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2007年03月の日記
2007年3月27日(火)

 新年度が近づいてきて、ここ1週間ほどかなり焦りが出てきてどうもいろんなものがトントンと進まん。インタレストの締め切り、授業の準備、学科行事の運営の企画や作業、会議などに加え、今日はさらに4月からの30コマ近い出張授業の依頼を受けて、頭も体もパンクしそうだ。

 大学の、給与体系を中心とする待遇の基本ルールは、公務員と同じような「年功序列」である。年功序列の大きな特徴の一つは「仕事をたくさんやってもやらなくても、あるいは成果を挙げても挙げなくても、待遇はあまり変わらない」というものである。このシステムは説明するまでもなく、一方ではある程度の「安定」というメリットがあり、一方では「頑張る人が報われない」という点から組織全体のやる気が下がったり、できる人が去っていくというデメリットがある。

 そんな中で私はどうかというと、自分で言うけど(笑)私は待遇で報われなくても目の前の仕事に全力で取り組むという性格である。手を抜けないという性格である。私の仕事上のモットーの一つは「頼まれた仕事は、相手が期待しているよりちょっと上の成果で返す」である。いやいや受けた仕事でも、受けた限りは、やる時は全力である。小さいことも全部である。「それ、片づけといてくれ」と言われても、相手が期待している以上に片づける。相手が期待していなくても片づけるぞ松本君(笑)。

 ま、相手の期待を読み違えて「大きなお世話」になることもあるが、気持ちとしてそういう性格であるから、結構いろんなものを適当にこなせなくて、必要以上に重荷を抱え込んで苦しむ傾向があることは、自分でもわかっているつもりである。けど、経験から思うのであるが、そういうふうにやってきてまあよかったかなと思っている。必死でやっていると、何かが開けてくるのである。

 先週の金曜日にKSBの社内報の取材を受けて、そんな話をした。自分のやりがい、生き甲斐をどう見つけるか、みたいな私に似合わない話になってきて、そんな話をしたのである。「自分探しの旅なんか、出ない方がいい。目の前の仕事に全力で取り組みながら、相手の期待の少し上の成果を返すように頑張る。必死でやっているうちに、自分の中の何かが出てくるというか、できてくるような気がする。自分の生き甲斐なんて、どこかにあってそれを探しに行くようなものではない。必死で頑張ってたらできてくるものではないか」と。

 「やり甲斐があって楽しそうですねえ」と言われることがあるが、私の今は、今まで必死でやってきて「できてきた」ものだ。昨日大学で今田や1年の請川に私の大学時代から20代頃の話をちょっとだけしたら、「田尾さんは最初から今みたいやと思とった」と言って驚いていた。裕福でないというか、どちらかと言えば貧しい方の家庭で育ってきて、就職しても長い間安い給料で必死で働いてきてとりあえず今があるんだけど、表にはそんなの全然見えんからなあ。ま、もうちょっと頑張る。若いもんの将来の邪魔をせん部分で。28日は上戸うどんのあの場所での最終日。早めに、午前中に行くかな。
2007年3月22日(木)

 今日は朝早くからインタレストの作業をするために小野や源成に集合指令を出しているので、朝6時半頃家を出発。丸山に行って朝うどんしていたら、丸山のおばちゃんが「田尾さんに見せとかないかん」言うて、壁に貼ってあるポスターを見せられた。

田尾「うわー! これええなあ!」

 ポスターのキャッチコピーは「匠の技、集合。」。ポスターの右肩に香川県のロゴ、左肩に資生堂のロゴ、ポスターのメインビジュアルは何と、香川のうどん屋さんの奥さんや従業員の方、女性陣ばかり70人近くの集合写真だ。よく見ると、おおー、香の香の奥さんに山越の奥さんに竹清の奥さんになかむらの奥さんに谷川米穀店のおばあちゃん、池上のおばあちゃん、やまうちのてっちゃんの奥さん、もちろん丸山のおばちゃんもいる。何事や(笑)。

 おばちゃんに聞くと、何でも国分寺の方のスタジオに呼ばれて、資生堂の商品でメイクされて写真を撮られて、このポスターになったそうだ。70人近くの女性陣が一度に集合したのではなくて、日にちを変えて別々に撮ったのを集合写真風に合成してあるらしい。昔、『恐るべきさぬきうどん』の中で「うどん屋のおばちゃんの写真集出すか(笑)」みたいな話を書いたことがあるが、出ちゃったよ(笑)。

 けどみんな、ええ顔しとるなあ(笑)。化粧のせいもあるかもしれんけど、表情がいきいきしてて、讃岐うどん界の活気が伝わってきます。全国の人にはわからんと思うけど、県内のうどんファンには「おー、○○のおばちゃんや、おねえちゃんや」とか見つかって、楽しいポスターです。

おば「田尾さん1枚あげよか?」
田尾「わー、いるいる」

 1枚もらってきました。

 さて、インタレストの秘密の作業は今日から3日ぐらいが大きな山場である。もうバラしてもいいかなと思うので、概要を大ざっぱに紹介します。何をやっているかというと、「ボートで海に出て、香川県を海から見た海岸線写真、西端の豊浜から東端の引田までおよそ200kmをパチパチと写真を撮って、全部つなげてみよう」というバカバカしくも壮大な企画である。

 まず、去年の年末、アップタウンの客の日和佐さん(7人乗りの釣りをするボートを持っている)をつかまえて、牛乳屋さんと3人で冬の海に2回出て東端から西端まで500枚ぐらい写真を撮ってきました。続いて今年に入って、私が採用する写真を選びながら松本君がパソコンで水平線を合わしながら微妙な拡大縮小を繰り返しながら写真をつなぐという作業をやりました。それから色合いの調整をしてデータを完成させました。で、今日はそれをA3のちょっといい紙100数十枚にプリントアウトして再度つなぎ合わせるという作業の日なのである。

 大学のインタレスト編集室に集合したのは、私と松本君と学生の小野、源成、今田、中西の6人。松本君は来る予定でなかったのだが、私が肝心のデータを持ってくるのを忘れるという腰が抜けるような忘れ物をしたため、急遽「データ持ってきてね」という指令が飛んで高松から飛んでくるハメになったのだ。

 しかし作業開始5分で、このうち源成と今田と小野は細かい作業ダメダメチームであることが発覚。片づけダメダメチームの松本君と合わせて、異種ダメダメチーム結成である。作業の実質メンバーは3人になった。

今田「何でサシ当ててもまっすぐ切れんのやろ」
田尾「ええから今田はそっちでおれ!」
今田「何しよったらええですか?」
田尾「中西を励まっしょれ」

 結局、途中で松本君が抜けたりしながら午後6時、荒つなぎ作業が完了した。何せ長いもんで、つなげた端からロールに巻きながらの作業になったため、つなぎ終わった時にはロールが1本できた状態になった。まだ上下を切って揃えるという大仕事が残っているが、全部つなげた我々はこのロールを広げてみたくて、広いところを探して隣の棟の学生センターに行って、まだ残務をしている数人の職員の方に「すんませーん、ちょっとこの辺の床、使わせてください」と言って、ロールを床に広げ始めたのである。

田尾「源成、そっちの端を押さえとけ。行くぞー」

 スタートは東讃の引田あたりの写真。私はジワジワとロールを広げ始めた。職員が何事かと見ている前を、ジワジワジワジワと広げていく。学生センターの裏口からカウンターの前を通ってさらにジワジワジワジワと延ばしていったら、とうとう棟の東の端の入り口に到達した。

田尾「うわー、端まで来たのにまだ屋島や! そのドアを開けー。外に出るぞ」

 学生センターを突っ切って外に出て、さらに延ばし続けてノトススタジオの入り口に突き当たって、そのままガラスを1mぐらいはい上がって、ついにロールは全部広げられた。全長、目分量で40m! 向こうの方ではスタッフや職員の方が「わー、これ志度の大串半島や!」「これ、どこのゴルフ場?」「うちの家、この辺ですよ」とか言いながら、40mの海岸線写真を目をこらして見ている。うっしゃー! ええ感じやぞ!(笑)

 そういうわけで来週早々、最後の仕上げをして全長40mの「海から見た香川の全海岸線写真」を完成させます。これの縮小版が、インタレスト第3号(5月発刊)の第一特集です。乞うご期待。といっても現物は大学に来ないと見られんけど。
2007年3月21日(水)

 朝、2週間ぶりに峰山にウォーキングに行ったら、上でこれまた久しぶりに世相おじさん(笑)に出くわした。ちょっと時間があったので桜並木のある休憩場所で腰を下ろしたら、世相おじさんが「タバコ吸うか?」と言ってロングピースを出してきたので1本もらって、今日はおじさん、よっけ世相を斬りましたでえ(笑)。

 皮切りに保険のCMを斬られたけど(笑)、続いては桜開花予想大ハズレを斬る。

世相「何が3月17日開花や。見てみいや、つぼみのままじゃが」
田尾「咲く気配もないですねえ」
世相「気象庁はどっしょんぞ(注:「何をやっているのか」の方言)」
田尾「ほんまですねえ」

 続いて松岡利勝議員を斬る。

世相「ほんであの松岡利勝いうのは何ぞ。あなな1本5000円もする水を、100本も200本も飲めやせんだろうが」
田尾「ほんまですねえ」
世相「あいなん(あんなやつ)はどないぞできんのか」
田尾「まあ選挙で落とすしかないんちゃいますか?」
世相「まあそやのう。選挙で落とすしかないわのう」

 続いて朝青龍を斬る。

世相「琴光喜はお前、朝青龍に25連敗じゃが。そななことあるんか。八百長違うんか」
田尾「相性悪いんですかねえ」
世相「相性悪い言うてもそななことあるか?」
田尾「山本昌も、よそで打たれても阪神に打たれませんよ」
世相「おー、そやのう。やっぱり相性かのう」

 続いて野球つながりで松坂大輔を斬る。

世相「松坂大輔はやれるんか」
田尾「どうですかねえ」
世相「やれるんかのう」

 続いてボンバルディア機を斬る。

世相「また車輪が出んかったがい」
田尾「またですか」
世相「今度は手動で出たらしいけどの。ほんでも初めの胴体着陸した機長はようやった。若いのにのう。まだ36や言よるがい」
田尾「立派ですね」
世相「立派や。あの機長はようやった」

 続いて東京都知事選を斬る。

世相「都知事選はどないなるんや」
田尾「いやー、わかりませんねえ」
世相「田尾さんでもわからんか」
田尾「こっちとはあんまり関係ないですからねえ」
世相「そらそやの」

 えー、私の記憶の都合上、会話は多少端折ってありますが、概ねそういう感じでたくさん斬っていただきまして(笑)、20分ほどくつろぎの一時を過ごして解散して、私はそこから小走りで展望台まで行って、携帯で源成に一つ二つ指示を出して山を下りました。峰山は楽しいなあ(笑)。

 午前10時前に家に帰ってシャワー浴びて、夜までぶっ通しで仕事。インタレストの原稿が遅々として進まんで、苦悩中だ。ちなみにこないだごんと丸亀町の紀伊國屋書店に行った時、書店の前のスタンドにインタレストの第2号が「ご自由にお持ち帰り下さい」状態でたくさん入っているのを発見しました。もし手に入れたい方がおられましたら、あそこにありますよ。
2007年3月19日(月)

 朝8時15分、FM高松にちゃんと間に合って出演。私の出るこのコーナーは来週が最終回です。とりあえず「一つ消え」(笑)。もうおっさんやからな。

 で、そのまま大学に行く途中にうどん食おうと思ってがもうに行ったら、ガラガラの駐車場が見えた。おいおい、そんなにあからさまにブームが去ったか? と思ったら(思ってないけど)、第三月曜で定休日やがな。駐車場に定休日を知らなかったらしい女性が店の写真を撮っているのが見えたので、「俺はがもうに来たんちゃうぞ。この前の道を通ってるだけやぞ光線」を出しながら店の前を通過して(笑)、なかむらで「朝うどん」して大学に到着した。

 学科事務室に行くと飛んで火にいる今田がいたので、ついでに副編集長軍団の源成と濱谷を呼び出して(編集長小野はバイト中)、来客をはさんで夕方までインタレストの中間確認と指示と作業をする。今、学生は春休み中だが、インタレストチームは締め切り前の追い込み時期だ。時期なのにイナゴ軍団も県外の実家に帰ってるメンバーとかバイトだとかで、実に集めにくいのよ。勢い、近くにいる手の空いたメンバーに作業が集中するのだが、それはそれで作業の合間にちょこちょこと社会の実践ノウハウのアドバイスなんかを織り交ぜながら、ちょっとでも作業の付加価値を高めてやろうという気持ちが、私の中には満ちあふれています。自分で言うけど(笑)。

 今日の昼飯は、その今田と学科助手の眞鍋と4月からの学科助手の柘野の4人でうどんとそばの谷八へ。眞鍋は4月から高松で社会人です。今田は4月から4年、源成は4月から思うところあって1年間休学して海外に行ったりなんやかやするらしい。ま、みんな先は長いからな。いろんなことしよれ。とりあえずここ数年できみら、文字は全然上手にならんけど人間が強くなってきたことだけは私が認める。

2007年3月16日(金)
 退っ引きならない用事から無事帰還したのであるが、帰ってきたら置いていった仕事たちが退っ引きならない状態で待っていたのは覚悟の上である。夜11時に帰ってきて、午前3時までお仕事。

 取材先はラスベガスであった。テーマは観光開発。ラスベガス・バレー(クラーク郡)は100年前に人口がたった100人ぐらいしかいなかったのに、その後、マフィアがカジノを始めて人が集まり始めて、1970年頃からはマフィア撲滅プロモーションが始まって、1980年頃にそのマフィアを一掃して健全(?)な資本のカジノビジネスの街になって、1990年頃からその上にエンタテインメントビジネスが起こり始めて、今や人口は170万人を超え、しかも毎年5万人以上増え続けていて、観光客は年間3000万人も来るという化け方をしたエリアらしいのだが、その変貌ぶりだけでなく、最新のカジノ&エンタテインメントスポットの「ストリップ地区」と、昔の雰囲気を残す「ダウンタウン」と、ちょっと離れたフーバーダムとミード湖(ダム湖)周辺のリゾート地「レイク・ラスベガス地区」という、表情の違う観光エリアを有するという点で、何としても取材に行かなくっちゃと思っていたのである。現地でラスベガスの歴史やデータの入った分厚い本を入手してきたけど、全部英語やからこれから解読せないかん。

 とりあえず第一感であるが、壮大な悪趣味(笑)一歩手前の圧倒的エネルギーが渦巻くストリップ地区(2000室以上のテーマホテルが20ぐらい林立してる)と、古き良き(良きかどうか知らんけど)趣をウリとするダウンタウンの、それぞれが進もうとしている方向の比較がとても興味深そうだ。「開発」という言葉や現実にアレルギーを持つ日本の地方の「まちづくり」を語る一部の人たちは、特にダウンタウンの今を見てきたらおもしろいと思う。彼ら(あるいは皆さん)の抱えている「矛盾」があちこちに見えます。例えば、昔ながらのディスプレイのストリートの上に210万個の電球による巨大スクリーンアーケード(フリーモントストリート・エクスペリメント)を作ってる。道路をいじって、街並みを延ばしてる。何か、古い文化や街並みの保存でストリップ地区との差別化を図ろうという「形」の部分と、でも食っていきたい、経済的に豊かになりたいという「欲求」が交錯して、ちょっと苦しんでるみたいです。実際は苦しんでるかどうか知らんけど、明らかに店や店員や常連っぽい客に活気がないんです。表情が違う。おみやげ屋の商品群も、東京ディズニーランドのグッズ群と古い観光地のおみやげ群くらい洗練度が違うし。ま、第一感ですけど。

 えーと、カジノ体験はちょっとだけ(笑)。ホテルの1階フロアはワーッと全部カジノで、そこを通らんと部屋に上がるエレベーターに行けんというレイアウトになっている。2日目の夜、しょうがないからちょっとルーレットを。「ダイハード」の第一作に出てきたブルース・ウィリスを助ける黒人のでっぷりした警官のアルみたいなディーラーに100ドルを出したら、25ドルチップを4枚くれた。「もっと細かいのくれんかったらちっちゃい勝負できんがな」と思って何かの表示をよく見たら、最低ベットが25ドルになっとる。あかんがな、ちっちゃい勝負できんがな。

 私は仕方なく、吟味に吟味を重ねて数回「見(けん)」をして、「つぎはものすごく黒やぞ!」という時を見計らって「黒」にチップ2枚置いたら、黒が来たがな。とりあえずチップ6枚(笑)

 2回目のベットは吟味に吟味を重ねて(もうええっちゅうに)、また黒に1枚と、ふと思い立って「ボルボ13」の「13」に1枚置いたら、赤の何番かが出て全部持って行かれてチップ4枚に戻る。

 3回目のベットは吟味をせずに「もっかい行けー」と黒に1枚、「13」に1枚。そしたら何と! カランと入ったのが黒の13! うわっちゃー! 36倍や! 25ドルが36倍! 暗算できんがな、えーと、25に4かけて100にして36を4で割って9…900ドル? 900ドルやがな! 10万円やがな! ディーラーのアル(アルでないけど)が外れチップをかき集めたあと、当たりのチップの横に当たり分のチップを置き始めた。私の置いた黒の25ドルチップの横に25ドルチップを1枚、そして、「13」に置いたチップの横に、25ドルチップが36枚! うっしゃー、と思ったその瞬間、事件が起こった。その山盛りのチップを、私の隣にいたホセ・マリア・オラサバルとフレッド・カプルスを足したみたいな中南米系の兄ちゃんが、そのチップの山を自分の手元に引き寄せたのだ。私はすぐさまそれを指さして言った。

田尾「ノーノー、イッツマイン」

 私はノーと言える日本人だ。「のー」と言える香川県人でもある。ところがオラサバルは(オラサバルでないけど)、薄ら笑いを浮かべて首を振ってきた。私はアルに言った(アルでないけど)。

田尾「イッツマイベット。アイハド4チップス。ソー、1ベットイズブラック、ヒア。アンドアナザー1ベットイズ、ヒア、13。ナウ、アイハヴオンリー2チップス、ヒア」

 簡単な単語なら任せなさい。私がクレームをつけたら、アルはフロアの責任者らしい人を呼んだ。「スティング」に出てきたスナイダー刑事みたいな人が来た。アルはスナイダー刑事(違うけど)に何やら説明し始めた。二人は何やらチラチラとこっちを見ながら話している。そしたらオラサバルがスナイダー刑事に何やら英語でしゃべり始めた。スナイダーがそれに答えてなにやらやり取りを始めた。私はオラサバルに有利に事を運ばれたらいかんので割り込もうとしたが、普通の英語はお手上げなので割り込めん(笑)。まずいな…。私は正直、ちょっとあきらめかけた。もうええわ、ギャンブルで勝ちに来たんちゃうし…。そしたらスナイダーが携帯電話でどこかと話し始めた。おいおい、どうなるんや。俺、どっかに連れ込まれるんか?

 するとスナイダーは携帯を切って、私とオラサバルに向かって何かを言った。オラサバルはわかってるみたいだが、私には何を言ってるのかさっぱりわからん。

田尾「アイキャントアンダースタン」

 そしたらスナイダーは、指で天井を指して何かしゃべった。「ヴィデオ」という単語が聞き取れた。どうやら監視センターのビデオを見て判断すると言ってるみたいだ。よし、あきらめかけてたけど可能性が出てきたぞ。

 私のいるルーレットテーブルはそれから10分ぐらい、ゲームがストップした。しばらくして、スナイダーがまた携帯電話を取った。頷きながら何かを話したあと、アルに何かを告げた。アルが頷いた。そして私の方を見て、「コングラチュレイション」と言ってチップの山をこっちに進めてきた。私は「サンキュー」と言ってチップを手元に寄せて、ふと見ると、オラサバルは消えていた。あのヤロー(笑)。私はそのままゲームをやめて、アルにチップ50ドルをあげて部屋に帰りました。私のカジノ体験は以上です。ちょっとだけやろ?(笑)

 さて、部屋に帰ったのは夜中の1時過ぎ。買った本の内容チェックをしたり雑感をまとめたりしていたら、夜中の3時前、ホテルの通りを挟んだ向かいにあったコンクリートの骨組みだけの30階建てぐらいのでかいビル(横が縦の3倍ぐらいあるビルで、ホテルなら1000室ぐらいありそう)から、突然花火が上がり始めた。10分以上ドッカンドッカン上がるので何の花火大会かと思って部屋から見ていたら、3時直前に花火が終わって、ビルいっぱいの大きさで電球か何かで作った「10」という数字が出て、「9」になって「8」になって、カウントダウンをする群衆の声が聞こえてきて、「2」「1」「0」になった瞬間、ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!と爆発音がしたかと思うと、ビルが崩れ始めた!

 ビルの爆破を初めてナマで見ました。すげえ。崩れ落ちたあと、ものすごい土ぼこりが上がり始めて、それがスローモーションのように広がり始めて、20分後には停船勧告が出るぐらいの濃霧状態やがな。こっちは31階の部屋だったのでほこりは来なかったが、下の方は土煙で、雲海の上にいるような光景。すげえ。

 で、翌朝、もう工事が始まってるわけです。また巨大ホテルが建つらしい。ストリップ地区はさらに動いているみたいです。今回はとりあえず「見る」が主題であったが、現地で丸4日間、途中グランドキャニオンに1日、収穫は充分でした。満載の小ネタはいずれ何かの機会に。次は数年後、定点観測と、通訳をつけていろんな施設や関係機関に取材することにします。
2007年3月9日(金)

 さてと、H谷川君から連絡が来て報道管制が解かれたので報告しとくか。

 えー、来る6月…

H谷川「そっちちゃうでしょ!」

 失礼しました。数人にしかわからん爆弾ボケで。えー、来たる3月末を持ちまして、上戸うどんが一旦閉店して、しばしの休養に入ります。理由は、あそこの場所の契約期間が終了するからです。何か以前、大将から聞いとったんよなあ。香川の西端のあそこの場所は実は契約期間があって、それが切れたらたぶん場所を変わることになるとか。それがこの3月一杯だそうで、とりあえず一旦店を閉めてしばらくの間、充電期間に入るそうです。

H谷川「ま、しばらくゆっくりしていただいてね」
田尾「ちゃんと充電しよるかな」
H谷川「大丈夫でしょう」
田尾「いや、知り合いに休養したら放電する大将がおるもんやからちょっと心配になって(笑)」

 上戸ファンの人、早急に店に行ってうどん食っとくように。ちなみに「ニュー上戸うどん」の情報は、またいずれ動きがあり次第、大将からいただいて発表することにします。じゃ、次の日記は来週末に。
2007年3月8日(木)

 退っ引き(のっぴき)ならない理由で3月10日から1週間ぐらい日記をお休みするので(ま、しょっちゅう休んでるけど)、すでに5日も空けてしまったからにはこの辺で一つ足跡を残しとかないかん。(のっぴき)とわざわざカッコ書きしたのは、「のっぴきならない」が「退き引きならない」から来ていることをこないだ知ったからだ。もう、知らないことばっかりだ。絶対温度といい(笑)。

 さて本日、原稿の受け渡しでご隠居(笑)の都村さんとお茶を飲んでいて、また知らないことを教わった。というか、指摘されて「あ」と思ったのである。例のこないだのあれ、「香川は自前でやっていけるか計算」。

田尾「で、計算してみたんですよ。まず、香川から国税で国に持っていかれてる税金を、GDP比で概算したら3300億円ぐらい」
都村「まあそんなもんでしょうね」

 やった。この計算、だいたい合うてるみたいだ。一番不安だったそこが合ってたら、あとは単純な足し算と引き算だ。

田尾「で、これを取り込んで、そこから防衛や外交やインフラのお金を20%、700億円ぐらい返して、さらに国からもらってる地方交付税と国庫支出金の1500億円を返上しても、手元に5000億円ぐらい残るんですよ。ということは、今、歳出が4500億円くらいだから、県債発行せんでもやっていけるんちゃうかと」
都村「絶対無理です」
田尾「え?」
都村「香川県が使っているお金は5000億円じゃないですよ。それ、一般会計だけでしょ? 特別会計みたいなのがものすごい額ありますよ。何か事業をやるたびに国からナントカ補助金とかカントカ補助金とか、補助金がいっぱい来る。そんなの全部足したら、香川県の使ってるお金はたぶん1兆円ぐらいになるんじゃない? 誰も計算してないし発表もしないから正確な額はわからないけど」

 話にならない額でした。けど、最後のところは一致しました。

田尾「でも、使わなければやっていけるわけですよね」
都村「使わなきゃいいんです。あるだけのお金でできることだけをやれば、当然やっていけますよ」

 な、結局そこに行き着くんだ。何回も言うけど、借金体質にしてしまったのも、なのにまだ借金しようとしているのも、全部議員の責任だと思いますよ。シンプルな原理原則に帰れば、知事や役人がどんな予算計画を出してきても議員が議会で止めれば全部止まる話なんだから。

 あんまり行政のことばかり書いてたら「出る」んかと思われたらいかんので(笑)おしまい。さ、仕事しよ。
2007年3月3日(土)

 今日は朝からH谷川君が「団長の知らんうどん屋をご案内します」言うて朝8時に迎えに来て、H谷川君が私を車の助手席に乗せて意気揚々と1軒目の店に行ったら、閉まっていたのである。

田尾「H谷川君、讃岐うどん巡りの基本はな、まず定休日を覚えることや」
H谷川「いやいやいやいや! その前に何か事件を一つ忘れてるでしょ!」
田尾「何を言いよるか意味がわからん」

 そこまで言うなら仕方がない。自らを貶めても若いもんの失敗をカバーするのが上に立つ者のつとめだ。

 そういうわけで朝8時、H谷川君とかめちゃんが迎えに来たのである。私は緊急の仕事を抱えていたのであるが、H谷川君がどうしてもと言うのでこの日のために昨日の晩、ものすごく集中してその仕事を仕上げて、わずかな睡眠を取って朝7時半には万全の体制を整えていた。H谷川君の車に乗り込んで、1軒目に案内される前にちょっと寄り道を頼む。

田尾「昨日、夜中までかかって仕事を完了したが」
H谷川「ご苦労様です」
田尾「ほんでその原稿を届けないかんから、ちょっと寄ってくれるか?」
H谷川「おやすいご用です」

 私は届け先のマンションまでナビゲートした。10分ほど走って、目的地のすぐそばに到着。

田尾「その先、電柱に黄色と黒の何か巻いとるとこを右。めちゃめちゃ狭いけんの」
H谷川「了解です」
田尾「よっしゃ、そこのマンションや。ちょっと郵便受けに入れてくるけん、車、向き変えしとってくれ」

 と言って私は原稿の入った封筒を持ってマンションに入っていった。30秒後、封筒を持ったまま引き返してくる。

H谷川「あれ? どしたんですか?」
田尾「引っ越しとったん、忘れとった。ここ、前のマンションや」
H谷川「わっちゃー!」

 もう、朝から何やっとん! 10日前に新しいマンションに行って打ち合わせをしたばっかりやのに、玄関入るまで完璧に頭から抜けとった。もう、H谷川君が「これ、絶対書いとってくださいよ」とか言うから書いたけど、この前の日記も「インター通り越し」やし、こんなん続けたら俺、いよいよ脳細胞が沈没しよるみたいに見えるやんか。

 ま、歳やしな。今日は朝から案内されるままに5軒。そのうち1軒はH谷川君が自信満々に案内してくれたのに行ったら閉まってたけど。

H谷川「それはええですから!」

 しかも、道中車が揺れるたびに後部座席のかめちゃんの横で何か丼が当たるみたいなカチャカチャいう音がするので「何持って来とんや」と思っていたのだが、開いてた4軒のうち2軒が「丼持参でなかったら食べられん店」やがな。ちなみにH谷川君が満を持して案内したのに閉まってた店も丼持参の店らしい。

H谷川「もうええですって!」

 で、4軒食べて、D々のお勧めで海の見えるカフェに行って、さらに豊浜のK西君がやっているおしゃれなiltカフェに行って、上戸に行ったら体調不良でまた店が閉まってたので「見舞いじゃ」言うて上戸君ちまで押しかけてコーヒー飲んでお菓子食ってよっけしゃべって帰って、夜は久しぶりに遊ゼミに参加して、10時半頃帰宅。小ネタ満載の一日であったが、長くなるのでそのうち小出しにする。明日は朝から名古屋だ。……ほんまに明日やろな(笑)。
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