2009年12月の日記 |
2009年12月26日(土)
一昨日から取りかかっているカテゴリーBの仕事の中の、2つある1つ目が昨日の晩から思考に詰まってビタッと止まって1行も進まん。うんうんうなって3行ぐらい書いて、どうにも論旨が後半につながらなくてまた消して…魚を見て(笑)。
で、今日は朝8時からカテゴリーAの中の今抱えてる4つの仕事のうちの1つを持って上原んちに行って、学生2人(小西、多田)も合流して作業に取りかかった。1月に学科内で発表するある作品の制作作業。本来、事前に内容を考えて素材を準備して、今日はそれを並べて微調整するだけという計画だったのだが、何せ他の仕事がこのありさまだから準備もできず、行って考えながら作業をするという気の重い半日になる覚悟だったのだが、これがあーた、めちゃめちゃええ感じに進んで、上原と2人で学生の就職相談と人生相談をする余裕までできたがな(私には余裕がないんやけど)。
田尾「よし、これはええのができるぞ。こんなん作ったの、たぶん世界で俺らだけやぞ」 小西「すごいわ。これ、めっちゃヤバイですよ」 田尾「来月の発表、ワクワクするやろが」 多田「これはワクワクしますね」 田尾「ええか? ええもん作ったら発表も気持ちが乗ってくるんや。『みんなで力を合わせて一生懸命作りました』で褒めてもらえるんは学校の中だけやぞ。社会に出たらええもん作らんと何の評価もしてくれん。そやから、ええもんを作るためにいろんな専門のプロの力を使う。その役割分担とディレクションの感じを掴んどけ」
想像以上にええのができそうになったことを確認して、ちょっと気分も晴れて家に帰る。朝から何も食べてなかったのだが、そのまま次の仕事にかかるためカップヌードル1個食べてすぐにカテゴリーBの行き詰まってた原稿に取りかかったら、再びビタッと止まっちゃって。ちなみにこの間数日、カテゴリーCのどでかい仕事はもちろん止まったままだぞ佐伯(笑)。さらに昨日新たな資料が届いたカテゴリーDの仕事が、ちょっとお悩み事を生みそうな内容で、一気に気持ちが「どよ〜ん」としてきた。今日は朝から晩まで、「ちょっと晴れ晴れ」と「苦しんでも1行も出てこない」と「止まったままの岩のような仕事」と「どよ〜ん」が交互に押し寄せてくる一日。きついなー、精神的に。スケジュール帳を見ると、Bの仕事は何事があっても、ほんまに何事があっても明日中に上げないかん。絶対に明日中に上げなえらいことになる。そのあと、1月1日の夕方までカテゴリーAの仕事がびっしり。その間にテレビが1つとラジオが2つかー。ん? クリスマス終わったのか?
もう「ここはどこ?」状態で日付が変わりました(笑)。ふー、久しぶりにユンケル飲んで徹夜するか…。
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2009年12月25日(金)
日記、10日も止まってたのか。油断…でなくて種類の違ういろんな仕事が押し寄せていたので、意識が散っていて気がつかなかった。一つのカテゴリーの中の複数の仕事が押し寄せてきた時は、物理的に苦しくても毎日、毎週、ある一つの大きな方向で集中しながらやっていけるのだが、A、B、C、Dの4つのカテゴリーの仕事が別々に一つずつ押し寄せてくると、Aに集中してやってる時にBが頭をもたげてきて、そのうちCも気になりだして、しかし私もさすがにちょっとは学習するから「いかんいかん、まずAを仕上げてからじゃ!」と雑念を振り払ってAに取り組んでいるうち、BとCとDがだんだん遅れてきて、「さすがにこれはいかん!」と思ってBに手を出し始めて…何か以前も同じようなことを書いた気がするのでやめた。すんません、学習してません(笑)。
そういうわけで年末にKSBの多賀さんからゴルフのお誘いを受けていたのだが、とても行ってる暇がなくてキャンセルしました。これで今年、ゴルフ0回が確定。クラブが腐ってるかもしれんが、代わりにここのところ、尻が腐るほどイスに座ってパソコンに向かって仕事をしているので、どっちみち何かが腐ることには変わりない。で、思考に詰まったらアップタウンとか家とか大学の研究室とかどっかのカフェとか、よく場所を変えて気分を変えて仕事をしたりするのだが、場所を変える時間ももったいないのでほとんど動かないのである。土日祝日はずっと家の仕事部屋。春から秋にかけては気分転換にベランダに出て海を眺めるのだが、今は寒いから、もっぱら部屋の中の水槽を眺めて思考をリフレッシュする毎日。で、数カ月前から水槽の中で魚が卵を産んで、そいつが孵化して増えよんです(笑)。
うちの水槽の中は各種水草で森か林のようになっていて、そこにネオンテトラが30匹ぐらい、透明っぽくて細長くて尻尾が黒くて頭が赤いやつが10匹ぐらい、オレンジと黒のカギ型の筋が入ったやつが10匹ぐらい、透明っぽくて目だけが青く光るやつが6匹、薄いピンクっぽいやつが5匹、太い黒い筋だけが入った幅のあるマナガツオの極小みたいなやつが5匹、さらに幅があり尻尾のつなぎ目のくびれのとこまで幅のある極小のクエみたいなやつが6匹、たぶん全部で70〜80匹ぐらいいるのだが、この極小のクエみたいなやつが増えるのだ。1回だけ産卵を目撃した。何か薄黄色い極小クエを赤黒い極小クエが追いかけていると思ったら、どっちかが何かを放出したと同時にどっちかが白い精子をパッと放出した。そしたら他の魚がワーッと群がってきてパクパクパクパク! と食べ始めた。あーあ、タマゴ全滅…と思ったのだが、それから数週間経ったある日、水草の下に数ミリのちっちゃいちっちゃい稚魚が1匹現れたのである。生き残ってたのか。
それからそいつがだんだん大きくなって来たと思ったら、1ヵ月くらい前にまたまた稚魚を発見。以来、仕事の気分転換に水槽を凝視しては稚魚を探す毎日(笑)。普段は水草に隠れてほとんど出てこないのだが、エサをやると成魚たちが水面近くに群がって大騒ぎになると同時に、低い水草の間から稚魚がチラチラ出てくる。そいつを数えるのだが、こっちで1匹発見して、すぐさま向こうの水草の下を凝視しているとまた1匹出てくる。「2匹おる!」と思って最初のやつを確認しようと目を戻すと、そいつがいない。ん? 最初に見たやつが向こうから出てきたのか? で、そのままこっちを凝視していると、出てきた! サッと向こうに目をやると、おらんでないか! あまりにちっちゃくて色や模様で区別もできないから、同時に出てこないと数が確認できない…と思っていたら向こうに2匹出た! サッとこっちに目をやると、さっきのがおるでないか! 3匹か! みたいなことで、かつてのタニ公の捕獲以上の楽しみを発見してしまいまして(笑)。
ところが今日、愕然とする事実に出くわしたのである。水草の葉っぱにコケがかなり付いてきたので、この忙しい中、軽くスイッチが入って水草を取り出して洗おうと思って、例の稚魚がいつも隠れているところの水草を5〜6株いっぺんに取り出した、その時だった。下から稚魚がチラチラッと動いたのを見つけて「おー、やっぱりここにおったかー」と思った瞬間、チラチラッ、チラチラチラッ、チラチラチラチラチラチラチラ! うわー! 123、4567! 7匹もおるがー!
最初に発見して以来、もうかなり大きくなったのが6匹、本日確認されたちっちゃいやつが7匹。計13匹増えております。すんません、ほんのささやかな現実逃避でございまして(笑)。
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2009年12月15日(火)
朝、教学課に行くとチンペイから指摘が1件。
チン「先生、早く日記の更新をしてくれないと、僕が悪者の状態でさらし者じゃないですか」 田尾「休みを挟んでまだ見てない人がおったらいかんからな(笑)」
更新してもせんでも指摘が入るが、チンペイと宮Eの信頼関係を見越してこそのさらし者だ(笑)。さて、昨日は佐伯から「『超麺通団4』は128ページにしないといけない」というメールが入った。今回は掲載する店の数も増えそうなので144ページかそれ以上を覚悟していたのだが、諸般の事情で128ページになるらしい。ということは…
田尾「16ページ減るんか。ということは、年末年始に1日10ページの猛ペースで原稿を書かないかんと思ってたんやけど、2日近くサボれるな」 ごん「何でそういう計算に行くんですか!」
そういうわけでもないのだが、どんな些細なことからでもプチ油断モードに入れる私は、昨日は朝から授業の企画モノの一つを手配するため、上原んちに行って面倒な依頼事を一件済ませ、ついでに昼飯がてらに上原と車でちょっとその辺まで出かけることにしたのである。しかし、三木町の「ちょっとその辺」は広い。昔、上原(だったか)が家でミニFM局を開設したら、電波の届く半径500m以内に視聴者がカエルしかいなかったという三木町だ。お便りを募集しても返ってこない。
上原「三木町民、怒りますよ!」 田尾「三木町民がこのネタ投稿してきたんやないか」
三木町民の名誉のために、かつて『笑いの文化人講座』に投稿のあった三木町の標語ネタを披露しておくと、
「さあ青だ、いやもう一度、三木、平木」 *三木町の中心地にある平木地区。三木町に来た人が帰ろうとして、青信号になったので車を発進しようとした時、「いや、もう一度三木町平木に立ち寄って何かお買い物でも…」という、郷土愛にあふれた町おこしキャッチフレーズだ。
「三木や平木の旦那様」 *三木町や平木地区には貧しい人に温かい施しをしてくれる旦那様がたくさんいらっしゃるという、心温まる標語だ。
田尾「フォローになったか?」 上原「無理やりの解説がつらいです」
で、三木町探索でまずは白山であの物議を醸した桜の植樹がどうなっているのかを視察し、続いてそこから30分ぐらい走って虹の滝を視察し、山の家に行ったら閉まってたので八十八庵に行って打ち込みうどんとおでんを食ってきた。11時半過ぎに上原んちを出て、八十八庵に着いたのが1時半だ。広いのー、三木町。うどん食べてお金を払おうとしたら奥さんと大将が出てきて、コーヒーとあめ湯をごちそうになった上、おみやげにコンニャクとスダチまで頂いてしまいました。帰り際に、上原が三木町民であることを知った奥さんから質問。
奥さん「三木町に田中小学校ってあるやろ?」 上原「ありますね。よう知ってますよ」 奥さん「あの、ウワサで聞いたんやけど、田中小学校の校歌って『たんたん田中の…』って言うん?」 上原「ちゃいますよ! そんなん続きが歌えんじゃないですか!」
三木町は楽しそうやなあ(笑)。
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2009年12月10日(木)
朝、教学課に行くとチンペイから指摘が2件。
チン「田尾先生、最近忙しそうなのに日記の更新が多いじゃないですか」
物書きによくある(あるのか?)、あまりに根を詰めて仕事をしている時の合間の軽い現実逃避じゃ。
チン「あと、こないだ宮Eのことを“ただ者ではない”とか書いてたでしょ。僕、以前宮Eを(野球で)指導してたことがあるんですけど、あいつ結構ただ者ですよ」 田尾「わかっとるがな。褒めて伸ばす、教育者の常套手段や」 チン「いやー、安心しました。僕ね、あれ読んで田尾先生の人を見る目をちょっと疑いかけてたんで(笑)」
宮Eー、チンペイがそんなこと言いよったぞ。俺だけは信頼しとるからな(教育者の心配り・笑)。今日は授業の後、一人である町の山の中へ入っていって怪しい企画のロケハンをしてきたのだが、そのネタ書いてたらまたチンペイに言われそうなので、これぐらいにしといてやる。
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2009年12月9日(水)
『超麺通団4』の原稿があまりに音沙汰ないことについて、ごんが鬼のようにツッコミを入れてくるので言うとくが、実は先週の金曜日の夜、突然スイッチが入って「はじめに」の原稿(約2ページ分)を一気に書き上げてしまって、まさかこんなに早く原稿が来るとは思ってもいないだろう佐伯を脅かしてやろうと、夜中の1時過ぎにメールで原稿を、キーボードがへこむぐらい「カーン!」と叩きつけて送信したのである。
で、翌朝、佐伯から一体どんな驚きのリアクションが来るかとメールを開けたら、何の音沙汰もない。ま、さすがに朝早くはメールを読んでないのだろうと思って午前中の仕事に出かけ、昼過ぎに帰ってきてリアクションをワクワクしながらメールの送受信をクリックしたら、まだ何の反応もない。なるほど、佐伯も朝から仕事でどっかに出かけていてまだメールを見てないんだな…と思って再び次の仕事に出かけ、夕方4時半頃帰ってきてメールを見ると、佐伯から返信が入っていた。ふっふっふ、きっとびっくりしているだろう…と思って開くと、
「もしや添付し忘れでは?」
の一言が。もうー、何やっとん俺!
などという事件があったのだが、今日は仕事がものすごくはかどったぞ。1限目の「雑誌制作ワークショップ」の授業を先々週から松本君に手伝ってもらっているのだが、今日は別件で依頼していたインタレストの次号企画の1つ(11本抱えている企画ものの1つ)の試作品を松本君が持ってきてくれて、それが、上がってみるまで行けるかどうか半信半疑だったのだが、見ると殊の外デキがよろしい! 「よっしゃ! この企画は行けるぞ!」というわけで、朝からテンションが上がりまして、その勢いで2限目の授業でもう一つの企画ものも一気に進んで形が見えてきた。こっちは宮E、少B、S元、矢NOという「心配の塊」のような学生たち(笑)と一緒に作り上げる企画なのだが、
宮E「大丈夫ですよ田尾さん。僕ら、徹夜してでもやりますから」 田尾「おー、頼もしいやんか」 少B「徹夜の時、テレビ持ってきてもいいですか?」 宮E「あと、コタツと何かうまいもんも用意しとかないかんですね」 田尾「何でやねん! お前、これから気の遠くなるような作業が待っとんぞ。この中の何千もある画像データを全部見ながら、厳選して50ぐらいをピックアップせないかんのやぞ」 宮E「まさに針の穴を通すような作業ですね」 田尾「例えが違う」 S元「みんなでやらな絶対終わらんぞ」 田尾「そや。テレビなんか見とる場合でない。けど、みんなで力を合わせると何でもできる」 宮E「船頭多くして船、山に登るですね」 田尾「意味が違う」
とても心配だが、ええボケするのー(笑)。宮Eはただ者ではないニオイがする。それから昼飯も食わずに3限目の「インタレスト」の授業に突入。ここでもさらに企画もの3つの内容が一気に決定し、学生たちがチームに分かれて動き出した。今年から初参加の2年組からいきなり「副編集長見習い」に抜擢された田村と富永のモチベーションも上がり、なかなか頼もしい。これからロケハン、取材が山のように押し寄せてくるが、とにかく企画に行き詰まっていた先週からすると、便秘が解消したぐらい気分が晴れてきたぞ。
精神的(思考的)行き詰まりの苦しさより、物理的な作業の忙しさの方がずっと楽なのである。これで、抱えている11本のうち6本が「物理的局面」に入りました。ふー、しかしほんまに終わるのか…。
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2009年12月8日(火)
もはや一時の猶予もならないので(もうええっちゅうに)、授業を終えて直ちに企画モノの臨戦態勢に入ったのである。で、とりあえず、そんなことはないだろうと思うが万が一のために来年1月のスケジュールの具合を見てみようと手帳を開けたら、ページが今年12月分までしかないでないの。これは早よ来年のスケジュール帳を買いに行かないかん。
私はバインダー式の手帳にルーズリーフのスケジュールページを差し替えながら使っている。それもメモ欄なんか全然ない、スケジュールだけ書き込めればいいタイプの、見開き2週間のやつ。これは学習してこのタイプに行き着いたものだ。何を学習したかというと、かつては見開き1週間のタイプ(月曜から始まって日曜で終わる)を使っていたのだが、まず手帳を開けるでしょ。すると今週1週間のスケジュールが一覧できる。で、ふんふんと確認して手帳を閉じる。次の日、また手帳を開けてなるほど…と確認して閉じる。水、木、金と同じようなことをして土日を迎え、日曜日の夜、「さて、来週はどんなかな?」と思って次のページをめくると、えーっ! 月曜の朝から講演が入っとるやないか! 全然準備してないやないか! みたいなことが頻繁に起こっていたのである。
ごん「翌週も一緒に確認したらええやないですか!」 田尾「次のページをめくるのがめんどくさい…」
そういうわけで2週間を一覧できるタイプに変えたのである。それ以降、毎週のようにあった「えーっ!」が2週に1回に激減した。
ごん「学習しなさいよ!」
本当は「見開き1年」なら「えーっ!」が年1回ですむのだが、それでは書き込むスペースもないので、「見開き2週で、1日の欄に時間の目盛りがついているやつ」をここ10年近く使っているのである。ところが、それを売っている文房具屋が、何と香川県内で高松に1軒しかないのだ。香川県内の大きな文房具屋はたいてい全部チェックしたのだが、そいつを発見できたのは高松の「文具生活」だけ(毎年そこで買っている)。今年は一度、大学に近い丸亀の「文具生活」に行って探してみたのだが、置いてなかった。そこで、善通寺から高松まで車を飛ばして買いに行ったのである。そんなことしとる場合やないっちゅうねん。
そこでめでたく購入できて、ついでに三色ボールペンを2本買って、直ちに臨戦態勢に入るためにこないだ佐伯と打ち合わせで行った近くの「JAVASTYLE」というカフェに入って、手帳のルーズリーフを差し替えて3月までのスケジュールを書き込んで、直ちにパソコンを開けて仕事を始める。今日は夜、FMの『うどラヂ』の録音があるからそこで思考をぶち切られるまでにちょっとでも進めとかないかん…と思いながら1時間ぐらいいろいろ考えているうちに、資料がないと進められない局面にぶち当たって、結局家に帰ってまた最初から思考を組み立て直して考えていると、6時過ぎに携帯が鳴った。見ると、見たことのない番号が出ている。もー、誰や、この忙しい時に…と思いながら、こんな時には誰からかわからない電話は取らないのだがうっかり取ってしまったら…
カシ「FM香川の柏原です」 田尾「はいはい」 カシ「あのー、今日は録音ないの、ご存じですよね」 田尾「えーっ!」 カシ「今週は火曜日が都合悪くて水曜日になってましたよね」 田尾「ひやー! 危うく行くとこやった!」
毎週録音の後、次の録音日の確認をして帰るのだが、いつも手帳なんか持たずに録音に行ってるもんだから…。もう今まで何回「行ったら誰もおらんかった」いうのがあったか。ふー、まだまだ学習することがよっけある…。
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2009年12月7日(月)
10月中旬頃から、「12月一杯で仕上げないといけない企画モノ(すべて構想から練らないといけないもの)」を11本抱えていたのである。するとね、私はもう20年以上、何度も何度も同じ目に遭ってきているのにちっとも学習しないから、10月中旬の時点で全部の案件について「まだ2ヵ月半ある」と思ってしまう。すると、こうなるの。
まず一つ目の仕事に取りかかる。でも構想から始めないといけないので、パソコンを前にしていろいろ考え始めるわけ。1行も進まないのに時間だけが過ぎていく。そのうち思考が行き詰まって、「ま、とりあえずこいつは置いておこう。まだ2ヵ月半あるし」と思って思考を止めて、次の案件に手を付けるわけ。でもそいつも構想から始めないかんので、また考えているうちに行き詰まって、「ま、こいつも今日のところは置いておこう。まだ2ヵ月半あるし」となる。続いて別の案件に手を付けるわけ。しかしそれもどこかで詰まって「ま、あと2ヵ月半あるし」…(あと、コピペで8本同様に)。
そうしているうちに、しょっちゅう別のいろんな依頼事が入ってくるわけ。
「お時間のある時にお伺いしたいんですけど…」 「○月○日、空いてる?」
みたいな話がパラパラと入ってくる。手帳を見ると、日にちは空いてるわけです。企画モノは11本抱えてるけど、手帳は空欄で空いてるわけです。で、「まあ30分、1時間くらいなら…」とお相手をしたり出かけていったりしてしまうわけです。何せ、締め切りまでに2ヵ月とかあるわけだから。加えて平日は毎日授業や会議があって昼間は企画モノにあまり時間を費やせないので、抱えている企画モノはたいてい夜にがんばって考えるわけですが、夜も日付が変わる頃には「ま、今日はこれぐらいにしといてやるか。まだ1カ月半もあるし」となって、寝てしまうわけです。
あー! 何で学習せんのやー! 12月7日の今、抱えている企画モノ11本。1本もできてないやんか!
大体スタートで計算を間違ってるんよな。11本全部、確かに締め切りまでに全部2カ月半ある。でも、1本ずつに割ったら、1本あたり8日ちょっとしかないやんか。1日10時間ぐらいかけても3〜4日はかかる案件ばかりやから、授業や会議の時間を引いたら1日も休んどる場合でないっちゅうのに。ただ今連日、後悔と焦りの日々。にもかかわらず土曜日は都村さんたちと会食の後、安藤に「もう一軒行く?」と言われて「ま、明日日曜やし、ちょっとだけええか」と思って安藤行きつけの「グランドファーザーズ」に行ってああだこうだとしゃべってたら、そこに「あられ」(タウン情報時代からの知り合い)が登場して、あまりに久しぶりだったので「俺はこんなことやっとる場合でないんじゃ!」とか言いながらそこからまた1時間以上引っぱった。 聞くとあられは実家があられ屋をやってたから通称「あられ」と呼ばれるようになったらしいのだが、私は20年来ずっと「あられみたいにうるさいからあられ」だと思っていた。何で「あられ=うるさい」と頭の中でつながっているのかというと、あれは忘れもしない何年前のいつだったか(忘れとるやないの! あー、久しぶりのフレーズ・笑)、露の新治さんの独演会で旧香川県文化会館に行った時のこと。私の斜め前の席で聴いていたおばちゃん軍団のうちの一人が、新治さんがしゃべっている時に何やガサガサとお菓子の袋を出してきた。見ると、懐かしいあの大きなギンナンみたいな形の「トランプあられ」。それを必死で袋を引っぱって開けようとしているのだが、なかなか開かない…と思った瞬間、バリッ! と袋の口が開いてトランプあられをぶちまけた! それが、旧文化会館に行ったことのある人はご存じのように、あそこの客席の床は舞台に向かってなだらかな坂になっておりまして、それからしばらく大量のトランプあられが舞台に向かって転がっていく音が館内に「ザーーーー」(笑)。新治さん、話を途中で止めてトランプあられをいじらなしゃーない(笑)。
オイシイ事件に出くわしとるでしょ?(笑)…とか日記書いてる場合やないっちゅうねん! 明日も1限目から授業。さらに来週は、まさかこんなことになると予想してなかったから春頃に受けてしまった講演がある。まだ準備もしてない。さらにあの「正月明けに原稿を上げる」と豪語してしまった『超麺通団4』が百数十ページ、ほぼ手付かず。ふいー、締め切りに間に合わんかったらあられのせいにしよ(笑)。
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