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2005年10月の日記
2005年10月30日(日)

 こんとん食堂最終日の朝8時、会場に着くとSIRAKAWAの白川君が一番乗りして待っていた。

田尾「ちぇーす」
白川「おはようございます。いよいよ最終日ですね」
田尾「今日はいてきたこのズボンやけどな、ちょっと丈が短いような気がするんやけど」
白川「白川、そう言われれば短いような。立ってたらそうでもないんですけど、座ってちょっとヒザ曲げた状態になったら、H谷川君状態みたいな」

 私はベルトを抜いてちょっとズボンを下げ気味にして、いよいよ最終日の準備は整った。午前8時半、学生たちや大将たちが続々と集結する。今日は4人の大将が勢揃い。助っ人陣もH谷川君が来て、最終日はごんだけ逃亡のフルメンバーで臨む大一番である。

H谷川「ごんさんが抜けたのがフルメンバーですからね」
田尾「昨日はごんがおったからフルメンバーではない」
H谷川「けど今日はガモムスさんが来ますよ」
田尾「あちゃー、せっかくフルメンバーやと思たのに。ガモムス来たら何やってもらうかなー」
山下「うどんのとこやってもらお」
田尾「そやな。昨日は冷凍うどんがめちゃめちゃ出たからな」
山下「腕抜けるぐらいテボ振ってもらわないかんな」
H谷川「けどガモムスさん、10時過ぎに遊びに来るみたいに言うてましたよ」

 私は壁に貼り出した大きなシフト表の「うどん」の担当のところに赤で「ガモムス」と書いて、H谷川君に電話でガモムスを呼び出すように指示した。

田尾「“現場スタッフでまだ来てないのはきみだけや”言うとけ」
H谷川「わかりました。…………あ、ガモムスさん? 団長が“いつまで待たすんや”言うてますよ。スタッフで来てないのはガモムスさんだけやって」
ガモ「俺、いつの間にスタッフ? 聞いてないで」
H谷川「いや、シフト表に赤で名前書いてますし」
ガモ「なんじゃそら!」

 ネタにするのは愛情の裏返しだ。10時45分、日々改善されるこんとん食堂は開店15分前に全ての準備が整い、ついに最終日がオープンした。最初の15分、一瞬昨日より出足が悪いかな…と思わせたが、すぐにお客様が行列を作り始め、客席も埋まり、その状態がずーっと午後1時過ぎまで。1時半から隣の棟の階段教室でベッキーのトークライブがあったにもかかわらず客足は途切れることなく、終わってみれば3日間で最高の入場者と売上を記録して、「平成こんとん食堂」のデモンストレーション営業は完了した。

 客の引いた店内にスタッフ全員が集合して行った最後のスピーチは、ちょっと熱くなってしまった。こんとん食堂を企画から準備、オペレーションまで担当したカルチュラル・マネジメント学科の学生たちは、日増しに成長した。しかし、それは「体験の成長」だけである。体験学習はそんじょそこらにある。これに「マネジメントの論理的な技術力の成長」を加えて初めて、マネジメント学科の意味がある。来週、授業の中でこれをレクチャーしなければならない。

 小ネタは3日間、「黒蜜キノコの不覚」をはじめ書き切れないほど生まれたが、書くほどのネタでもない。片づけを済ませて夜の8時前、四天王とその奥さんと本広監督軍団、H谷川君、ガモムスたちがやっている寄り合いに呼ばれて行って11時過ぎまでみんなと食べてしゃべって、夜中12時過ぎに帰宅した。いつもは週末土日を使ってやる翌週の授業(週8本分)の準備を、今からせないかん。明日は朝から夜の6時まで隙間なく用事がびっしり。ふえー、疲れてる暇がない。
2005年10月29日(土)

 朝7時、「平成こんとん食堂」の今日の助っ人ごんが迎えに来た。朝から土砂降りの雨。誰が見てもごんのせいだ。

ごん「というか、昨日オペレーションの立て直しをやったんちゃうんですか」
田尾「その立て直し計画に、きみが入っている」
ごん「私は学生ですか!」

 朝7時40分に集合一番乗りをしたことからも、私の並々ならぬ決意が伺える。今日は8時から学生たちに、SIRAKAWAの白川君、白川うどんの山下君、H谷川君、清水屋の清水さん(長老だから“さん”付け)、日清冷凍食品からM宅さん、香川さん、D々君らが続々と集結。準備段階から全員の動きが違う。修正オペレーション計画に従って準備は着々と進み、10時過ぎにはリハーサルも行えて味のチェックもOK。万全の体制でオープンの時間を迎えた。

 雨も上がって開店早々、またまたお客さんがどんどん入ってきた。オペレーションはほぼ完璧。一日明けて目に見えて成長した学生たちが次々に注文をさばいていく。メニューのデキもバッチリ。ゆでこんとんは山下君担当につき、学生大山を従えて一分の隙もない絶品をゆであげる。こんタコスのコーナーは担当大将の清水さんが厨房を担当し、これまた今D以下数人の学生を従えて見違えるほどうまいメニューを生み出していく。焼きこんとんは白川君の監視の下、学生の大平が見事な焼き上げ。揚げこんとんは昨日藤原屋の藤原君に教え込まれた学生の新延が意外な才能を見せて、これまたええのを揚げる。こんとんボールはSIRAKAWAで修業した学生大西が余裕のサバキだ。

 レジ横で昨日から日清冷凍食品の「名店の味」シリーズを販売していたのだが、今日は新たに「ここで食べたい人は調理しまっせ」と書いたら、もう注文が来るわ来るわ(笑)。ほんまにみんな、うどん好きやなあ。山下君、途中から日清コーナーの助っ人に入って大車輪の活躍で、冷凍うどん屋さんやがな(笑)。

 お客さんも何と、昨日の倍以上も入りました。今日は10点満点の9点以上! 楽しい小ネタも満載の一日だったが、もう日付が変わるから今日は書いてる場合ではない。明日も6時起き。もう寝る。
2005年10月28日(金)

 「こんとん食堂」の初日。学生たちに「初日は8時集合じゃ!」と檄を飛ばして、8時20分に大学に到着した。

真鍋「いきなり遅刻じゃないですか!」
田尾「大物はあとからやってくるんじゃ」

 さて、計画では10時までに準備をすましてリハーサルをして修正して11時にオープンという万全のスケジュールだったのだが、準備中に足りない道具や材料が次々に発覚。買い物部隊を走らせたが、買いに行く店が10時からしか開いてないことが発覚。朝から「こんタコス」の下準備をしている清水屋の大将が10時半にならないと下準備が完了しないことが発覚。人間を配置したらあちこちで人手が足りないことが発覚。そうこうしているうちにリハーサルどころか、オープンにも間に合わないメニューがあることが発覚。もう発覚が5つぐらいあって合計約40覚の状態で11時が来て、お客さんが入り始めたのである。

 平日の金曜日だというのに、あっという間に店内は行列状態になりました。こんとん大将の白川君、山下君に上戸君も助っ人に入って、学生も15人くらいが右往左往しながら必死でさばいたのだが、やっぱり素人の大学生にリハーサルなしでは当然、オペレーションはかなり混乱した。いかにプロの大将や私や上村先生がいるといってもあとは素人学生15人くらいが分担作業をするという状況で、オペレーションは14種類の商品バリエーションの注文受付、製造、受け渡し、60席の客席のフロアマネジメントに途中買い出しから緊急の小物作りからチラシ配りまで。カルチュラル・マネジメント学科のプラクティカム(実践演習科目)としては非常に貴重な体験であったが、とにかく大変でした。

 四国学院大学に限らず多くの大学で“身内の学芸会レベル”の出し物が大勢を占める大学祭ではあるが、カルチュラル・マネジメント学科はそういうわけにはいかない。「自分たちが楽しむ」とか「自分たちの都合」とかは優先順位の最下位。最優先は「顧客の満足」である。だから今日は大盛況ではあったが、私や上村さんの中では10点満点の3点のデキ。来てくれたたくさんの皆さん、出すのが遅れたり、デキの悪いのが出たり、今日はほんまにすんません。明日は絶対、見事に立て直しますから。

 今日はマスコミの人もたくさん来てくれました。KSBスーパーJチャンネルで一緒にやっている若き“挙動不審キャスター(岩井さん命名・笑)”中村君にカメラマンのジャンボ樋口さん、RNCからは“まっちゃん”ことカメラマンの松本君。ちなみにKSBのディレクターの松本君も“まっちゃん”だし、アップタウンの常連の松本君も“まっちゃん”。「全国の松本君の95%は“まっちゃん”だ」という説がますます信憑性を増してくる(残りの5%は消費税)。RNCラジオからは10年近くぶりに再会した植松(恭子)がレポーターでやってきた。読売新聞の若い記者も朝から張り付き取材だ。あと、忙しくて見逃した方々もいると思うが別府君や二代目うどん王の福田君や、懐かしい人たちもいっぱい来てくれて、ありがとうございます。

 午後3時に閉店して、4時頃から全員集合で立て直しミーティング。今日は混乱の中、2年、3年の中心メンバー数人に加えて1年生の「斉藤軍団」や坂下、松井のレジコンビが予想外の大活躍サバキを見せたりして、授業としては収穫もたくさんあった。ミーティングを終えて明日のオペレーションに向けて人員の配置修正から補足の作り物作業を3時間くらいかけてやって、神野先生に捕獲されて助手の真鍋や学生リーダーの福D、中Nたちと近くの店で夜の12時近くまで過ごして、夜中の1時前に家に帰った。明日は6時起き。絶対立て直して完璧なオペレーションをする。
2005年10月27日(木)

 昨日は夜中の12時前に帰って、それから講義準備や何やらをして、今日は朝から大学に行く途中にこないだ行きそびれたがもうに寄った。

ガモムス「今日は右の車線に入れたんですか?」
田尾「万全やがな。同じ失敗は2回までしかせん」

 ガモムス、こないだ10何万人も入った菊花賞に行って来たらしい。帰り、競馬場から京阪の淀駅まで全部帰りの人で埋まってて、普通歩いて10分か15分のところを1時間かかったらしい。だいたいあそこは7万人ぐらい入った日でえらい目に遭うんやから、10何万人入ったらそらあかんで。ちなみに最終レースを取ったら、払い戻ししてる間に時間が経って最悪のラッシュをちょっと避けられるんやけど。ま、最終取ったらやけどな(笑)。

 さて、授業1本に会議にちょこっと出て、今日は午後から学祭準備で授業がないため、一気にこんとん食堂の会場設営になだれ込んだ。宮武讃岐製麺所の寺嶋さんと宮谷さんが厨房機器を搬入してくれて、プロジェクトチームの学生総動員で店作りと装飾、道具類準備をほとんど仕上げる。夜6時半頃に日清冷凍食品から百々君と服部君が冷蔵ボックスの搬入をして、何とか格好が付いた。明日、朝から最後の準備とオペレーションのリハーサルをして、11時オープンです。こんとん大将は山下君と白川君ですが、直前情報では清水屋の大将も朝、ちょっと手伝いに来る上に、上戸君が店を優しい奥さん(笑)にまかせて

奥「そこ、(笑)入れるとこちゃうやろ!」

 えーと、きれいな奥さんに任せて「こんとん食堂」に出てくるらしい。大学祭パンフレットにも正門横の大看板にも「こんとん食堂」の場所がなぜか載っていませんが、校内に入ってキャンパスに行ったらすぐわかります。神野先生作の怪しい巨大看板に囲まれたプレハブの建物、まるごとが「こんとん食堂」です。お誘い合わせの上、ぜひお越しください。

 あー、日が変わった。明日は6時起きやけど、授業準備せんでええからもう寝られる。
2005年10月26日(水)

 いつの間に水曜日…。「平成こんとん食堂」オープン、明後日やがな。

 火曜日は朝7時半に大学に行って、昨日の晩に完成した授業に使うオリジナルデータをコピー。39人履修しているが、歩留まりを予測して30セットコピーして授業に行ったら29人が出席してて、私の分を入れてピッタシ! うっしゃー! というか、出て来いよ授業に!

 で、講義を2本終えて午後はこんとん準備でそのまま夜の8時まで。阪神も負けてたので「今日はこれぐらいにしといてやる」言うて解散した。

 今日は朝から講義2本に学科協議会で夜の6時。あとに控えるこんとん準備に向けて、神野先生と助手の真鍋と学生の福田、中野の5人で神野先生行きつけの「はとぽっぽ」なるメシ屋に行った。これがですね、善通寺一番の大通りに面しているのに、怪しさ大爆発の神野先生が霞んで見えなくなるぐらいの怪しさ超爆発のメシ屋なんですわ。たぶん、初めて一人で行った人は平常心ではいられないと思います(笑)。

 わからん時は常連に従えという鉄則どおり、神野先生と同じ「肉オムレツ定食」を頼んだら(おばちゃん一人で作っているみたいで、大人数で行ったらかなり待たないと出てこない)、これがほんまにうまいんだ。さらに真鍋が頼んだ「どんカレー(どんぶりに入ったカレー)」をちょっと奪って食べたら、カレーの中にシャキシャキの千切りキャベツまで入ってて、これが非常に食感がよろし。正直私、ご飯の代わりにキャベツの千切りにカレーをかけて食べてもええんちゃうかと思いました(笑)。はとぽっぽ、夕方3時頃からしか開いてないらしいです。

 店のテレビでかかってたニュースで、日本シリーズの途中経過が出ました。3-0でロッテがリード。

田尾「よーし、あと7点じゃ」
真鍋「田尾先生、阪神ファンじゃないんですか!」
田尾「筋金入りの阪神ファンは屈折しとんじゃ。の、福田」
福田「はい」
田尾「この期に及んでのベストの結果は、このあと4連勝して大逆転優勝。これはわかるの? で、反対に最悪は4連敗やと思うやろ?」
真鍋「違うんですか?」
田尾「違う。の、福田」
福田「違いますね」
田尾「最悪は、中途半端に1つか2つ勝って結局負ける、いうやつや。それでは何のオチもない。おもろいことも何ともないがな。ロッテには打てんピッチャーが確実に2人おるから、たぶん阪神の逆転優勝はない、となると、逆転優勝の次に納得のいくオチはこれ。4試合連続10点取られて4連敗。それも10-7や10-8ではいかん。10-0や」
福田「3-1とかで負けても中途半端ですからね」
田尾「とにかく中途半端はいかん。負けるなら今日や。それも何としてもロッテにあと7点取ってもらわんと」
真鍋「ようわかりませんわ(笑)」

 満腹になって大学に帰って、結局そのまま夜の10時半までこんとん準備の作業をした。終わって学科事務室でテレビをつけたら、阪神が中途半端に終わっていました。ま、これで来年も平常心で楽しめる。日本一になったら来年、シーズンの迎え方がわからんからなあ。85年の日本一の次のシーズンの時も、気持ちの居場所を見つけるのにしばらくかかったからなあ。
2005年10月24日(月)

 今日は講義のない日であるが、講義準備やこんとん食堂準備がいっぱいあるので朝からメシも食わずに家を出て、がもうでうどん食って行こうかと思って産業道路の檀紙の交差点前で右に曲がったらがもう方面、直進したら高速に乗って一気に善通寺というところで右車線に入るタイミングを失って直進してしまって、「ええわ、善通寺まで行って大学に行く前に白川でうどん食うか」と思って善通寺インターで下りて白川に行ったら定休日。

 ふーむ、そういえばこないだも確か月曜日の朝に突撃して定休日だったぞ。

H谷川「学習してくださいよ!」

 結局そのまま南に走って、朝から宮武に行った。

田尾「ちわーす」
大将「どしたんな。また学校休みやったんな」

 以前、朝から大学に行ったら学校が休みだって肩をカカトまで落として宮武に行ったことがあるのだが、大将も人の失敗を徹底的に突いてくるんだから(笑)。けど宮武、平日の朝だというのに私がいる間に何組も、初めてと思われる客も含めて明らかに県外のうどん巡り客が来る。すごいなあ。

 大学構内で、2年前に私の講義を履修していた教育学部の女子生徒2人がぼーっと座っているのに出くわす。

田尾「おー、暇そうやのー」
学生A「せんせー、することがなーい」
学生B「自分探しの旅に出ようかなー思うんやけど」

 「自分探し」かー(笑)。あんまり好きな言葉じゃないなー。自分で「自分探し」を意識した行動って、非常に違和感があるね。昔、都村さんから論理的な話で聞いた「今の大学の教員養成プログラムって、一番先生になってはいけない人を先生にするようなシステムになってるんですね」という話を思い出したが、彼女らは意識してか無意識かわからんがそこに当たって立ち止まっているように見えた。次の授業の前だったので話をする時間はなかったが、君ら、悪くはない立ち止まりだと思うぞ。けど、妙なアドバイスを聞いたら違う道に入っていきそうな、危なっかしい時期ではあるなあ。
2005年10月23日(日)

 いつの間に1週間…。

 この1週間、自転車操業で前日準備をしながらの授業が8本と会合や会議が4つ、学外からの頼まれごとが4つに来客打ち合わせが3回、その上に、いよいよ目前(10月28日から3日間)に迫った「平成こんとん食堂」の準備に連日追われるという日々を送っていました。

 水曜日は大学に行く前の朝、天然佐野美枝子さんに呼ばれてFM高松に生出演して「平成こんとん食堂」のPR。佐野さんから「番組は8時20分から」と聞いていたのだが、道が予想外に混んでてスタジオに飛び込んだのが8時19分40秒くらい。「ええ時間に来るでしょー」と言ったら担当ディレクターが「田尾さんのコーナー、8時15分からだったんですけど、来ないから先に天気予報とかやってつないでました」って。結局そのまま放送になだれ込みました。

田尾「佐野さん8時20分って言うてたやん!」
佐野「そうなのよねえ。8時20分だとばっかり思ってた」
田尾「相変わらずの天然やなあ。もう、朝早よからあわてて来たのに」
佐野「でも私なんか今日、朝4時起きですよ」
田尾「まあお互い、早起きが苦にならん歳になってきましたからね」
佐野「お互いって言わないでくださいよ」
田尾「ええがな。10の位、接近しとんやから」

 何か、ラジオはええなあ。マシンガンみたいに10分くらいしゃべってすぐさま大学に走って、講義2本に来客2人。終わってすぐさま学生数人とこんとん食堂の準備をして午後7時からの会合に向けて高松に帰ったら車がガス欠寸前で、ギリギリでガソリンスタンドに飛び込んだら「給油口が開かない」というアクシデントに見舞われて、緊急措置でトランクの内側から給油口を開けるハメになってもう大変。

 という日々が続いた昨日(土曜日)の夜、ヘトヘトになってアップタウンに行ったら正義の人くまさんが広島から帰ってきてたのである。

 急に冷え込んだので厚めの半袖シャツを着てきた(半袖かい!)牛乳屋さんやねえちゃんも交えて、情報収集を兼ねて建設的な話をしたが、何の話をしたかほとんど覚えてないがな。えーと、「天敵による画期的なエチゼンクラゲ撃退法」の話(お題を見ただけでバカ話とわかるが)と「ギンナンの謎」の話と「ピラミッドの高さ」の話と、「中国の観光地のお土産屋の客扱いはひどい」というねえちゃんの国際レポートと、それから広島の選挙の話と「鞆の浦に景観を損ねる橋を架けようとしている」という話と「広島の商店街は周辺に大型店が出店しても“都心の崩壊”どころか、客が全然減ってない」という示唆に富んだくまさんレポート。結局夜中の12時までバカ話をしました。

 ふー、とにかく今度の週末、「平成こんとん食堂」が終わるまで非常にあわただしい。一応概要だけ書いておきますので、お時間がない人も無理矢理ぜひお越しください。

「平成こんとん食堂」
<日時>10月28日(金)29日(土)30日(日)、いずれも11:00〜15:00
<会場>四国学院大学キャンパス内特設会場(といってもプレハブの教室を使った大ざっぱな店です)
<駐車場>大学東側の大きな3階建て駐車場が開放されています。

<当日の創作こんとんメニュー>
・ゆでこんとん(4食各1枚ずつ4枚入り・100円)腰のある刺身状のこんとん。山下君考案の紅ショウガ練り込み赤ゆでこんとん(試食で1番人気)、ワサビ風味の緑ゆでこんとん、ターメリックの黄ゆでこんとんとオーソドックスな白ゆでこんとん。これにつけるのは、ワサビ醤油をはじめケチャップ、きなこ黒蜜、特製今田ソース(学生の今田が作ったスペシャルソース)などいろんなものを用意していますので、お好きにお楽しみください。
・焼きこんとん(2コ・100円)SIRAKAWAの白川君が偶然、いや試行錯誤の末に生み出した、風味と腰のあるモチみたいなパンみたいな物体。これが予想を覆すうまさだったため、以後白川君は「パン屋さん」と呼ばれている。
・揚げこんとん(5枚入り・100円)白川の山下君と藤原屋の藤原君の協力で作り上げた、おやつにもビールのつまみにもいけるエビ入り固揚げチップス風揚げこんとんと、コロモ付き揚げこんとん。
・こんとんボール(3コ・100円)砂糖を使わないのにうまい、サーターアンダギーもひれ伏すほどの腰のある揚げボール。
・こんタコス(1コ・200円)清水屋の“奥さん”考案の、腰のある薄い焼きこんとんで具を包んだ珍品。具はずんだあん、サツマイモあん、チーズチクワ、エビ天ダシの4種類。これはかなりうまいです。

<当日の出演陣>
28日(金)田尾団長、団員D々、山下(白川うどん)、白川(SIRAKAWA)、藤原(藤原屋)、こんとんプロジェクト学生約20人。
29日(土)田尾団長、団員D々、ごん、H谷川くん、山下(白川うどん)、白川(SIRAKAWA)、清水(清水屋)、こんとんプロジェクト学生約20人。
30日(日)田尾団長、団員D々、ごん、H谷川くん、清水(清水屋)、上戸(上戸うどん)、こんとんプロジェクト学生約20人。

 なお、当日は日清冷凍食品の名店うどんシリーズ(私の顔がパネルになっているという、恥ずかしくも絶品レアもの冷凍うどん)を販売します。えーと、大将は予定日以外にも出没するかもしれません。学生陣はこの日記にもたまに登場する助手真鍋をはじめ、お笑いでない方の0西や福D、今Dの中心メンバー、1年生の注目の若手キャラ「斉藤軍団」も連日店頭に立ちますので、てがってやってください。
2005年10月16日(日)

 全治3週間と診断されたねんざからとうとう1カ月。「まだ走れない」という一点を残して99点まで回復した今日、朝から峰山ウォーキング復帰戦に出かけた。実はこないだの日曜日の夜、平地の復帰戦で家内とサンポート方面へ出かけてはいたのだが(昭和町あたりの交差点でまた犬と一緒に歩いている真鍋知事にバッタリ出会って立ち話した)、今日は登り坂ということで、少しスピードを落として慎重にスタートしたのである。

 石清尾神社にさしかかると、昨日からの秋の市で早朝準備中。その横を通って細い道に入ったら、前方で年の頃なら60歳を超えていそうなひょろひょろのおっちゃんが道にへたり込んでいるのが見えた。近づくと、自転車が倒れていて、スーパーの袋みたいなんが落ちている。私は「どしたんな」と言っておっちゃんを起こそうとしたら、まるでさっきまで酒樽に浸かっていたようなにおいが辺りに充満しとるやないの。見るとスーパーの袋からワンカップの酒が3本転がり出てる。拾って袋に入れようとしたら、袋の中はワンカップの酒ばかりが6〜7本入っとるやないの。

田尾「おっちゃん、酔うて転んだんかいな」
おっ「…すまんけどの…そこまで…送ってくれるか?」
田尾「送ってくれ言われても、僕、歩いとるけん送れんがな」
おっ「そこの向こうのの…市営住宅やけどの…送ってくれるか?」
田尾「送る言うたって、送れんがな。おっちゃん酔うとるけん、ちょっとそこらへんに座っとき」

 と言っていたら、おっちゃんがじーっとこっちを見据えていたかと思ったら

おっ「……おまん、どこぞで見た顔やの…」
田尾「見てない見てない。おっちゃん酔うとるけん夢見たんや」

 もう、絡まれたらいかんのでワンカップの入った袋を道の横に置いて、自転車を起こしてスタンドを立てて、おっちゃんを道ばたに寄せて「ほな、山行って来るけん」言うてその場を後にした。

 朝から何か出くわすのー、と思いながら気を取り直して上がりかけたら、すぐ先の市民病院の手前で向こうからトボトボと下りてくる一人のじいさん。

じい「お、あんた久しぶりやの」

 うわっちゃー! 世相じいさんや!

田尾「あ、おはようございます」
世相「あんた、長いだ見ん思たら、ねんざしとったんやて?」
田尾「何でそんなこと知っとんですか!」
世相「皆が言いよったが」

 知らん人ばっかりの峰山で、誰が言いよったんじゃ! 

 とりあえず無事、約1時間30分の峰山ウォーキングを終えました。夕方までびっしり仕事して、途中、CSでミシェル・ウィーのプロデビュー戦の3日目とグリーンチャンネルで秋華賞を見て、夜7時頃、家内とサンポートまで歩いて「いただきさんの海鮮食堂」に初めて入って飯食って(新米か知らんけどご飯がむちゃくちゃうまかった)帰りました。

 昨日は夕方5時からSIRAKAWAで「平成こんとん食堂」の最終メニュー調整と追加撮影と学生部隊のこんとん作りの練習。四国新聞の記者の方も取材に来てて、カメラが向いている時だけ厳しい指導をするふりをする清水屋の大将や、山下君や上戸君や白川君の指導で、学生弟子の大平、大山、新延のやんちゃトリオも何とか使えそうな感じになってきた。途中、遅れてガモムスも到着。

田尾「あ、すんません。今日はちょっと大事な打ち合わせをしてるんで(爆笑)」
ガモ「いや、僕呼ばれて来ましたし」

 ガモムスは今回のプロジェクトではこんとん作りは担当しないものの、「重圧でピリピリしている4人のこんとん大将や麺通団メンバーの気晴らし」という重要な役割を担っている。もう彼なしでは今回のプロジェクトは実現しなかったというくらい、重要な役割だ。

ガモ「あの、褒められてる気がしないんですけど」

 「平成こんとん食堂」は10月28日(金)29日(土)30日(日)の3日間、四国学院大学キャンパス内特設会場で11:00〜15:00の営業時間で開店します。お時間のある方はぜひ、手帳にメモを。
2005年10月14日(金)

 で、こないだ遊ゼミに行った時、足を伸ばして座ってたら久しぶりに来てた愛染君(男前)に「どしたんですか?」言われたので「峰山に上がって下りる時にねんざした」言うたら、

愛染「僕も峰山に時々歩いて上がるんですよ。峰山上がったら、何か話しかけてくるおじいさんがおるんですよ。僕もう名前覚えられて、見つかったら名指しで呼び止められて捕まる」
田尾「知っとるがな! 俺もしょっちゅう会うて声かけられるが」

 それからお互いに人相や格好を確認し合ったら、間違いない! 世相じいさんやがな。峰山の名物かいな。

 さて、昨日、高松市の中央商店街振興組合連合会(8つの商店街)が大型店の出店規制と中心市街地の活性化を増田市長に陳情したというニュースが流れて目が点になったが、続いてその陳情の理由を見てひっくり返った(ひっくり返ってないけど)。「これ以上大型店の出店が続けば、中央商店街だけでなく高松都心も崩壊する」だって。てっきり冗談かと思ったが、看板出して署名もしていたからそうでもないらしい。

 高松市の中央商店街は近年、郊外の大型店出店でかなり客を失っている。私は中央商店街に知り合いもたくさんいるし買い物にも行くからがんばって欲しいとは思っているが、この陳情と署名運動の論理はどう見ても「中央商店街の都合の論理」であって、「お客さん(市民)の論理」ではない。しかも多くの人にそれがバレバレだから、ちょっとカッコ悪いっすよ。

 「お客さんの論理」はシンプルで、まず、大型店ができても商店街に大型店以上の魅力があればお客さんは来て中心市街地の活性化は損なわれないし(その「商店街の魅力づくり」は、行政の仕事ではない。実際、大型店はみんな行政の規制や補助を借りずに自分のお金と知恵で魅力を創り出している)、逆に大型店に規制をかけて出店させなくしても、中央商店街に魅力がなければお客さんは県外や通販など欲しい物があるところに行くから中心市街地の活性化は成功しない。

 それより何より、そんなところに行かなければ欲しい物がいいサービスで買えないような高松市にすることは、お客さんの誰も望んでいないし、高松市民の利便性を実現すべき行政がそんなことをするのは許されるはずがないだろう。

 次に陳情の「理由」の方。都心だろうが郊外だろうが、大型店が出店すれば「中央商店街がダメージを受ける」というのはわかるが、「高松都心が崩壊する」というのはどうにも意味がわからん。

 市民はこれまで、大型店が出店したらみんな喜んで買い物に行ってるし、ダイエーとかの大型店が閉めたらみんな「残念だ」とか言ってる。大型店のコトデンそごうが閉店した時もみんな残念がってたし、代わりに大型店の天満屋がオープンした時はみんな大喜びで、誰も「都心が崩壊する」なんて言ってなかった。つまり、大型店ができたらお客さん(市民)は、今までなかった買いたい商品もいっぱい揃って便利になって売り場もサービスも快適で、「快適さや利便性」は増すと感じているのである。当たり前の話だけど。これって、「都心の崩壊」か? じゃ、郊外の大型店に買いに行ってる市民も、高松都心を崩壊させてる悪者なのか? 

 全国各地で、郊外の大型店出店の影響で昔ながらの商店街がさびれているという話を聞くが、「そのおかげで市民がどんどん不便になっている」という話はあまり聞いたことがない。ニュースでは「青森や金沢などの(大型店出店)規制事例を紹介して、中心部に都市機能を集約したコンパクトシティの必要性を訴えた」ともあったが、こういう話のほとんど全てに共通することは、そこに「市民」とか「お客さん」という言葉がないということである。

 「まちづくり」とか「都市計画」と言われるものの多くは、「まちづくり」という聞こえのいい言葉にカモフラージュされているけれども「市民(住民、お客さん)の論理」を忘れた「作り手の論理」に陥っているという感じがする。もうそんな無理のある論理をくっつけてダマシがバレるようなカッコ悪いことをせず、ストレートに「私らの商店街の売上を守るために大型店の出店を規制してくれ」と陳情したらどうですか? そしたらものすごくわかりやすく「そんなのはダメだ」と言えるんですけど(笑)。

 ちなみに中央商店街の店の中にも郊外に新しく大型店を出している店があるけど、それもよろしくないという話ですか? 私はよろしいと思いますが。
2005年10月13日(木)

 日曜日の朝からインターネットもeメールも無反応になって、業者に電話したら「連休なので火曜日からしか対応できない」と言われて、火曜日に「明日行きます」と言われて結局水曜日の夜に直って、その日は忙しかったのでネットとメールチェックは明日大学でやろうと思って、今日の朝、大学でチェックしようとしたら今朝から大学のサーバーがダウンして1日中使えなくて、結局丸5日間、私のネット環境は呼吸停止していました。

 という日記お休みの言い訳をしておいて、明日も朝が早いのでこの間の出来事を長々と書いている暇はない。その間、観光開発の講義に使う大事な資料DVD(12本セット)を牛乳屋さんに頼んでアマゾンで注文してもらっていたのだが、それが届いたという連絡があったので、今晩は「牛乳屋さんからそれを受け取る」という重要な用件のためにアップタウンに行かざるを得ないという事態になったのである。大変忙しいのだが、どうしても今日受け取っておかないといけないという、まさにやむを得ない理由でアップタウンに…。

 行くと牛乳屋さんがいて、小さな段ボール箱に入ったDVDセットがあった。

田尾「どれどれ。ちょっと、ビニールカバーを破って…」
牛乳「今ここで破ってもDVD見られへんがい」
田尾「新しい靴買うたら家で履いてみるみたいなもんですよ」
牛乳「小学生かい」
田尾「ま、一応中身を改めとかんと、パッケージ開けたら食パンとか入ってたらいかんですからね」
牛乳「どんな薄い食パンや!」

 忙しいのでバカ話をやっとる場合ではない。今日はちょっとアカデミックな会話を交わして早めに帰ろうと思って、非常に建設的な遊ゼミ(毎月の文化人たちの情報交換会)での話を切り出した。

田尾「こないだ遊ゼミに行ったんですよ」
牛乳「みんなが集まってミーンミーンミーン…言うて」
田尾「そらセミやがな!」
牛乳「隅の方で小声で“まだやるんですかね…”とか言いながら、ミーン、ミーン…」
田尾「ちゃいますって! あ、話は変わりますけどこないだムッシュで新しいシャンプーを紹介されてね、ムッシュが自ら実験台になって何ヶ月か前から自分で使ってるらしいんですけど、もう明らかに髪の量が増えて、しかも髪の毛の勢いがあるんですよ。ほんで僕もそれ買うてこないだから3〜4回使たら、何か髪に勢いが出てきて」
牛乳「それ、ちょうだい(笑)」
田尾「ほんまに、髪の毛が何か太くなったみたいで、しかも髪の根っこからの立ち方が違うんですよ…というか、何の話してましたっけ。あ、遊ゼミ。こないだ遊ゼミに行ってきたんですよ。行ったら20人ぐらい集まってて」
牛乳「20人が座ってミーンミーンミーン…言うて」
田尾「そうそう。時々ツクツクオーシ!言うやつもおって…って、ちゃいますって!」

 そこからまた話が脱線して三越の北海道物産展の話になって、また話を戻して

田尾「だから遊ゼミの話ですよ」
牛乳「みんなでミーンミーンミーン…」
田尾「ほんで2時間ぐらいミーンミーンミーン…言うて“お疲れ様でした”言うて帰ってきたんですけどね…って、ちゃいます!」

 みたいなのをあと2回ぐらいやって家に帰った。ちょっと仕事をして、もう日が変わっとるがな。もう寝る。明日は直前の講義準備があるので6時起きで大学。
2005年10月8日(土)

 我々は素人だから疑問はなんぼでもあるぞ(「我々」というのは牛乳屋さんも含む)。こないだはアップタウンで「メルセデス・ベンツの“ベンツ”は複数形か?」という疑問から“ない話”でさんざん無駄な時間を費やしたが、今日の疑問はこれ。

 最近議員や評論家やマスコミが「小さな政府」を目指すとか何とかよく言っていて、その一環としてだろうが、官業の民営化の話だとか公務員の何万人削減だとかが出てくるが、「小さな政府」って、公務員や議員や官業や特殊法人なんかの「数を減らす」ことが第一義ではなく、「予算規模の縮小」のことではないんですか?

 同じことのようだが、私の疑問は「意味」のことではない。

 私が習った「小さな政府」の意味は、国が多くの税金を集めて大きな予算で大きな行政サービス(福祉や教育やいろんなこと)をやるのが「大きな政府」で、国がなるべく少なく税金を集めて少ない予算規模で、しかし行政サービスも最小限にしてあとは市場(民間)に任せるというのが「小さな政府」という定義である。この定義で最も重要なポイントは、もちろん「予算規模」である。

 官業の民営化や公務員の削減は、もちろん「小さな政府」への手段の一つであるから、それがおかしいと言っているのではない。ただ、こないだ公務員の削減の数値目標が出てマスコミをにぎわしたが、「目的は予算規模の縮小。その手段の一つが公務員の削減」であれば、まず目標を提示すべきは「予算規模縮小の目標」であるべきなのに、「何年後に予算規模をいくらにする」という目標をついぞ大きな見出しで見たことがないのである。

 「目的」の数値目標がないのに「手段」の数値目標だけがある、というのは、普通、ビジネスの世界ではあり得ない話である。経営者がそんな戦略を打ち出したら、「アホか」の一言で無能扱いである。

 「小さな政府」を目指すのなら、まず打ち出すべきは公務員の削減数より何より、「10年後に予算規模を80兆円から50兆円にする」とかいう予算規模の目標じゃないですか? で、「それを達成するのに最も効果的な手段」を優先順位をつけて提示する。そうでないと、公務員削減や官業の民営化やいろんな「手段」に今、優先的に手をつけることについて、感情的に必要性を訴えることはできても、論理的な理由の説明ができんでしょう。

 今日の疑問、おしまい(笑)。10日(月)に予定されていた取材が昨日になってキャンセルになって、明日と明後日、連休が取れることになりました。来週の講義準備や依頼原稿や雑用を9日(日)の一日で全部やらないかん予定だったのが、2日使えるようになって、今晩は久しぶりに油断…しとる場合ではないけど。
2005年10月7日(金)

 昨日の市長や市会議員の方々との話の中で、ふと思い出したことがある。

 ちょっと前、新聞に市議会の代表質問と答弁の抜粋が載っていたのを見ていた時、議員の質問の中に「市は地域のビジョンを示し続ける必要がある」みたいな発言があって、ある疑問が沸いたのである。すなわち、「地域のビジョンを示すのは行政の役割か?」ということである。

 私が無知なためにトンチンカンなことを言っている可能性もあるが、私は議会と役所の関係は「議会はものを決めるところ。役所は決まったことを粛々と実行するところ」だと思っていた。つまり、法律を決めるのも地域のビジョンを決めるのも、議会の役割だと思っていたし、今もそうだと思っているのである。

 従って、市のビジョン(この地域の将来像)とそれを実現するための戦略は、議員が考えて提案し、それを議会で検討して決めて、役所はそこで決まったことを実行するという役割分担。とすると、役所に「ビジョンを示せ」というのは「それはあんた(議員)の役割じゃないのか?」という疑問が沸いたのである。

 もう一つ。先の発言の「市はビジョンを示せ」の「市」というのは役所のことではないとしたら、誰のことか。質問の相手は「市長」だから、市長のことか? とすると「市長はビジョンを示せ」という意味の発言なのか? とすると、地域のビジョンを示す(決める)のは市長の役割なのか?

 疑問はどんどん出てくる。私は地域のビジョンを決めるのは議会の役割だと思っているが、もしそうなら、市長にビジョンを示せと言うなら市長が議会の代表でないといけない。けど明らかに市長は議会のトップではない。では市長はどの組織のトップなんですか? 役所のトップですか? ということは、市長に「考えろ。決めろ。示せ」ということは、役所に「考えろ。決めろ。示せ」と言っているのですか?

 あるいは、市長は役所のトップでもないとするなら、市長は閣僚に相当するスタッフも誰も部下を持たない上に役所も議会も統率しないという関係なんですか? 

 何か無知でよくわからんのですけど。

 いずれにしろ、議員が自分たち以外の誰かに「ビジョンを示せ」と言うのは、単純に理解すれば「自分たちはビジョンを示さない」ということである。じゃ、市民に選ばれて市の現在と未来を託された議員は、いったい何をするのか。

 私はまず、役所はビジョンを作って示す役割を負うところではないと思う。以前、さぬき市の総合計画策定の委員会に2年にわたって参加させてもらったが、あの時の基本計画は役所がコンサルタントと一緒に基本計画の案を作っていた。もちろん市民や識者やわずかな議員で構成される諮問委員会に何度も諮って修正改善しながら作り上げたのだが、作る作業の主体はどう見ても「役所」だった。あの時にもずーっと私は疑問を持っていたのである。「最終的に決めるのは当然議会の役割だけど、それ以前のビジョンを考えて提案する(示す)のも、本来議員と議会の役割じゃないのかなあ」と。

 議員はそんなもの考える役目じゃないんですか。よくわからんですが。

 今日も朝一から2コマ連続の授業で、昼飯も食わずに大学に来客があって、高松に帰ってテレビに出て、夜8時半頃ちょっと横になったら疲れが一気に出てそのまま寝てしまった。明け方起きて新聞を見たら、広島の黒田が15勝目を上げてて、あの感動の最終戦で勝った下柳と並んどる。「黒田、たしかこないだ先発したばっかりで、中2日やんか」と思って詳細を見たら、先発は大竹で、2-2の同点の5回から出て8回まで投げて勝ち投手になっとる。何ぞ、そのローテーションは。広島の最終戦が12日ということは、また出てきて単独最多勝狙うんちゃうか? なーんか、最多勝狙いの変則登板で下柳の感動をぬか喜びにしたら、興ざめやなあ。もう2人最多勝でええんちゃうんか?
2005年10月6日(木)

 数カ月前に高松市から「全国都市問題会議」とやらの席上での講演を頼まれて、時間的に無理だとお断りしたのだが「増田市長からのたってのお願いだ」と言われて、その後、何かの大きな祝賀会で市長にバッタリ会ってそこでも直々に頼まれて、時間をやりくりして何とか受けてしまった講演が、今日である。

 朝、大学に行って講義準備や事務作業をして11時10分から「アイデア開発論」の講義をして、学生に「すまんけどこういう事情や。来週から驚くべき充実した講義をやる(笑)」言うてちょっと早めに授業を終わって、大学に来て待機していた黒塗りの市の公用車に乗せられて高松のサンポートに1時前に入って、1時10分から講演をして2時20分に終わって、黒塗りの公用車で直ちに大学に送ってもらって3時15分に大学に着いて、3時10分からの授業の頭を伊藤先生につないでもらってたところへ滑り込むという綱渡りをした。

 私は「全国都市問題会議」なるものを全然知らなかったのだが、全国から人が集まるということで「うどんの話をベースにしてくれたら」と言われていたので、一応讃岐うどんブームの現状と、私が何をやったかという話と、マーケティングのヒントになるいくつかのポイントを話したらいいだろうと思って、大した準備もせずにこの日を迎えていたのである。

 で、大学からサンポートに向かう公用車の中で、運転手さんと一緒に来ていた担当の方に「今日はどんな方々が何人くらい来られるんですか?」と聞いたのである。一応対象者の属性を大まかにつかんでおかないと、どのポイントに重点を置いた話にすればいいか決められないからね。そしたら、返事を聞いて私はひっくり返りました。いや、ひっくり返ってはないけど。

担当「全国の市長さんと議員さんがほとんどで、全部で2000人くらいです」
田尾「えーーーーーっ!!」

 サンポートに行って渡された出席者名簿を見たら、全国のいろんなところの市長の名前が300人以上、全国の市議会議員や市の担当者が1000数百人。大ホールに入って、呼ばれてステージに出て演台に着いて客席を見たら、でかい1階席があって2階席があって3階席があって、3階席まで人がびっしりおりました(笑)。

 最初、ツカミでお笑いネタを一つ出したら反応が良かったのでもう一ネタ繰り出したが、参加者の状況を見て、あとは笑いどころもないマーケティングやプロモーションの私独自の手法ネタで最後まで通しました。前の方で寝とったおっさん(失礼)を1人発見したが、ほとんどの方々が最後までこっちを見据えて、メモとか取りながら聞いてくれて、最後の質問の時間も時間が延びるほど質問してくれて、皆さんどうもありがとうございました。

 終わって大学に帰る用意をしていたら千葉県の市原市の佐久間市長が来て「非常に斬新な講演内容で感動した」と言って、「夜、仲間が集まって二次会をやるのでその席に来てくれ」と言われて、行ってきました。家に帰ったら夜中の12時。明日は朝一から「平成こんとん食堂」の学生ミーティングで、朝6時起きじゃ。
2005年10月5日(水)

 今週からいよいよ、嵐のような後期が始まりました。火、水と講義を4本。10月28日からの大学祭「平成こんとん食堂」の準備に3時間、4時間。講義資料作り、ミーティング、大学のいろんな委員会の仕事に雑務に、学外の原稿、取材、講演が押し寄せてくる。もう第一週から全開やがな。

 昨日は朝一の講義で教室に行ったら、マイクをセッティングするAVラックのカギを忘れて、マイクなしで全開の講義をやって、立て続けの次の講義の教室に入ったら固定マイクの教室だって、立って黒板に書きながらしゃべるもんだからマイクをはずれてナマの声で全開講義。

 今日は1コマ目、忘れないようにAVラックのカギを持って行ったらマイクの電池が切れてて、ナマ声で全開講義。昼飯も食わずに雑務をして午後の講義に突入して教室に入ったら、また固定マイクの部屋で黒板に書きながらナマ声で全開講義。終わったら、声がちょっとかすれ始めた。ねんざが90%回復してきたかと思ったら、声帯ポリープ復活やないやろな。

 「平成こんとん食堂」の準備は佳境に入ってすべてが遅れ気味に推移しております(笑)。準備は学生プロジェクトチームが各種作業を担当しているのだが、みんな慣れないわ授業はあるわで、結局私が作業まであれこれ処理するという、予想通りの展開になっております。予算がないので手作りもののオンパレード。「こんとん大将」の清水屋の清水君、白川うどんの山下君、上戸うどんの上戸君、SIRAKAWAの白川君、麺通団H谷川君らの無償協力がなかったら、とてもここまで来られなかった。

白川「えーっ! 僕ら無償やったんですか!」
田尾「わかっとるがな。今度うどん食いに行ったら天ぷら2つ取ってやるがな」
白川「あの、おにぎりもありますけど」
田尾「そこまで贅沢言うたらいかん」

 とりあえずみんながんばりますので、10月28日(金)29日(土)30日(日)の大学祭のキャンパス内特設会場でオープンする「平成こんとん食堂」、遊びに来てお金払って(笑)食べてください。

 唐突ですが、こないだ告示された岡山市長選挙、他県のことながら興味津々ですねえ。郵政民営化に反対して衆院選に出なかった元内閣府副大臣の熊代氏と、チボリ公園の運営会社社長だった高谷氏(自民党と公明党が支援)と、総務省出身の若い高井氏(民主党が支援)の3人の勝負だそうです。私は3人ともよく知りませんが、経歴と報道されている内容だけで資質の違い(優劣でなく)がかなりはっきりと三者三様であることが明らかですからね。岡山市民の皆さん、本気でどないかせないかんと覚悟するなら、どないかできる資質は明らかにあの人がダントツだと思いますが。誰とは書かんけど。
2005年10月2日(日)

 今日は朝から8月31日の小学生状態で、夕方5時頃、デスクワークでうなってたら上村さんから電話がかかってきて「来ないのか?」って。そうや、6時半から上村良介率いる劇団銀河鉄道のミュージカル「MAO/05」の、昨日、今日とある公演のラストやがな。

 家内がスポーツジムに行って帰って来んので、一人で行ってきた。

 会場に入ると、定員312人のサンポートホール第1小ホールは階段までお客さんが座って、さらに補助イスまでずらっと並べて、もう阪神競馬の最終レースが終わったあとの仁川の駅から出る阪急電車状態の超満員やんか! わかりにくいけど。

 公演は途中15分の休憩を挟んで3時間ぐらいの長編やったけど、やっぱ上村さん、すごいわ。今まで見た演劇やミュージカルの中で最高や。あんまり見てないけど。えーと、今まで見た演劇やミュージカルは、プロものでは20年くらい前から15年くらい前にかけて見た東京キッドブラザーズ、岸田今日子の一人芝居、劇団四季のなんか象が出てきた子供向けミュージカル、木の実ナナと細川俊之の芝居…あと、何を見たっけ。そんなん全部よりダントツですごい。今まで見た銀河鉄道の公演の中でも一番私好みにすごい。何か、映画よりすごい。

 まずね、ビジュアルが見事なんですわ。全部のシーンが芸術的な絵みたい。それから、その絵の並べ方というか、脅かし方が見事。それからセリフが全部、ほんまに全部見事。それから出演者の演技が全員、ほんまに全員見事。ストーリーは、これまた見事にスキがないというか、3時間もあるのに最初から出てくるシーンや出来事や「え?」と思うことが一つ一つ全部、捨てられずにどこかで必ず拾われてどこかで必ずつながって、エンディングを迎えたらただの一つも「出たその時で終わるシーン」がないのよ。無理矢理アラを探せば、あのビジュアルと展開のインパクトに、私の好みとして音楽のインパクトがちょっと負けてたかなあ、という印象だけど、今日のやつは私の中で、アマチュア劇団の最高峰の作品です。

 今日の感想。人類に答はあるけど、人間には答がない。ま、素人の感想ですけど。

 漆原先生が夫婦で来てました。何か、家で分厚い本を蹴って足の指を激しく突き指して全治1カ月ぐらいとか言ってました(笑)。笑ってる場合でないけど、私のねんざが治りかけたらこれって、四国学院大学カルチュラル・マネジメント学科教授陣、「チェーン脚部不安」やがな。明石さんが夫婦で来てました。うちも夫婦で行ったらよかったなあ。

 夜10時半頃帰宅。ふー、山ほど仕事が待っとる。
 
2005年10月1日(土)

 昨日は「あまから手帖」が「讃岐ラーメン」の特集をするとかで、勝谷誠彦さんが編集者とカメラマンを連れて、いや連れられて来て、どっちでもええけど勝谷さんらと「はまんど」で合流して盛の大将と写真撮って、撮影と味見用のラーメンを残すのが忍びないので全部食って、それから「小浜食堂」に行って写真撮って、撮影と味見用のラーメンとうどんといなりを残すのが忍びないので全部食った。要するに写真と残ったラーメン処理係だ(笑)。ま、取材して原稿書くのは勝谷さんだし。私がラーメンの味についてコメントするような越権行為はしませんので。

 今日は夕方、旧知の先輩から頼まれた「中四国商工会青年部」の広域交流会での講演を一本。香川県外の参加者が多いのでまた「うどんの話をしてくれ」とのことで、でも商工会だから「商売のヒントになるような内容も盛り込んで」ということで、「特に地方には、客のライフスタイルや意識が変わっているのに商品やサービスや販売手法が数十年進化していない業種がいくつもある。ここに進化した中央や大手が参入すれば、あっという間に旧態依然業界(商店)はやられちゃうけど、まだ進化した競合が進出してきていない業界や分野が結構ありますよ」という話を、事例をいくつか紹介しながらやりました。

 講演のデキは、内容はたぶん目からウロコを1枚くらいは落とせたと思うけど、ちょっと話全体のリズムが悪かったなあ…というのが自己採点。話し慣れた内容でも毎回聴衆の属性によって反応する場面が違って、リズムがうまくいったりいかなかったり、むずかしいなあ。

 講演後は夜、月1回開催の遊ゼミ(香川県内の文化人や行政人、民間人たちが集まってうまいもん食べながら情報交換や意見交換や雑談をする会)に出席した。途中、座長の明石さん(四国新聞文化部長)がみんなにお願い事を一つ。

明石「今度“グリーンなおうち”という連載を始めるんやけど、グリーンなおうちを探してるんで心当たりがあったら情報提供をよろしく」

 右隣にいた小河さんと「ぐり〜んはうす(地元のファミレスチェーン店)ならよっけあるんやけどな」「私も同じこと考えよったけど、絶対意味が違うわな(笑)」みたいなことをコソコソ話しよったら、明石さんが説明を追加。ま、明石さんは私の左隣やからコソコソ話も筒抜けなんやけど。

明石「ガーデニングとか、家の中に緑がいっぱいあるとか、そういう意味なんやけどな」

 建築家の林さんが補足する。

林 「わかりやすく言うと、うどん屋で言うたら多度津の根ッ子みたいなもんですね?」
田尾「それ、今日の参加者全員の中で僕だけにわかりやすい(笑)」

 みんなが「どこかあるかなあ」とか言いながらあちこちで雑談モードに入っていったので、そこで私が質問を一つ。

田尾「あの、すいません、それ、グリーンなおうちでなかったらいかんのですか?」
林 「あ、何か来るで(林さんは私の話のパターンをつかんでいるので、直感的にこの質問が“ネタふり”であることを察知した)」
田尾「ネタふり、バレた?」
林 「やっぱり(笑)」
田尾「バレたらやめとこ」
林 「ええから言うてよ」
田尾「いや…嫁さんとケンカしてブルーなおうちは知っとるけど…って」

 とりあえず暖かいメンバー揃いの遊ゼミで、笑いはいただきました。すんません。このあと、事件が一つあったんやけど、長くなるので仲間にだけ話そ。
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