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2008年01月の日記
2008年1月29日(火)

 レポート読みまっただ中の合間を縫って、善通寺西高の研究発表会のコメンテーターに呼ばれてたので行ってきた。3年生6チームがそれぞれ「善通寺市の活性化」をテーマにいろんなプランを発表していくという会で、KSBとRNCと朝日新聞が取材に来ていた。プランの内容は、まあマーケティングを習ってないからプレゼンテーションとしてはまだまだ「予選落ち」レベルであったが、各チームともちゃんとパワーポイントを使って発表してて、中にはキャラクターや建物の模型を作っているチームもいて、発表会としてはなかなか頑張ってるなあという感想。特にデザインはレベルが高くて、即実践で採用できそうなものもいくつかあった。ただ、私はこういう場で「とりあえず何でも褒める」というコメントをしないタチなのでプランの問題点を正直に指摘していたら、終了後、RNCの取材できていたまっちゃん(私の周りにはこのRNCの制作やってる松本君とKSBのディレクターをやってる松本君とフリーのデザイナーの松本君とアップタウンの客の松本君がいる)が「田尾さん厳しいなあ(笑)」と言ってきた。私は伸びてもらいたいやつには、口調は柔らかいけど内容は厳しいんじゃ。

 さて、プランの内容とは関係ないけど、一連の発表で気になったことを一つ。パワーポイントで発表された文字部分を見ていると、「できる」という文字が全部「出来る」と漢字になっている。「わかる」は全部「分かる」になっていて、「〜すること」は全部「〜する事」になっている。実はこないだから読んでいる学生のレポートもほとんど「出来る」「分かる」「〜する事」あるいは「〜の様な」と漢字で書かれているのである。私の記憶では、パソコンが出てくるまではそれらは全部ひらがな表記が常識だったはずである。たぶんあれは、パソコンの中の漢字変換がひらがなでなくてすぐに漢字変換して出てくるせいではないかと思う。すっごい違和感があるんです。私は特別な意図がない限り、絶対それらは漢字表記しない。新聞や雑誌やパンフレットや、ちゃんとした文章表現をする文字媒体ではほとんどひらがなを使ってるはずで、近年ずっと気になっているわけです。

 ちなみに生徒たちから「活性化」のプランとして出てきたのは、「お寺とうどんのツーリズム」「コミュニティ広場のデザインプラン」「老人介護施設のデザインプラン」「エコバッグのプラン」「善通寺のお店紹介冊子」などバラエティ。言い換えればバラバラ。「活性化」というテーマを掲げたため、みんな何をしたらいいのか混乱しているのである。これまた言い換えれば、何をやっても「活性化」だと言い張れることになる。以前から言っているが、具体的な目標を掲げると具体的な戦略が出てくるが、具体的な目標を掲げないと具体的な戦略は出てこない。「活性化」という言葉は、「何が達成されると活性化が成功したとするのか」という根本的な目標があいまい(具体的でない)なのである。ちょっとテーマ設定がまずかったと思います。

 今朝は大学に行ったらまたキャンパスが雪で真っ白だった。年に2回も積雪したのは大学に来始めて初めてだ。地球寒冷化なんか?(笑)
2008年1月28日(月)

 先週で後期の授業終了。今週は試験で、私はこれから数百枚のレポート読みに入る。私は毎年、担当する全部の科目で学生に「授業の感想」と「印象に残った内容と、それに対する自分の考え」の2つのテーマでレポートを書かせている。成績付けの参考にするという目的もあるが、一番は、次年度の授業の改善に使うためである。「授業の感想」なんか、「成績には関係ないから何でも気づいたことを書け。ただし、髪型がヅラっぽいのはわかっとるけん書くな」という指示である。あとは「書式は自由やけど、論文みたいに長々と文章で書いてはいけない。そんな文章は社会に出たらビジネスの現場では使わない。ちゃんと言いたいことをブロックに分けて、整理して書くこと」という指示である。

 で、すでに提出されたレポートを100枚くらい読んでいたら、何人かが授業の感想で同じ指摘をしていた。

「私は後ろの方の席で授業を受けているのですが、私語をする学生がたくさんいて騒がしいので、先生がもっと注意をするべきだと思います」
「私は後ろの方で授業を受けているのですが、黒板の文字が小さくて見えにくいのでもっと大きく書いてください」

 私の担当授業のうち2科目は、たぶん詰めたら400人くらい入る大きな階段教室で、200〜250人くらいが履修していて、いつも150〜200人くらいが来ている。席は自由席である。先の指摘はその科目のレポートである。「騒がしい」と「黒板の字が小さい」というのは初年度の授業から指摘が来ていたので、まず「騒がしい」については毎年最初の授業の時に他人に迷惑を掛けないことについて長々と指示をし、のちに折を見て数回、再度軽く注意をしている。で、私語をするのは大体後ろの方に座っている学生なので、「騒がしいのが邪魔なやつは前の方に座れ」と言う。黒板の字の大きさについては、学生のいない時に書いてみて、後ろの方の席に行ってそれを見てみてチェック。私の授業は結構板書が多く、1つのテーマについてテーマの原理原則部分を板書に残したまま事例や展開例を図表を交えながら広げていくことが多いので、あまり大きな字にすると頻繁に書いたり消したりせないかんようになって進行に差し支える。よって、どうしても「見えるけど少し小さいかな?」といったあたりで進めている。こちらも「見えにくいやつは前に座れ」と言ってある。前の方の席はいつも比較的すいている。学生の授業の常である。

 で、以上の状況を踏まえて、そういう指摘について私は学生に言うのである。

「前の方の席はなんぼでも空いとる。前の席に来たら、問題は全て解決する。なら、なんで前の方の席に来んのや。ええか? 自分でできる環境の改善は、自分でやれ。何でも全部、誰かがお膳立てしてくれると思うな」

 もちろん私にも改善しなければいけない点はまだまだあるし、授業中に私語をする学生が悪いのは当然である。しかし、明らかに自分で環境を改善できる方法があるのにそんなことは考えもせずに「あれもやって欲しい」「これもやるべきだ」と他人に指摘するという精神は、少し歪んでいるのではないかと思うのである。何か、社会に出ても同じような話があちこちにあるような気がする。これも勉強の一つじゃ。来年は私ももっと何か方法を考えるけど、きみらも小さいことから「自分でできることは自分で改善する」という努力をしてみ?

 さて、いつとは言わんがこないだ、ある所で愕然とする麺(うどん)に出会ったことを報告。ある人が讃岐うどんの麺にある工夫をして、驚くべき食感の麺を生み出した。大金を投じたプロジェクトではない。日頃の向上心と探求心と地道な試作で、個人が生み出した麺である。世に出すのはもう少し先だということであるが、これ、ひょっとしたらこっちこそ「讃岐の夢2008」かもしれんぞ、とほのめかしておく。H谷川君、絶対漏らしたらいかんぞ。俺の方が漏らしそうやけど(笑)。んー、何か寝小便みたいな終わり方。
2008年1月21日(月)

 朝、外を見たらあちこちの山に雪が積もっていた。凍結を恐れて、高速と山間部を避けて昨日帰ってきたのと同じ11号線を車で大学に向かう。昨日の帰りは夜だったので、真っ暗で周りがどうなっているのか全然見えなかったのだが、やっぱり山は雪だ。田んぼや畑にも薄く雪が残っている。けど道路は、坂出から丸亀に入ってもちっとも雪がないぞ…と思いながら善通寺に入って大学まで1〜2キロに差しかかった途端、道路脇に雪がどっさりと現れた。歩道はまだ雪のシャーベット状態。大学が近づくに連れて道路にも雪が見え始めて、大学に着いたら、キャンパスは一面真っ白に雪が広がっていた。昨日の雪、四国学院に中心に降ったんか!(笑)ちなみにある筋によると(どの筋や)、昨日の夜、善通寺市内では10数件のスリップ事故があったらしい。そのうち1台は、滑ってパトカーに追突したらしい(笑)。

 朝から学生が雪だるま作っとる。いかんなあ、そんな平凡な発想では…と思っていたら、新校舎のエントランスの片隅に、誰かがちっちゃい雪ウサギを作っていた。キャンパスの奥の方では、雪キリンのような動物を作っていた。そうそう、常に何か新しい物、何か今までと違う物を考えるクセをつけないかん。単位の危ないやつはここでキャンパスの真ん中に「雪学長」とか作っとくんや(笑)。ま、学長が単位くれるわけではないけど。

 昼は車で出たら滑ったらいかんので、歩いて行ける清水屋に行った。今年3回目。ほんまに週一ペースになっとる。で、あたりが暗くなってきた夕方、学科協議会を終えて、刺すような冷え込みの中、道路が氷にならないうちに高松に帰った。私の仕事場は家と大学の研究室の2カ所である。会社時代からの資料関係(おいそれと研究室に持って行けないほどの量)が家にあって、二重研究室状態を余儀なくされているのである。時々家で仕事していて「うわっちゃー、ここの部分の資料、大学や!」とか、大学で仕事していて「うわ、資料、家や」とかいうことがあって、どうしても必要な時は高速に乗って資料を取りに行くことがある。「うわっちゃー! 資料大学や!」いうて高速に乗って大学に行ったらなんぼ探しても資料がなくて、途方に暮れて本屋に行って関連資料となる本を探して買って家に帰ったら、家の机の脇とガラス戸の間にくだんの資料が落ち込んでいて肩の骨が抜けたこともある。

 ま、何かそんなことをやりながら、今年は努力しております。努力の甲斐あって、タイヤチェーンを着脱できるようにもなったし(笑)。ちなみに今日は、眠れる編集者笹木様と三木町の珍ザル上原様とチェーン装着アドバイザー牛乳屋様から誕生日のメッセージを頂きました。お気遣い、ありがとうございました。
2008年1月20日(日)

 昨日の日記の伏せ字をごんに一発で見破られるようでは、伏せ字になっとらんということだ。直ちに修正してわけわからんようにしとこう(笑)。

 今日はセンター試験2日目。昨日は無事に初日を終えたのだが、天気予報では日曜は雪が降るということで、念のために今朝は昨日より早く午前5時に起きた。一緒に起きた家内が朝食の準備をしようとしていたのを止めて、

田尾「今日は寒いけん、熱いうどん食べて行くわ」
家内「こんな時間に開いとん?」
田尾「高松は丸山と中西と、善通寺は宮川が開いとる」

と言ってエレベーターで1階まで下りて、駐車場の前でキーを持って出るのを忘れたことに気がついて、引き返してドアを開けて、寝ようとしていた家内を起こしてキーを取って再びエレベーターに乗った瞬間、ハッと気がついた。今日、日曜やんか! うどん屋全部休みじゃ! すぐさま引き返してまた寝ようとしていた家内に「うどん屋、全部休みや。食べて行くわ」と言ったら、「作ってくださいと言え!」と言われたという(笑)、波乱の何かを予感させる一日のスタートであった。

 今朝、早朝の高松は雪ではなくて、細い雨だった。6時に出発して、空が明るくなり始めた午前7時前に善通寺の四国学院大学に着いて、それからセンター試験の準備を始めて1時間目の試験が始まる頃、雨はみぞれになった。それが昼頃に雪になり、この日も無事にセンター試験が終わった午後6時過ぎには、大学構内はすっかり雪景色になっていたのである。しかも雪は全くやむ気配がない。私は思案した。これから高松までどうやって帰る?

 選択肢は2つ。車で帰るか、車を大学に置いてJRで帰るか。明日の朝は道路が凍結している恐れもある。JRで帰って、明日もJRで大学に来るというのが最も無難に思えたが、みんなに聞くと車通りの多い国道や高速は走れるだろうという意見が多い。何せ雪にあまり縁のない香川県であるからチェーンは持ってないし付けたこともない私であるが、じゃ、とりあえず車で出てみるか…ということで、一旦研究室に帰ってちょっと残務をして午後7時前に大学の駐車場に向かったのである。そしたら、大学の前の道路はすっかり雪が積もって、車の通るあたりもシャーベット状態になってるではないか。警備の兄ちゃんに聞いたら「車は走ってるみたいですけどね」と言う。私はそろりと車を駐車場から出した。時速20キロ。何とか走れるが雪は一段と激しくなり、みるみるうちに車に積もっていくのがわかる。これはいかん。私はすぐ近くにあるガソリンスタンドに入った。

田尾「すんません、チェーンあります?」
ガソ「あー、ここは置いてないんです。グランドホテルの前のダイキ(ホームセンター)に行ったらあるかもしれません」
田尾「すんません、ほな行ってみます」

 私は「初チェーン」を決心して、ダイキに向かった。途中、わずか1キロくらいの距離なのに道はもう雪でノロノロ運転の渋滞になっていて、グランドホテルの横に来たらホテルの駐車場に入ろうとしている車が雪で空回りしよる! これはやっぱり、絶対チェーンがいるぞ! 私は超低速で交差点を曲がり、雪が降る中、ダイキの駐車場に車を止めた。駐車場で車が一台、チェーンを装着しようとしていた。いかん、早よ行かな、チェーンが売り切れとるかもしれん。

 店に入ってそこにいたおねえさんに「チェーンありますか?」と言ったら、「もうあまりないですけど」と言われてチェーンコーナーに案内された。「あまりない」ったって1セットあればええのに…と思いながらついて行ったら、あ、そうか、タイヤの大きさによってチェーンが違うのか。タイヤに合う大きさのチェーンが売り切れてたら終わりなんや。

ねえ「タイヤのサイズは何ですか?」
田尾「195ですけど」
ねえ「195の何ですか?」
田尾「え? 195だけではいかんの?」

 わけがわからんで困っていたら、そこへ別のスタッフのおっちゃんがやってきた。

田尾「すんません、ちょっとタイヤ見てくれます」
おっ「はいよー」
田尾「で、合うたらチェーン付けてくれたりもするんですか?」
おっ「そやなあ、麺通団に入れてくれたら付けてあげてもええで、田尾さん」

 バレとんかい!(笑)で、とりあえずタイヤ見てみないかんということで、降りしきる雪の中、スタッフのおっちゃんと若い兄ちゃんと私の3人は懐中電灯を持ってタイヤをチェックに行った。おっちゃんとにいちゃんはタイヤを見て、何やらうなっている。どうなんだ? 合わないのか?

田尾「付かんのですか?」
おっ「んー…ボルボなー。たぶん行けると思うけど…私ら誰もこのチェーン付けたことがないきんな」
田尾「ほんまかいな! けど説明書見ながらやったら何とかなりますよ」
にい「さっきのお客さん、付けるのにものすごい時間かかってましたからねえ」

 私はちょっと不安になってきた。何か、本当はこの店はチェーンを売るだけで装着サービスはないに違いない。あんまり無理言うてもいかんのちゃうか? しかも雪はどんどん降っていて、駐車場で延々装着していたらこっちに雪が積もってしまう。途中、ボルボのディーラーの国村さんに電話したら、国分寺あたり(高松の手前)も雪が降って渋滞していると言っていた。私は思案して、車をあきらめてJRで帰ることを決心した。

田尾「やっぱ、JRで帰りますわ。あんまり無理言うてもいかんし。ここから大学まですぐやから、大学までソロソロ帰って…」
にい「けどJRの方が雪に弱いから止まるかもしれませんよ」
おっ「国道に出たら車が多いから、今のうちやったらチェーンなしでも走れると思うんやけどな」
田尾「そうかー、ゆっくり走ったら帰れるかなあ…」

 と、また迷い始めたその時だった。

「ドーン!」

おっ「うわ! スリップ事故や!」
にい「すぐそこですよ!」
田尾「すんません、チェーン買う!」

 私はおっちゃんとにいちゃんと3人であわてて説明書を広げて、頭に雪を積もらせながら必死で、10分足らずでチェーンを装着した(やったらできるがな)。その間、ダイキにはチェーンを買いに来るお客さんが次々に来ていた。

田尾「すんません、ほな、行きます」
おっ「時々車止めてチェーンの状態見とってな」
田尾「了解」

 そうして午後8時前、私は初めてのチェーン走行を始めたのである。国道に出るまで、道路のシャーベットはどんどん雪道になろうとしていた。チェーンをはいた車はガタガタと音がするが、確かに路面はしっかりと掴んでいる。さすがチェーンだ。1キロくらい走って11号線に出た。西行きの対向車線は雪道の渋滞で車が連なっている。その先にセルフのガソリンスタンドがあったので入って車を止めて、チェーンをチェック。ほんの少しゆるんでいたので締め直して再び走り出す。これなら高速も乗れるのではないかと思ったが、高速の入り口に差しかかった時、「雪 通行止め」の看板を発見した。ダメだ。高速はアウト。もう時間がかかっても一般道を帰るしかない。しかしそれにしても時速30キロは遅い。けど、チェーンをはいてどれくらいスピードを出してもいいのかわからない。私はまた車を止めて、チェーン走行を何度も経験していると思われる牛乳屋さんに電話をした。

田尾「すんません、つかぬ事をお伺いしますが、チェーンをはいたらどれぐらいのスピードで走ったらええんですか?」
牛乳「なんぼでも走ったらええがな」
田尾「かまんのですか!」

 ふと道路を見ると、他の車が結構なスピードで走りよる。何や、ゆっくり走らんでええんか? と思ってよく見たら、あれ? みんなチェーン付けてないみたいやぞ? 路面の音は…シャーシャーって…雪、積もってないがな。降ってるのは…雨やがな!

田尾「あの、さっき生まれて初めてチェーン付けて走ってたんですけど、丸亀に入ったとたん、雨で雪が積もってないんです」
牛乳「雪降ってなかったらチェーン外して走らな、車傷むで」
田尾「えー! 今さっき付けたばっかりやのにもう外すんですか!」
牛乳「外さないかんな」
田尾「どっしぇー!」
 
 私はまたスーパーみたいな所の駐車場に車を止めて、雨が降りしきる中、傘を出してしゃがんで、両手を使わないかんので傘をしゃがんだ足に挟んで、チェーンのフックを外して、ワイヤーがタイヤの内側に回り込んでるので手とワイシャツの袖を油で真っ黒にしながらタイヤの内側に手を突っ込んでワイヤーを外して、タイヤがチェーンを踏んでいるので車を30センチぐらい進めて、下からチェーンを抜き取って、もう傘が邪魔になって雨に濡れながら反対側のチェーンも同じようにやって、家族連れが楽しそうに行き来するそばで一人で悪戦苦闘しながら、ついにさっき付けたばっかりのチェーンを外した。

 国道に出ると、丸亀はただの雨だった。そこから坂出に入って、五色台のトンネルを抜けて高松に入って家に着くまでずーっと、ただの雨だった。ヘトヘトになって夜の9時前に家に帰って、メシ食って風呂に入って机に向かってパソコンを開けたら、JALのマイレージバンクからの広告メールにこんな文面が入っていた。

「お誕生日、おめでとうございます。いつもJALをご愛顧頂き、誠にありがとうございます」

 今日、誕生日やったんか…。
2008年1月18日(金)

 こないだ、今年2回目の清水屋に行った。

田尾「今年、ものすごいペースで来とるぞ」
清水「ほとんど週一ですもんね」
田尾「今年50回ペースじゃ(笑)」

 などと言いながらセレブメニューの「温玉肉ぶっかけ」を食っていたら、男性と和服女性の2人組のお客さんが入ってきて、何やら注文したあと、私のすぐ前でレジのおねえさんに向かってこう言ったのである。

客「ここ、麺通団の人がいつも来てる店ですよね」

 うどん落としそうになったがな(笑)。おねえさん、奥の大将にちょっと尋ねて、お客さんに「はい」と返事した。惜しいなー。大将、そこはすぐさま「年に50回ぐらい来ますよ」と返したら、俺、鼻からうどん噴いとったのに(笑)。お客さんはうどんをもらって私の斜め後ろのカウンターに着いて食べ始めました。私はうつむいて息を殺して食べていました。

 さて、苦悩の続く今週、来客から私に爆弾情報がもたらされたのだがまだとても書けない。「書けないのならほのめかすな!」と私からツッコミが入ったが、ま、それほどの爆弾でもないのでほのめかすだけならええか、ということで、何でも「○○が○○しようとしているらしい」とだけ書いておく(笑)。さ、明日からセンター試験。今年から四国学院大学も試験会場になるので、土日は朝から晩まで頑張らないかん。さらに来週は今年一番の仕事ラッシュだ。働くぞー。
2008年1月13日(日)

 夕方6時過ぎ、家内とディナーで木蘭(むーらん)のラーメンを食べに行くついでに三越のメンズのフロアに寄った。私は元来、服には無頓着で、たいてい家内が私の服を選んでいたのだが、4,5年前に家内に三越のメンズフロアにあるリキエル・オムに連れて行かれて、そこでH渡さんというおもろい店長に会ってそれからずっとそこで服を買っていた(大して買ってはないけど)。そしたらリキエルの店がなくなって、H渡さんは同じフロアのカルバン・クラインに行くことになって、けどカルバン・クラインを見たら私の好みとはかなり違うラインナップだったので、

田尾「短い付き合いやったけど、体に気をつけてお元気で(笑)」
H渡「そんなん言わんと寄ってよー」

 という会話を残してしばらくご無沙汰をしていたのである。そしたら、久しぶりに行ったらカルバン・クラインのラインナップのテイストが私好みに変わってた。

田尾「何か、ええ感じのがいっぱいあるやん」
H渡「当たり前やん」
田尾「だって最初は全然好みでなかったんやで。メーカーが路線変えたん?」
H渡「何言いよん。私が変えたんよ」
田尾「え? メーカーが商品送り込んでくるんちゃうん?」
H渡「違いますよ。半分ぐらいはメーカーが送り込んでくるけど、残り半分は店長が選んで仕入れるの」
田尾「えー! ほな店長のセンスが売上を左右するんや!」
H渡「当たり前やん」

 すんません、全然知りませんでした。さらに言えば仕入れは大体1年前に発注するため、店長が替わっても自分のセンスが店の商品に現れてくるのは1年後くらいになるそうだ。なるほどー、そういうことか。それで店長は日々、流行や客の動向をキャッチし、自らのセンスを磨き、戦略を立て、品揃えをして、それでも当たったり外れたりしながら頑張って成果を挙げるために勉強し、努力しているというわけだ。やっぱりここでも「努力した人が成果を挙げる」という当たり前の原理原則が働くことになる。恐れ入りました。けど、私好みが売上にプラスなのかマイナスなのか知らんけど(笑)。

 ちなみに私の服に関しては、リキエル時代からH渡さんと家内がグルになってどんどん攻め込んでくるのを私が必死で食い止めるというパターンは変わってない(笑)。で、家内が何か探してきて、

家内「これどう?」
H渡「それはダメ。田尾さんには無理」
田尾「うわ、ダメ出しもするんや」
H渡「当然よ。何でもかんでも“いいですね”じゃ信頼関係が築けんでしょ?」
田尾「うわー、営業マンの鏡や!(笑)」

 今日の戦いは終始押され気味で、ちょっと買い物をしました。閉店後、すぐ隣の木蘭で野菜ラーメンを一杯。あの手打ちの太さバラバラの「ふるふる麺」に、恍惚のスープ! 今日は元気出た。頑張るぞー。
2008年1月12日(土)

 今週は何か苦しんだ。授業や会議や打ち合わせや来客が詰まっていたこともあるけど、何か考えたり書いたりせないかんことがいっぱいあって連日午前1時2時まで机に向かっていたのに、いろんなことがほとんど進んでない。こういうのはほんま、重苦しく苦しむ。

 その苦しみ中に見た夢が、何か廃墟というか、戦いで負けた都みたいなところに私が立ってて、それを私を含めて数十人くらいの人が片づけてるの。で、でっかい壁みたいなのに無数の釘が刺さってて、それをみんなで手作業で1本ずつ抜いてるんだけど、他のみんながチンタラやってて、そのうちみんながパラパラといなくなって、日が暮れてきて、けど私だけは廃材に火を付けて灯り代わりにして黙々と釘を抜き続けてついに全部抜き終わるという、わけのわからん夢だ(笑)。

 私は昔から、作業をしたら仕事が片づいていくという忙しさは、いかに膨大な量の仕事でもあまり苦にならない。だから、考えても考えても仕事が進まないという状況がそんな夢を見させたんかなあ、と。あ、中学校の時に近くの建設会社で、工事現場から返ってきて山積みにされた大量のコンパネの釘を連日延々抜き続けるというバイトをやったことを思い出した。そいつが一緒に夢に出てきたのか? 

 で、苦しんで夜中になっても連日朝6時か6時半頃起きて大学に行くので、とりあえず布団に入ったら一刻も早く睡眠に落ちないかんわけです。私の睡眠誘発剤は読書です。布団に入ってうつぶせになって本を読んでいると、大体10分くらいでゴン…と眠りに落ちる。それを長い間やって来たので、今では眠りに落ちる瞬間に本を閉じて一瞬で仰向けになってふとんをかぶるという技まで身につけている。読む本は主にカタカナ3文字に「13」という数字のついた世界情勢に関する本であるが(笑)、近年はようやく文字ばかりの本を少し読むようになって、けど家にはそういう「書籍」が非常に少ないのでこないだ探しまくったら、20年以上前に当時の親会社の上司からもらった「男が40代にやっておくべきこと(鈴木健二著)」という本が出てきた。早よ寝ないかんのに、一気に半分ぐらい読んでしもたがな。

 もらった時(私が20代後半の時)に読んだはずなのだが、ちっとも内容を意識しないまま30代、40代を馬車馬のように走ってきた今(馬車馬の気持ちはよく知らないけど)読み返してみると、ええこと書いとるなあ。要するに40代をダラダラ過ごしてると人世がそう決まっちゃう…みたいな話の本だけど、今読むと書いてることがすごくよくわかる。改めて考えました。自分の人生のことではなくて、20代の時に40代のことを言われてもなかなか響かないものだということを。私が今、20代の学生に言ってることが、彼らにいったいどれだけ響いているのか。たぶんかなり響いてないと思うので、もう一回考え直して授業やゼミや日常の会話を修正してみないかん。

 こないだ学生とうどん食いに言っていろいろ話を聞いていて感じたのであるが、近年の若い子らは何か、結果を求めるのが早すぎるような気がして仕方がない。例えば、普通に行けば人世70年くらいあるのにかなり多くの学生が「20代で成功したい」と思ってて、有名企業に入れなかったらすぐ負け犬みたいなメンタリティになったり、仮に就職してもたった数カ月の仕事ですぐ「この会社では自分は成功しない」と思って辞めたりするやつが相当いるみたいなのだ。そうではないぞ、と言いたいのだが、そういう子に対してのアドバイスはこれまた非常に難しい。自分の経験からの話はできるが、何しろ10年先がどういう社会になってるのかわからないし、彼らが40代になる20年も先のことになると、私らの価値観で「いい」と思っていることが全く逆になってるかもしれないからだ。ただ、自分が60歳、70歳まで生きるつもりなら、人世の一番充実していたい年代は20代ではないだろうと思う(30で死ぬつもりなら20代で結果を求める生き方を否定はしないけど)。

 そういうわけで今のところ、私の中で出してる答は「とりあえずシンプルな原理原則だけを教えて、応用は時代時代できみらがやってね」と言うしかないと。で、「今は何を言ってもあまり響かないだろうし、先のことは今はわからんから、きみらが社会に出て応用をやり始めた時、私の持ってる価値観がまだ通用するようだったら電話してきたらケーススタディとして教えてやる」という話をしている。けど、難しいなあ。20代の子に言っても経験が浅いから理解度が低いだろうし、40代くらいになると自分なりの思い込みが固まってしまって、あるいは自己保身が先に立って、違う意見に対してすぐに「それは違う」「それはできない」と言い始める人が増えてくるし。30代か、向上心のある40代か、その辺がアドバイスの効く限界かもしれんなあ。

 いずれにしろ、30代まではとにかく努力をし続ける。40代はそれをベースにワンランク上の努力を必死でやる。その努力がお金や精神的なリターンとして目に見えて返ってくるのは40代後半からあとだ、と、鈴木健二さんは書いてるように読めました。とりあえず、60歳、70歳まで生きるつもりなら、現時点では私もそう思います。余談ですが、こないだあるところから「30代、40代の人を対象に、まちづくりについて話をしてくれないか」という依頼があったが、断った。私は、30代、40代の人は今いろんな所でやられているいわゆる「まちづくり」なんかに取り組まない方がいいと思っています。30〜40代の人は必死で働いて、自分の会社や職場が伸びるように努力をした方がいい。地域の企業や店が活力を持って雇用やお金を生み出したら、街は勝手にできていく(ただし税金を使わずに。こんな財政危機状態で税金でやったら、いずれ破綻して街をぶちこわす)。そんな考えを持っているので、何かご期待に沿える話ができそうにないんで、すんません。
2008年1月8日(火)

 2007年、私の行ったうどん屋の回数ランキングが出ました。というか、ニュースでも何でもないんやけど(笑)。3回以上行ったうどん屋は以下の通りです。
<2007年>
(14回)がもう
(11回)清水屋
(10回)なかむら、宮川
(8回)白川
(4回)いきいきうどん香西、おか泉、松下、丸山、宮武
(3回)上戸、谷八、田村

 ちなみに2006年(3回以上)はこんなラインナップで、
<2006年>
(10回)清水屋
(8回)がもう、なかむら
(6回)白川、宮川
(5回)やまうち
(4回)さか枝
(3回)あたりや、香の香、善通寺山下、三嶋製麺、山越

 要するに上位の清水屋、宮川、白川は職場の近くで、がもう、なかむらは通勤路の途中。香川のうどん食いはたいてい生活範囲の中でうどんを食べているということですなあ。ちなみに2008年は今日現在、がもうと丸山が1回ずつでトップに並んでいる。ま、今年はまだ2回しかうどん食べてないっちゅうことですが。

 ついでに初公開、2007年、うどん屋以外で行った外食の店の回数ランキングが、これだ。

1位(15回)ゴッコ(大学のすぐ近くのスパゲティ&喫茶)
2位(8回)すし水軍(イオン高松の中の回転寿司)
3位(6回)はまんど
4位(3回)良心亭(高松の大衆中華店)
5位(2回)函館市場(ゆめタウンの中の回転寿司)、マーチャン(ミッキーやしの実君のやっているラーメン屋)、鯉丹後(高松のラーメン屋)、ボワ・エ・デュポン(木場さんのフランス料理店)

 食生活がバレバレやな。回転寿司とラーメン屋か(笑)…などと現実逃避しとる場合ではない。仕事が大量にのしかかって来てる。今年の1月と2月は「努力をする1年」のスタートにふさわしい、近年にない忙しさじゃ。あー、来年から努力したい。
2008年1月4日(金)

 4日連続で峰山に登って、下りてきてシャワーを浴びて体重を測ったら、昨日から0.7キロ増えとった。意味がわからん。寄生虫、失礼、帰省中の娘に言うと、

娘「ドングリとか拾い食いしながら下りてきたんちゃうん」
田尾「俺はサルか!」

 ま、そういうテイストの家庭であるが、とりあえず「混乱したら目的に帰る」の原則に従って、峰山に登る目的は何だ? 「体重を落とす」「体型を絞る」「健康を保つ」の3つだ。目的が複数ある場合は、優先順位をつける。自分の中の優先順位は、
(1)体型を絞る
(2)健康を保つ
(3)体重を落とす

 そうやがな。体重は最優先ではない、「脂肪が筋肉に変わってきたら体重も増える」いうて眞鍋も言いよった…と無理やり前向きに理解することにして、とりあえず軽く腹筋を追加して気を取り直した。

 後期の授業は来週から3週間で終わる。授業が7科目とゼミが2つ、これをビシッと終わらせるために、それぞれ最後の3回の授業計画の整理にかかっている。去年よりもいい締め方をせないかんので、項目をきちんと追いながら終わるか、事例と演習でインパクトのある終わり方をするか、しかし事例は社会におけるビジネス的な実践例であるから、社会に出たことのない学生が着いてこられる事例はどのレベルのものを用意すればいいのか…と考えていたら、また難解な思考モードに入ってしまった。苦しむのー。私の苦しみは物理的な苦しみよりこんなんが断然多い。何時間経っても文字は1行も進まない。

 けど、頑張るもんね。顧客満足度を上げるためには、ここの苦しみが大事やからな。「方向を決めるための努力」じゃ。と言い聞かせながら、晩は香西の「ささや」で焼肉を食ってきた。カルビがうまかったので「正月や」ということでさらに上の「上カルビ」を頼んで食べたら、家族全員「普通のカルビの方がうまいな」って。我が家は安上がりの家族です(笑)。よくグルメレポーターがいろんなものを「やわらかくてとろけるよう!」とか言って褒めているが、何でもやわらかくてとろけるのがうまいんと違うぞ、というのが貧乏舌の我が家の一致した意見です(笑)。ちなみに「カルビ」って韓国語? ミノは「蓑」から来てるから日本語やろ? ロースやタンは英語よな。焼肉の肉の名称って、あちこち語が混在してるのか? 
2008年1月3日(木)

 3日連続で峰山に登って、下りてきてシャワーを浴びて体重を測ったら、3日で2キロ絞れた。年末の運動不足と年越しうどんと雑煮を三が日で帳消しにして、頑張って働いとります。こないだ旭屋書店で1万円分も本を買って、努力しとります。方向間違ってないやろな(笑)。

 で、辞書代わりに買った「2008年版業界地図(一橋総合研究所監修)」という本を眺めてたら、いろんな企業の売上高と営業利益と時価総額(株価に発行株式数を掛けたもの)が出てた。うーん、惜しいなあ。こんな管理会計のデータだけじゃ、企業の「規模」しかわからんでないか。ここにあと一つ、「長期借入金」のデータが一項目入るだけで、その企業のお金がちゃんと回っているかキャッシュが不足しているかの見当がつくのに。

 企業を経営している方には初歩的な話であるが、例えば売上高10億円、営業利益5000万円の会社があったとして、その数字だけを見たら「もうかってるやんか」と思うかもしれんが、仮に長期借入金が3億円くらいあって10年返済で年間3000万円の借入金返済があるとしたら、この会社はお金がショートするかもしれんのである。営業利益から税金を半分引いたら残りが2500万円、減価償却(キャッシュが出ていかない経費)を仮に500万円バックしても、3000万円しか残らない。借入金返済は管理会計には計上されないから残った利益から返済することになるので、3000万円を返済に回すと、あらー、営業利益が5000万円出てるのに、実際のお金は全然残らない…ということになるわけで、さらに現金商売でなくて売掛金型のビジネス(請求書を出して数カ月後にお金が入ってくる)だったらなおさらキャッシュが苦しくなるし、売り先が倒産したらお金も入って来ず、アウト。…みたいなことが、長期借入金のデータを加えるだけで大ざっぱに推測できるようになるわけです。ま、「業界地図」なんで、その企業が裕福か苦しいかは本題でないのかもしれませんが。上場企業は決算書も公開してるはずなので、どこか、借入金データを入れた業界地図を作ったらええのになあ。

 さてと、授業開始まであと3日。買うた本、頑張って全部読んどこ。何せ私、生まれてこの方ほんまに本を読んで来なくて、40代も終盤になってやっと本を読み始めたもんで。
2008年1月2日(水)

 年末年始は仕事がちっとも休みにならなかった代わりに日記を休んだので、差し引きすると、ちょっと「休まなかったなあ」という感じの年明けの今日。年末は主に大学のゼミの仕事で忙殺されていました。企画を作るのに苦しんで苦しんで、それから12月27日に学生たちを集めて丸1日かけて秘密の取材。ごんの協力で「夜の光のチンダル現象」という美しい映像が撮れたので、30日はその素材を持って三木町の上原んちへ行って、そいつの仕上げに朝から夜中の12時前までかかって、とりあえずあと1回修正をかけたら完成というところまでこぎ着けた。

ごん「いやあ、美しいチンダル現象ですねえ」
田尾「三木町は上原と出竿(猿人J)を輩出した“珍ザル現象”や」
上原「俺も入っとんですか!」

 ちなみにこの作品は、著作権の関係もあって残念ながらうちの学科内でしか見せられないので悪しからず。

 昨日は朝からサウナスーツにベンチコートという完全防寒でビークォーター飲んで峰山へ。今日も朝から同じスタイルで峰山に行く前にごんに電話したら行く言うので、2人でハヒハヒ言いながら峰山に上がってきた。スズメバチ事件以来初めてあの急な山道を通ったら、スズメバチ現場に赤いテープが張られていた。すぐ下をのぞき込むと、おおー、スズメバチの巣がほじくられてちっちゃい巣のカケラが2つ転がっとる。誰かが駆除してくれたんだ。けどあいつら、また違う所に巣を作るんちゃうか? 

 1時間くらいして帰りはちゃんとした道の方を通って下りてきたら、初詣で軽くにぎわう石清尾八幡の周辺が違法駐車の列になっていた。

ごん「ダメですね、こういうやつら」
田尾「ちょっとだけやからええやろ…いうのはたいていその人間の根っこに染みついとる性根やから、こういう人は何事においても“ちょっとだけならええやろ”とやっている可能性が高いね」

 止める所がなかったら、ちょっと離れててもどこかの駐車場に止めて歩く。駐車場代数百円は、モラルに対するお賽銭じゃ。

 で、今日は昼から帰省中の子供ら(と言っても大学生だが)も連れて家族で詫間の実家に行って、5時半から4年に1回の高校の学年同窓会に行きました。私は高校卒業以来、同窓会に出るのは、数年前に同窓会総会の担当学年になった時に係として強制連行された時が初めてで、今回は2回目だ。会場には昔の先生を含めて130人が来ていて、総幹事のO船が冒頭にあいさつした。

O船「元気ですかー! 元気があれば何でもできる! と言いますが、この歳になると“クスリがあれば何でもできる!”になってきまして(爆笑)、次回4年後はたぶん“クスリがなければ何もできない”になって、さらに4年後は“クスリがあっても何もできない”になってると思いますが…」

 ま、そういうテイストの学年です(笑)。会は一切のアトラクションなしに3時間歓談のみ。手抜きやけどええプログラムです。私の学年は9組まであったので知らんやつの方が多かったが、20人くらいといろいろ話をしてきた。まあみんないろんな仕事をして、いろんな試練と闘いながら今日にいたっている。そんな中で全体的に感じたのは、「努力をしている人(会社)は確実に良くなっていく」という、すごくシンプルな原理原則である。うまく行っている人の話を聞くと、たいていどこかで人並み以上の努力をしている。逆にうまく行かない場合は、たいてい平凡に仕事をしていて、努力が足りないという印象である。

 ついでに言えば、「ものすごく努力をしているのにちっとも良くならない」という場合は、たいてい「努力する方向が間違っている」という印象である。努力というのはとにかく目の前の仕事を必死でやるということだと思いがちだが、平社員から社長までを経験した私が思うに、努力には「目の前の仕事を必死でやる努力」と「努力する方向を決める努力」の2つがある。で、特に後者を間違うと一目散に間違った方向に突き進んで行って、どこかで崖から転落する。去年もそんな会社がいくつもありましたよね。

 「概ね正しい方向を決める」ための努力(情報収集や分析など)というのは、かなり重要で、かなり難しい。もしかすると目の前のことに必死で取り組む方がずっと簡単かもしれん。会社で言うと、前者は社員が取り組む努力であり、後者は経営陣(特にトップ)が取り組む努力である。けど「個人商店」では自分で両方やるしかないわけで、私は改めて「もっと努力しよう」と思ったわけです。「自分の人生」というビジネス(?)においては、みんな個人商店なわけですから。「努力しなかったらうまく行くはずがない」、今年はこれで行こうっと。
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