるいは実践演習のフェスタ・プラクティカム、フィールド・プラクティカムなどにつながっていくという構成である。「アイデア開発論」は、(1)アイデアを出す「道具」を教える(2)道具の使い方を教える、の繰り返しで、30個くらいの「道具」を教えている。で、2年の科目では講義の中で時々その「道具」を使って模擬実践みたいなことをやっているのだが、昨日、今日と、ちょっと驚くとともにうれしい事件(笑)があった。
うちの学科生、男子学生も女子学生も何しろヤンチャなやつが多くてとても講義について来られていない様子だったのだが、中でも絶対ついて来られてないと思っていた連中の中の数人が、頭の中の線がつながり始めたみたいなの。 「放送メディア論」の中での会話。
田尾「そういうわけで放送メディアの特徴と可能性を浮き彫りにするために新聞、雑誌、インターネットとの比較をやったわけやけど、今やった“年齢カバー性”のところで作ったマトリックスを眺めていると、新聞媒体が若者を取り込むための方法というか、方向性が見えてくる。パッと見たら検討もつかんかもしれんが、“MECEなロジックツリー”という道具を使うと、君らでも見えてくるぞ。ちょっと難しいかもしれんけど、行くぞ。まず、新聞が若者を取り込む方法の一つ目は、×××。二つ目は、×××。でもこの2つは、何となく効果が薄そうなのはわかるな? ところが、もう一つ、道具を使うとある方法が浮かんでくる。今までどこの新聞もやったことのない方法や。わかる人?」 この講義は30人強が履修しているのだが、何せヤンチャ揃いなので(笑)10人もついて来てるかどうか…と思っていたのだが、ボーッと黒板を見ていた“ついて来てないはず組(笑)”のN尾(女)が、急に言い始めた。 N尾「あ…何かわかる気がする…」 田尾「何や。言うてみ」 N尾「何かなあ、××××みたいな……」 田尾「それや」 N尾「やったー!」
続いて昨日の昼休み、大学祭の催し物企画チームのミーティング。1年、2年入り交じって20人ぐらいが出してきたアイデアフラッシュがあまりにも思いつきレベルでバラバラなので、考え方の整理の仕方をレクチャーしていた時である。 田尾「ええか? この5つの方向性のうちの一つの“物を売る”のところから行くぞ。物を売るにはまず、売る物を用意せないかん。売る物を用意する方法が3つある。×××と、×××。もう一つは何や」 すると、何とまた“ついて来てないはず組(笑)”のH川(女)が、 H川「あ! 田尾さん、うちわかったわ」 田尾「何や」 H川「×××やろ」 田尾「正解や! どしたんや、さえとるやんか」 H川「何か……わかった」
まだ「3つのうちの2つを言うたらもう1つがわかる」レベルなのだが、やってることは学生レベルのことではない。プロの世界でも途中まで導かなければおいそれとは出てこないレベルの話である。こいつらみんな、高校時代の成績は決して優秀とは言えない連中であるのだが、卒業までにまだ2年ある。みんな、ちょっとずつアイデアが出るようにしてやるからな。
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2004年6月21日(月)
台風一過とともに午後6時、明日の講義準備まではさみながら20日中に終える予定の原稿や企画をすべて上げた。何という清々しさだ。22日中に上げないかん原稿類があるが、それはまた明日の風が吹く。この一晩のプチ油断モードのなんと心地よいことか。
ごん「油断しとる場合ですか! というか、今日上げた原稿、ほんまは昨日中だったんでしょ?」 田尾「苦しみは長いほど、その後に来るオアシスが倍もうれしいというもんや」 ごん「言うてることがわかりませんが…」
今日は早よ寝る。明日早起きして、早朝から仕事じゃ。
牛乳「あんた今まで“早寝して早朝から仕事!”言うて、ちゃんと起きたいう話、20年ぐらい聞いたことないで」 田尾「奇跡は21年目に起こるんです」 牛乳「それは阪神の優勝やろ」
先日ご隠居のT村さん(中日ファン)が言うてました。 「堀内はね、足し算はできるけど引き算の仕方を知らないんですよ。だから点はなんぼでも取るけど、なんぼでも取られる。岡田はね、足し算も引き算もできるけど、答が間違ってる。だからいつも“おかしいなー”みたいな顔してるでしょ? 落合? 落合は足し算も引き算もできない。できないけど、嫁さんが答教えてくれる」 昔、野村監督が「うち(阪神)には計算できる選手が一人もおらん」言うてたけど、そういうことやったんか(笑)。ま、私は3月にテレビで「阪神は今年は3位か4位で御の字」いうて宣言したから、ここんところ至って心は平穏ですけど。
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2004年6月20日(日)
ふー、池Dの担当の原稿が終わった、続いてY口担当の原稿や。え? 明日台風が来るって? 全然知らんがな。
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2004年6月19日(土)
先週の土曜日に、久しぶりにビデオを3本も借りたのである。理由は、金曜日の夜、牛乳屋さんらと観に行った「デイ・アフター・トゥモロー」が中途半端だったので何か口直ししたいと思っていたところへ、翌日朝、娘のあぶが何やらCDを借りに行きたいというので一緒に行って借りて、ついでにマルヨシへ行ってオレンジ5つとパン5つとアイス1箱とアップルジュースとミックスジュースと満月ポンとピーナッツあられみたいなんとタラの珍味とたくあんを買って帰ったのである。ちなみにタラの珍味を買ったのはあぶである。あぶは、小学校低学年の時の授業中に、教室で先生に「みんなの好きな食べ物は何ですかー?」と聞かれて、みんなが「チョコレートー!」とか「ケーキー!」とか言う中、「もずくと珍味」と言った娘である。
で、結局これというビデオが見つからずに「サラマンダー」と「デアデビル」と「スコーピオン」の3本を借りて帰って、一気に「サラマンダー」と「デアデビル」を観て、「まあいっぺんに3本観るのはさすがになあ…」と思って……、今日、「スコーピオン」をとうとう観ないまま返却日が来てしまったのである。
要するに何が言いたいかというと、借りたビデオを観ずに返すという、嵐のように忙しい1週間であったということやね。しかも今日は返しに行く時間さえ取れず、家内に返しに行ってもらうという大惨事である。昼から重要な会議があって、夜の7時過ぎに家に帰って、昨日中に上げるはずだった都村さんのQ&Aの原稿を深夜の2時半までかかって何とか上げて、こんな時間にFAXで送ったら電話音で起こしたらいかんので車に乗って原稿を都村さんちの郵便受けまで届けて、午前3時に帰ってきて3時半頃寝て、5時半に起きるつもりが7時になってあわてて起きて全米オープンの3日目を見たのである。
真鍋「どんな用事ですか!」
最近学科助手の真鍋が日記に出てなくてきっと寂しい思いをしているので、登場である。しかも1行空けの強調バージョンである。とりあえず、20日(日)中に上げないかん原稿が4本ある。それをクリアすると、6月末まで、断続的に大物小物の原稿26本と講演、講義準備物が7本、断続的に襲ってくる。とても峰山に登っている場合ではないので、ごんは安心しててええよ。
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2004年6月13日(日)
一昨日の日記を書いている時、曜日の「きん」と打って変換したらいきなり「欣」が出たのがどうも気になる。最近書いた原稿のどこを見ても「北大路欣也」も「愛川欣也」も見当たらんのに。
昨日は3時過ぎに寝たというのに8時前に起きて、パソコンに向かったのだがどうも調子が出ないので、朝9時からビー・クォーター飲んで峰山へ歩いて登ることにした。峰山に登る手前にはごんのいるマンションがあるので、とりあえず歩きながらごんに電話。
田尾「昨日、ホームページの刷新案を作ったけん、きみんちへ歩いて持っていこうと思うんやけどな」 ごん「はあ」 田尾「俺、今から峰山に登ろうとしよんよ。で、途中できみんちに寄って渡して説明してもええんやけど、先にきみんちに寄ったら峰山に登ろうという気持ちがくじける恐れがある」 ごん「ほな、あんたが登って降りてくる頃に、うちで待ってたらええんですね?」 田尾「そういう案もある。ところが登って降りてきてきみんちに寄ったら、俺はすでにビー・クォーター飲んでるから汗だくで行くことになる。それは何でも失礼やろ?」 ごん「……(やな予感)」 田尾「それで考えたんやけど、例えば道中打合せをしながら登ったら実に効率的ではあると。ま、別にどうしてもというわけではないんやけど、お互い忙しい身ではあるわけで、ま、道中で打合せとなればやね、効率的には実にこれが……」 ごん「ええええわかりましたよ! ほなマンションの下まで来たら電話してください!」
そういうわけでごんがどうしてもと言うので、2人でハイキングコースを峰山登山することになった。1カ月くらい前やったっけ、一度このコースを登ったのだが、ハイキングコースというよりほんまに「登山」みたいな過酷な山道を、死にそうになって頂上展望台に到着し、あれやこれやとしゃべって、息を整えて下山した。途中、1メートルくらいのシマヘビに遭遇。途中、道路脇の溝で何とモグラに遭遇。
田尾「いやー、朝から自然を満喫して清々しいのー!」 ごん「というか、その清々しさの原因は、展望台でさんざんうっぷんをしゃべったからでしょ?」
しゃべった内容はとても書けない(笑)。 昼前に帰宅し、午後は仕事をしながらうどんの5番勝負の全国放送を見て、夕方家内と三越へ行ってリキエルをのぞいたらめちゃめちゃ久しぶりのRNCの松岡さんに会って、それからお店の樋渡さんとバカ話しながら服を買って、靴のコーナーに行ったら三越の店長とバッタリ会って、あいさつして靴を物色していたら店長が「新作です」言うて桶に入った「うどんネクタイ」を持ってきて見せてくれた(笑)。何年か前、日銀の支店長がしてたやつの新作。私も以前、JR四国の梅原会長から1本もらってる(笑)。
午後6時過ぎ、サカエヤの木島の指導の元、スポーツマンクラブでついに15年ぶりにゴルフのアイアンセットの新しいやつを買う。スポマンの藤岡さんに15年前から使っているクラブを見せたら、 藤岡「また難しいの持っとるなー! こんなんで打ってたら、今のクラブどれでも打てるで」 木島「ね? 今どきそんな耳かきみたいなクラブで打ってる人、おらん言うたでしょ?」
知らんがな。ゴルフや年に2、3回しか行かんのに。で、夜、青春ゴルフに打ちに行きました。木島が来てました。KSBの社長の加藤さんも来て、衆人環視の中(ま、2人やけど)、ニュークラブで打ったらピシパシ当たるがな。みんな、こんなクラブで打ってたのか! よし、これでこないだ初心者の池Gさんに3回もオナーを取られたという屈辱を晴らせるぞ。いつでもかかってきなさい。ただし、池Gさん以外はかかってきてはいけない。
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2004年6月11日(金)
テレビ終了後、仕事の打合せでアップタウンで安Zと会ったら、世界史オタクの安Zから「“オスマントルコ”なんて叫んでませんよ」というチェックが入ったが、チェックの内容についてちょっと解説をしなければならない。すなわち安Zのチェックは、要するに叫んだ、叫んでない、の話ではない。世界史オタクとして「オスマントルコ」ごときが例に出たのが心外だというのだ。それは大変よくわかるぞ。
田尾「そやろ? 池Gさんが“オスマントルコとか…”と言うたけど、普通の人は“オスマントルコ”で十分オタクっぽいと思うかもしれんけど、はっきり言うて俺らにとってオスマントルコは日常レベルやろ?」 安Z「さすが田尾さん、よくわかってらっしゃる」 田尾「最初は俺、違う例を出そうと思ってたんやけど、一般人には深すぎるからオスマントルコで妥協してしもた」 安Z「何を出そうと思ってたんですか?」 田尾「“耶律阿保機ー!”とか」 安Z「それそれ! それでこそ世界史オタクですよ!」 ごん「誰もわかりませんがな!」
さて今晩は久しぶりの「よい子の映画鑑賞会」。ま、仲間で映画を観に行くだけだけど。今日は「デイ・アフター・トゥモローやったら行ってもええわ」と言ってたらしいなおちゃんと、「体調不良」と言い張るごんが欠席して、牛乳屋さんとアップタウンのねえちゃんと私の3人である。ところが、21:00からの「トロイ」を観る予定だったのに、映画館についたら5分前。しかもねえちゃんが「腹減った」とか言い出して、3人で回転寿司の突入するという大惨事に見舞われ、急遽21:30からの「デイ・アフター・トゥモロー」を観るハメになってしまったのである。
田尾「今日出たテレビで僕、“今晩トロイ観に行く”言うたのに」 牛乳「もう間に合わんがい」 田尾「なおちゃん、怒るやろなあ。ま、牛乳屋さんがなおちゃんにしばかれたらええか」 牛乳「何で私やねん」
終わったら夜の12時前。「トロイの方がよかったかなあ」とか言いながら帰ってきました。 田尾「ま、住むなら南半球ということですかねえ」 牛乳「そんな感想かい」
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2004年6月10日(木)
今日の4コマ目の授業は「景観理解」というテーマで、伊藤先生たちと分担して、学生たちを引き連れてデジカメを持って善通寺市内の路上観察に出た。「とりあえずおもろいもん探そうぜ」ということで簡単に採集物のレクチャーをして出かけたのだが、路上観察に限らず、こういうものはテーマを持って必死で探さないと全然引っかからないものである。途中、犬のフンを片付けようという趣旨の看板を見つけたのだが、学生たちは何がおもしろいのかわかってない。看板には「犬のフン、困ってます」というコピーが書いてあって、その横にブルドックみたいな犬が困っている風に顔をしかめているイラストがある。
田尾「これ、撮っとこう」 学生「え? 何でですか?」 田尾「何でて、“犬のフン、困ってます”で、横で犬が困った顔してるやろ?」 学生「はい…」 田尾「これは、“お前は困ってないやろ!”というツッコミが入る」 学生「なるほどー!」
いや、こんな授業ばっかりじゃないですからね(笑)。ちゃんと講義する科目もいっぱいありますから。
本日、夜はさっそく最強のビー・クォーターを飲んで50分ぐらい歩いて、汗だくになってそのままアップタウンへ行ったら牛乳屋さんがいた。 牛乳「何や、その汗は」 田尾「もう大変ですよ、ニュー・ビー・クォーター。Tシャツびしょびしょ。上に種まいたらカイワレ生えてくるぐらい濡れてますよ」 牛乳「やめんか!」 それから約2時間、ねえちゃんとマスターと牛乳屋さんと4人で、日本でこれほどまでにカツカレーを深く考察したやつはいないのではないかと思うぐらいカツカレーの話をして、さらに世界遺産のジャイアンツコーズウェイの話から、フランス人とスペイン人とドイツ人について斬新な視点による考察をし、最後は昭和40年代の香川におけるファンタとローヤルクラウンの戦いの分析から渡辺のジュースの素の考察で本日の考察を締めくくった。 夜中の0時、アップタウンからまた徒歩で帰宅。風呂入ってまだ仕事じゃ。がんばらないかん。ゴルゴ13も南極でがんばっとるし。
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2004年6月9日(水)
早いなあ、1週間。1週間以上経ったけど。 朝9時10分から講義2本続けて、一服する間もなく“悪巧み軍団”が大学に来校した。千趣会の池Gさん、アブ君、インフォベースのオヤジギャグマスター安Z、麺通団員D々、日清冷凍食品のM宅さん。とりあえず清水屋で昼飯食って、近所の喫茶で打合せをした。打合せ場所は私の研究室でもよかったのだが、研究室はイスが5つしかないから1人座れないのだ。飲み物もないし。
私「一人立ってるんでもよかったら研究室でもいいんですけどね」 池G「何かおもろいこと言うたら座れる、いうんでどうですか?」 私「そんなんやったら安Z、ずっと立っとかないかんやん」 安Z「何言うとんですか! 僕、めちゃめちゃおもろいこと言いますよ!」 D々「というか、どんな打合せですか!」
とりあえず喫茶に入って、4人がアイスコーヒー、M宅さんがカフェオレの冷や、私がミックスジュースを注文して打合せを終え、解散。帰りに大学構内で漆原先生と真鍋にバッタリ会って、ビー・クォーターの最新作が届いたというので一箱もらった。漆原先生は今、NHKの“てれごじ”という夕方の生番組でダイエットの実験をやっているのだが、被験者の女の子が何と、数年前までTJ Kagawaで働いていたK川だそうで、こないだ1回目の放送を終えたばかりだそうである。
漆原「でね、K川さんが一番太ってた頃の写真を持ってきたんですけど、それ見たら田尾さんが横に写ってる写真なんですよ。で、K川さんが“ストレスで一番太ってた頃です”と言うので、つい“それ、ストレスの原因は横の人じゃないですか?”って言ってしまいました(笑)」 私「原因は俺かい!」
楽しみやなあ。K川、顔立ちがいいから痩せたらカッコようなるぞー。 で、夕方、池Gさんとアブ君を乗せて高松に帰った。
私「いやー、ラッキー。ビー・クォーターもらった」 池G「構内歩いててよかったですよね。“足で稼げ”いうのはこういうことだったんですね」 私「それはちょっと違う」 池G「でも安Zさん、今日初めて会いましたけど、ミーティング中にメモ取ってる人って、田尾さんの仲間では初めてですね」 私「俺の周りはどんなやつばっかりなんや! けどね、安Zはオヤジギャグマスターなんですよ。しかも世界史オタクやから、ボケの方向性が難解で難解で」 池G「今日はあんまりボケてませんでしたね」 私「たぶん世界史ネタとか振ってなかったからですよ」 池G「フラストレーションたまってたんでしょうかね。そういや安Zさん、打合せ中に何回か外に出ていきましたけど、辛抱できんで外で世界史ネタしゃべってたんちゃいます?」 私「外へ出た途端、大声で“オスマントルコー!”とか叫んでたんちゃうかなあ(爆笑)」
安Z、きみの人となりは池Gさんに正しく伝えてあるからな(笑)。 高松に着いて、3人で松下でうどん食って解散。松下の奥さんと大将と娘さんとその辺にいた客の高校生らとよっけしゃべって帰りました。仕事、山のように抱えたまま。
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