2011年03月の日記 |
2011年3月25日(金)
以前どこかで書いたような気もするが、書いてないような気もするし、ま、私が忘れるくらいだからいいや。
昔、タウン情報誌をやっていた時にこんなことがあったのを思い出した。創刊して最初の5年くらい、ずーっと右肩上がりというか、うなぎ登りに近い伸びを見せていた実売部数(『笑いの文化人講座』の企画の大ヒットのおかげ。あれが『恐るべきさぬきうどん』の前の一発目のホームランでして)が横ばいになってきたので、部数を伸ばすための戦略ミーティングをやったのである。そしたら、編集スタッフから「読者のニーズを知るために、本に付けている綴じ込みハガキでアンケートを採ろう」「綴じ込みハガキで、おもしろかった特集やおもしろくなかった特集のアンケートを採って、読者の意見を誌面に反映させよう」という意見が出てきて、それに全員が賛成したので、私はすぐにその案を却下したのである。
目的は「実売部数を増やす」である。ということは「買ってくれる人を増やす」ことである…と説明すると、「そんなの当たり前だ」とみんな言う。ではそこで、ターゲットをこういうふうに分けてみる。
タウン情報誌のターゲットは、県内の10代中盤から20代の若者(当時は約18万人)である。その18万人は、 (1)タウン情報誌を買ってくれている人 (2)タウン情報誌を買ってくれていない人 の二種類に分けられる。と説明すると、みんな「当たり前だ」と言う。では、実売部数を増やすということはこのうち「買ってくれていない人に買ってもらうことだ」と説明すると、それも当たり前だと言う。ここまで誰もが当たり前だと言うのに、戦略を立てるとなった途端、「綴じ込みハガキでアンケートを採る」という意見が出るのである。
あのね、綴じ込みハガキを手にするのは誰? アンケートに答えてくれる人は誰? ハガキが本に付いているのなら、それは「買ってくれている人」がアンケートに答えるんじゃないか。部数を伸ばすためのターゲットは「買ってくれていない人」だろ? じゃあ「買ってくれていない人」のニーズを調べないといけないのに、綴じ込みハガキでは目的と対象が完全にずれてるじゃないか。
「目的」と「手段」は連動していないと成果が上がらない、というのは誰でも「当然だ」と言うんだけど、そこに「慣習」とか「情緒」が入った途端、思考停止になって、目的と手段の連動性、整合性が吹っ飛んでしまうことがよくあるのである。
何でこんな話を思い出したのかというと、今日来た香川県の広報誌『みんなの県政 THEかがわ』の表紙の下に「東北地方太平洋沖大地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます」というクレジットが入っていたのを見て、「このメッセージは被災者には届かないだろうなあ」と思ったからである。だって、香川県民にしか配布されてないもの。ちなみに、四国新聞にも「被災地の皆さんへの呼びかけ」みたいな寄稿文が載っていたけど、四国新聞も基本的に香川県民しか読まないから、この寄稿文を書いた人の気持ちは被災者には届かない。
こんなことを書くと「お前は人の真摯な気持ちを否定するのか!」という声を上げる人がいるが、そういうことを言っているのではない。目的と手段の整合性が情緒で飛んでしまうという話である。で、この場合、「目的」を有するのは「書いた人」であるから、「書いた人は目的と手段の整合性をどう考えているのかなあ」と思ったのである。
書いた人の目的が「被災者に気持ちを届ける」であるなら、気持ちを発信する「媒体」を間違っている。さっきの「綴じ込みハガキを使って新規読者を獲得しようとする」のと同じ、伝えたい相手と情報を届ける媒体の整合性が情緒で飛んでしまった、という話になる。
でも、これらはそんな初歩的な「媒体間違い」でないような気がするんですね。つまり、「目的」自体が別のところにあるのではないかと。具体的に言えば、「被災者に気持ちを届ける」という目的ではなく、「自分がこういう気持ちでいることを被災者以外の読者に伝える」のが最優先の目的ではないかと。で、その「被災者以外の読者」とは誰かというと、どこにいるかもしれない「モンスター市民」と、突然「人民裁判」を起こして発言者を社会的に抹殺してしまう「モンスターマスコミ」ではないかと思うのである。
過剰な自粛をさせてしまう動機というのは、みんな薄々感じているとは思うけど、たぶんそういうことですよね。事実私もそうだし。それで、何十年もかけていろんな洗脳がじわじわとモンスターを増やしてきてしまったから、正論と思われる意見が「悪」とされるようなことになっていて、もう、書いてる方も誰に気を遣っているのか、誰に謝っているのかさえよくわからなくなってるような…。難しいですねえ。でも、今のままはあまり心地よくないですねえ。
今週は水曜日、研究室で苦しんでたら隣のインタレスト編集室(通称「インタレ部屋」)からトミーとバーバラ田村がやってきて仕事の邪魔をした(笑)。
田村「取材行きましょう」 田尾「忙しいんじゃ。その特集の取材はきみらで手分けして行くことになってるやろ」 田村「でも、取材のポイントがわからないから、一回田尾先生と一緒に行って取材の手本を示してもらって、それから私らが自分で行くのがいいと思います」
途中でうどんをおごってもらおうという魂胆が見え見えだ(笑)。しゃーないのー。結局、トミー、バーバラ田村、金藤ジェシカ、エイミー溝渕と私の5人で、4時間かけて荘内半島の突端の三崎に取材に行って来ました。あそこは穴場じゃ。突端はえらいワイルドなことになっとる。年とって足腰が弱って高所恐怖症になってきた私には厳しい。なのに学生らはカメラを構えて先の方に行く。
田尾「田村! 行くな! 田村ー、そこまでじゃー! 田村、行くな……田村…行くな〜…」
へたり込む私を見てトミーが腹筋つるぐらい笑う。やっとのことで突端から引き返し始めたら、トミーが木の棒を差し出して、
トミ「ご老公、ほら、ちゃんと杖を持って」
俺も衰えたわ(笑)。帰りに、あの「木の葉型の天ぷら」でおなじみの高瀬の渡辺に行ったら、田村が子犬のような目をして「60円足りんけん天ぷらうどんが食べれん…」言うから、結局全員の分おごったわ!
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2011年3月22日(火)
月末がどんどん迫ってきているというのに、土曜日にM先生から「前日に発表された前期の時間割で、私の担当科目の時間が間違ってる」と緊急連絡があった。Y先生担当の科目が、月曜日2コマ目のはずが1コマ目に入っているとのこと。
その科目は、私が情報加工学メジャーの中でY先生にお願いして担当してもらった科目である。ことの経緯を整理すると、 (1)事前にY先生と相談をして、その科目を月曜2コマに入れることに決定。 (2)私が情報加工学メジャー関係のすべての科目の時間割案を作成して、学部長に提出。 (3)学部長がまとめて担当事務職員に提出。 (4)事務担当部署ですべてのメジャーの時間割をまとめて、前期の全学の時間割を作成。 (5)各先生がそれぞれ校正。 (6)校正を修正して時間割が確定。 という過程を経て、確定した時間割表はすでに学生に配布されてしまっている。学生たちはそれを見ながら今、どの科目を履修するかそれぞれが検討しているという段階である。おそらく学生たちは、その科目が「月曜1コマ目」だと思って自分の時間割を考え、履修登録に臨むに違いない。しかし、「月曜1コマ」はY先生の予定外で、このままでは授業ができるかどうかわからない。そういうわけで何とか修正してもらわないかんのだが、この期に及んで果たして修正及び学生への周知ができるのか。
おそらく、上記の過程のどこかで「2コマ目」が「1コマ目」にすり替わってしまったのである。しかも、校正は全部の先生に行っているものと思っていたから、私は自分の担当科目しか校正していなかった。
多くの場合、こういうミスがあると、まず「誰がミスをしたか?」を追求してしまうのである。そして、あわよくば自分の責任でないことを願い、自分に責任がありそうになると何とか責任を逃れるごまかしを考えてしまう。でも、プロブレムソルビングを習って実践してきた私は、そんな「問題解決」に何の意味もないことはしない。私は直ちに、考えられる対策を全部並べてみた。 (1)まず、早急に直談判をして時間割の変更をお願いする。 (2)もし「ダメだ」と言われた場合、Y先生に頼み込んで1コマ目に授業をやってもらう。 (3)もし可能なら、その科目を急遽「休講」にしてもらう。 (4)それもダメなら、その授業を私が担当して行う。
この、(4)の「自分でやる」という覚悟ができた時点で、「一人対策会議」は終わり。直談判でどういう返事が返ってこようが、自分が授業を担当すれば問題は絶対に解決するからである。
そういうわけで今朝、私は覚悟を決めてY先生と一緒に担当部署に行ったのである。カウンターに行くと、気は優しいが顔は恐い(失礼)K野君が出て来た。
K野「どしたんですか?」 田尾「実はな、かくかくしかじかで…時間割の変更を頼みに来たんやけど。もう学生に配ってるから無理かもわからんけど、そこを何とか変更できる方法があったら…」 K野「いいですよ。じゃ、変更箇所をこれに書いといてください」 田尾「へ? そんな簡単にできるん?」 K野「正誤表で周知して、あとはコンピューターで修正しとったら学生は入力する時にわかりますから」 田尾「あ、そ」
2日もかけて並々ならぬ覚悟までした、あの時間は何だったの(笑)。そういうわけで今日は朝から気分も晴れ晴れ、仕事が進む進む。昼、インタレストの学生連中が「うどん行きましょう」言うもんだから、調子に乗って車2台を連ねて小縣家まで遠征をした。小縣家の駐車場に着いて、H谷川君に電話。
H谷川「H谷川です」 田尾「H谷川君、火曜日は小縣家定休日って、何で先に言うてくれんのや!」 H谷川「知りませんがな!」
ようピンポイントで定休日の店に行くわ。
田尾「しょうがない。ほな久しぶりに多度津の平野屋行ってくるわ」 H谷川「○○○のとこですね」 田尾「そういう言い方をするんじゃない!」
訳あって伏せ字をアルファベットにすることもできない(笑)。
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2011年3月20日(日)
今週はとてもとても苦しかった。毎度おなじみの「月末まで」という仕事をたくさん抱えて、一つをやっていたら別のやつが頭をもたげてきて…というのが続いて結局どれもが進まず、月末は迫ってくるし、卒業式はあるし履修指導はあるし、会議はあるしインタレストも締切が近づいてくるし…。で、ようやく「あかんあかん!」ということで一つずつ仕事に集中することにして(ほんまに学習せんなあ)、昨日、やっとのことで一つだけ仕上げた。ふー、あと7つ。
で、今日は油断している場合ではないのだがプチ油断モードになって、数カ月ぶりにパソコン投票で競馬を2レースだけ買いました。2000円だけど。何で買ったのかというと、いろんなところでスポーツやイベントが中止や延期になっている中、阪神競馬が土曜日から開催を再開したからである。
世の過剰な自粛モードに一石を投じる目的なのか、そんなたいそうな決意ではなくてどこかがいつか再開しないといけないので先陣を切ったのか、あるいは関西は電気とか大丈夫だから始めたのか、あるいはファンを優先したのか、はたまた、ただ売上が欲しかったのか。ま、売上はいずれ代替競馬で開催日数を合わせるから年間にしたら同じようなものなので「売上欲しさに開催」ではないと思うけど、理由はともかく、頑張って開催しているのでちょっとだけ売上に貢献しようと思って。
経済活動は応援したいのである。私はビジネスをやっていたから、企業や店のお金のことが少し実感として分かる。どういうことかというと、あからさまに言えば、1週間キャッシュのインが止まると資金繰りが大変になる中小零細企業や店が、そこいら中にたくさんあるのである。中にはつぶれる店もあるのである。事実、つい先日、私の知人の会社が自粛ムードの影響で短期的に1000万円もキャッシュがショートして頭を抱えているという連絡があった。
それは、ある種の二次災害みたいなものだろう。そういえばプロ野球のセリーグで、開幕時期のことで選手会や星野監督やいろんな人が怒っているようであるが、厳しい言い方をすれば、彼らはみんなお金を持ってて当面の生活には困らない人たちばかりである。もちろん「こんな時に野球をやる気持ちになれない」というのもよくわかるし、私も彼らに反論して「早期開催すべし」と言うつもりもない。ただ、私はかつて零細企業の社長だったので、ついつい、野球が開催されて初めて仕事があって収入がある、しかも短期的なキャッシュインで食べつないでいる多くの業者さんや個人の人たちを心配してしまうのである。
プロ野球に限らず、短期的なキャッシュでつないでいるお店や会社の方々は、本当にお困りだと思います。ヘタしたら人生を断ち切ろうと思い詰めるほど追い込まれている経営者の方もいるかもしれない。だから、私は被災者に募金もするけど、せめていつもと同じように消費活動だけは続けたいと思っています。これもこないだ書いた「私に何とかできること」の一つかと。おそらく会社や店を経営したことのない圧倒的多数の一般の方々には実感がないと思いますが、私にはとても他人事には思えない。どうか皆さん、頑張ってください。
久しぶりの日記なのでもう一つ。こないだ「大学生の就職内定率が80%を割った」というニュースを見ましたが、実はこれも私の数少ない知人の会社から、ここ1ヵ月で2件も「誰かええ人おらん?」という相談が来ました。どちらも、大手新卒採用メディアには募集を出してない小さい会社。でもいい会社。売上も数億円とか10数億円あって経常利益もちゃんと出している会社。これらは、よく言われる「企業と学生のミスマッチ」とかいう話とはどうも違う。
私は大学に来て初めて少しずつわかってきたのだが、就職率の低下は確かに景気の動向や産業構造の変化によるものは大きいと思うが、何か妙な情報の偏りによる現実とのズレや、就職活動のマニュアルの根本的な現実とのズレや、それらに洗脳された学生たちの就職に対する考え方や価値観と現実とのズレにもかなり原因があるように思う。具体的に書くと長くなるし、私の周りの学生情報に触れそうなので書かないが、ちょっと困った風潮になっているような気がしてならない。
とりあえず就職活動に際して、近年流行っているらしい自分の「性格判断」とか「適正判断」とか、あんまりやらない方がいいと思います。「自分探しの旅」と同じで、たぶん妙な「答」に行き着くか、答に行き着かずにさまようばかりになりそうな気がする。あと、就職率をはじめとするいろんなところから発表される数字も根拠が怪しいことが多いので、あまり振り回されない方が。
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2011年3月15日(火)
何かチェーンメールのことばっかり書くハメになって不本意ではあるが、昨日はインタレストの学生から「田尾先生、チェーンメールに引っかかったんですか」言われるし、今日は久しぶりに顔を合わせたチンペイからいきなり「チェーンメールに引っかかってましたね」言われるし、さらにインタレストの読者からも「日記、削除した方がいいですよ。あれを見てまた勘違いしてメール回す人が出たら通信環境に負荷がかかるし、田尾先生の華麗な経歴に傷が付くやもしれないと…」等の温かいご指摘メールが飛んできまして。
素人感覚として、「こんなのが来ました。私はこんなのに引っかかりました。知人から来たので信用してしまいました。けどチェーンメールだったようです」という経過を残してた方が知らない人にはわかりやすいのかな、と思っていたのですが、何やらネットの世界の常識は私の情報発信の(古い?)セオリーとは違うのかもしれない…ということで、とりあえず削除。私はたぶん生まれて初めて、自分の書いたものを削除しました(笑)。すんません。
今までも大きな災害や大きな不幸があった時には日本全国でいっぺんにいろんなことが自粛モードになってきたけど、今回もいろんなところでいろんなものが自粛モードになってるのをひしひしと感じまして、特にお笑い系と楽しいレジャー、エンタテインメント系はこうなると行き場がないから、私なんか人間丸ごと自粛を迫られているような気がしています。けど、それが「当然の自粛」なのか「過剰な自粛」なのかさえ判断しにくくて、自粛する側もいったい何に気を遣って、あるいは何におびえて自粛しているのかもよくわからなくて。
わからない時は、私はいつも頭の中で「項目を並べて優先順位をつける」という作業をやっている。例えば今回の災害で言えば、 (1)人命救助 (2)助かった人の生活援助、復興援助 (3)当面の被害の拡大の防止 (4)今後同じような事態が起こった時への教訓の認識と、技術的な対策の実行 …みたいに自分なりに考えた本筋の優先順位をつけてみて、
(1)は私にはいかんともしがたい。 (2)は何だろう。募金とか物資提供か。ではどういうルートでやるのが一番いいのか? (3)は私にできることではない。 (4)は、技術的な対策は私にはできないけど、教訓の認識はできるか。
というふうに考えていって、とりあえず自分にできそうな(4)の中の「教訓の認識」のところで、家内と「高松で大災害が起こって自分たちが被災者になった時に我々は具体的にどうするか」を話し合って確認だけはしました。ちなみに(2)の一環として、素人考えで「節電するか」と思ってやっていたところにチェーンメールが来て引っかかっちゃったと(笑)。いかん、(笑)は自粛せないかんのか。
けど、こうやって自分なりに整理してみると、「自粛」というのが(1)〜(4)のどこにも該当しないことに気づく。つまり、どの目的に対する有効な手段なのかがわからない…というのが正直なところでして。けど社会的にはこの情緒的な「自粛」というのが優先順位のトップに来ていることも事実であって。情緒というのは、理屈でないだけにとても難しい。私のように頭の中を理屈で整理するクセのある人間には、特に難しい。
しかしいずれにしろ、自粛する人もしない人も、気持ちの根底には今回のことで世界から賞賛の声があるらしい「世界に誇れる日本人の魂」みたいなものがある、そんなものを失った日本人も増えているんだろうけど、まだ「ある」人の方が多い、と私は思っております。少なくとも私と、私の知る限りうちの家族と私の友人知人たちとインタレストメンバーの学生たちは、「魂のある日本人」であると信じている。
ということで、またぼちぼち日記を書いていきますわ。地震のことは体験者でもないし専門家でもないのであまり書かないと思うけど、また何か常識を外してしまったらご指摘ください。
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2011年3月8日(火)
別に瀬戸内芸術祭に恨みがあるのではないことをきちんとお断りしておくけど(笑)、今日の四国新聞に載っていた「アートアカデミー街なかワークショップ」なるイベントの紹介記事。何でも次回の瀬戸内国際芸術祭への気運を盛り上げようというイベントだそうだが、記事にいきなり、 「昨年開かれた同芸術祭には、全105日間で約93万人が来場」 と書かれているではないか。
もう何度か指摘したが、「93万人」というのは7つの島と高松に設定した合計24カ所もの基準施設に訪れた人の合計数字じゃないですか。それを「来場者数」として発表するのはあまりに水増しが過ぎるという指摘があって、しまいには県からの公式発表で「実数は30万人くらいだと思われる」みたいな発表があったじゃないですか(しかしそれでもダブルカウントが多すぎるから私が試算して「実数は10万人足らず。そこから芸術祭がなくても例年島に来ている観光客を差し引くと、芸術祭効果で増えたのは数万人程度ではないか」と予測したけど)。それを、ほとぼりが冷めると知らん顔でこんな数字を書いたのでは、そのうち「93万人」で確定してしまうじゃないですか。もし、なし崩しに「93万人」を県民に刷り込みたいという意図なら、それはもうジャーナリズムではないですよ。
ちなみに、ついでにおかしな数字を蒸し返すと、今年の正月に新聞に載っていた「県内の正月三が日の人出」の数字も、県内主要神社やお寺15カ所から聞き取りをした数字をそのまま並べて「合計120万9000人。前年比6万6500人の増加」と書かれていたが、香川県民は100万人だぞ。みんな、初詣に2回も3回も行くとは思えんし、この15カ所以外にも初詣に行く神社はたくさんあるだろうし、県外客だって初詣にわざわざ県外のさほど有名でもないお寺にまで出てこないだろうし、いかに帰省客が上乗せになっているとしても「120万人」はないでしょう。個々の神社仏閣の申告数を見ても、誰が考えてもあり得ない数字を出しているところがあるし。
ちょっと問題意識を持っていれば、不確定な数字や怪しい数字はすぐにわかるはずである。怪しいと思ったら、きちんと注釈を入れるか、きちんと調べ直すか、それができないのなら載せないことだ。そんなことは情報を発信する者の基本中の基本である。ましてや地元では天下の四国新聞、地域の世論のリーダーなのだから、お願いしますよ。
今日は昨日のD々のせいで眠いので以上。熱帯魚ネタもなし(笑)。
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2011年3月7日(月)
今日は仕事で疲れ果てたので日記を書かずに寝ようと思っていたのに、午前1時が来ようという時に気力を振り絞って書き始めたのは団員DとM宅さんのせいだ。
何週間か前にM宅さんから電話がかかってきて、四国日清冷凍で今はなきゴッド「宮武うどん」の冷凍うどんが完成したという報告があった。「つきましては3月8日(火)に高松市扇町のcoopで試食販売をするので、田尾さんちのすぐ近くだからフラッと遊びに来てね」という面倒…いや親切なご案内だったので、その日は午前中と夕方に仕事が詰まっているので「1時頃なら行けるわ」と返事していたのである。
そしたらこないだD々からまた電話があって、「よかったら1時に田尾さんが来ること、日記に書いといて」と言われてたのをさっき思い出してしまったから、日本で7番目に人がいい私は老体にむち打って今これを書いておる。そやから今日は、これ以外書くことがない。けど私は日本で6番目にサービス精神に満ちあふれているから(もうええか・笑)、しょうがない、もう一ネタひねり出そうと考えてたら、昨日の「喫煙者悪者ネタ」つながりで、「理不尽に悪者にされているランキング」を書いてやるか…という案が浮かんだのだが、あかん、そんなの書いてたら怒りと深夜ハイで3時くらいまでかかるわ。
昨日、気分転換に水槽の水替えをやりました。ついでにガラス面の内側に着いていたコケを拭き取ろうと思って布でこすっていたら、こいつがメチャメチャしっかり張り付いていてなんぼにものかん。腕が疲れるほどこすっていたら、それを見た家内が「こんなんあるで」と言って、白いスポンジみたいなのを出してきた。布でこんなにこすっても取れんのに、そんなスポンジではどうにもならんやろ…と思いながらこすってみたら、うわ! めちゃめちゃ取れる!
田尾「これ、激落ちやわ!」 家内「だって『激落ち』やもん」
見ると、スポンジが入っていた袋に『激落ちキング』と書かれていました。さっそくこれを水槽掃除の必需品として、去年S原にもらった、ガラス面に上がってきたタニシを取る柄のついたローラーみたいな『貝転キャッチャー』の横に置いて、と。えーと、そんなとこかな…。とりあえず8日の1時、宮武の冷凍うどんを食いにcoop扇町店に行く。宮武の大将も来るそうです…と。見てみー、無理やり書いたけんオチもない日記になったやんか!
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2011年3月6日(日)
木曜日から苦しみ中の仕事が金曜日の夜に一度仕上がったのだが、推敲してみるとどうも論理立てに納得いかんものがあって結局ボツにして、それからまた1日ゼロから考え始めてどうにもまとまらないので、今朝はパソコンを下げて散歩に出かけたのである。計画は、
(1)散歩をすることによって頭がリフレッシュされ、考えながら歩いているうちに構想が泉のようにわき上がってくる。 (2)わき上がってきたところで最寄りの灰皿のあるおしゃれなカフェ(笑)に入り、コーヒーを飲んで一服しながらパソコンを開いて原稿に取りかかる。 (3)わき上がってくる構想に指が追っつかないほど原稿を書き、あっという間に原稿を完了してさわやかな日曜の昼を迎える。
というものだった。午前10時、家を出てサンポート方面に散歩開始(ダジャレではない)。すると、澄み切った冷たい空気に刺激されて、昨日まで頭の中で堂々巡りしていた構想がスッキリと整理され始めた。歩くこと20数分、高松駅に到着した頃には原稿の全体構成が浮かび上がる。これは忘れんうちに早よ灰皿のあるおしゃれなカフェに入らないかん。それも、帰りのことを考えるとさらに遠くのカフェに向かったのではいかんので、私はとりあえず家の方に向かって開いているカフェを探すことにした。
駅から兵庫町の広場方面に向かっていると、ふと、割烹「遊」で会った「とき」というカフェのマスターに「たまには来てくださいよ」とか言われていたのを思い出し、うろ覚えの場所を探したら隠れ家みたいな2階に店を発見。上がってみると…日曜定休やないか!
それからしばらくそのあたりを散策したが、1軒見つけたカフェ、日曜定休。ふと、美術館のそばの「城の眼」が、ええ空間に良質の音のクラシックがかかっていて灰皿も確かあったはずだ…と思い出して、ちょっと逆方向ではあるが10分くらい歩いて行ったら、日曜定休! 仕方なく、もう5年くらい行ってないしコーヒーもま…でなくて私の口に合わないけど灰皿はあった美術館の喫茶に入るか…と思って行ったら、開いてたけど入り口に大きく「22年4月より全館禁煙になりました」と貼ってあったので、入り口で引き返した。
すでに家を出て1時間も歩いてうっすらと汗をかいていた私は、そこで気持ちが折れました。もうええ、家に帰って原稿書く、と決めて、とぼとぼと帰路につく私。ここから30分近く歩かないかん。中央通りに出て、五番丁の交差点の地下道をくぐって中央公園の横を通って西へ。もう一つ交差点を渡って高松高校の前を通って工芸の向かい辺りを歩いていたら、向こうから20代前半に見える若い女の子2人が歩いて来るのが見えたので、シャイな私は目を合わさないように道路の反対側に顔を向けて歩いていたら、すれ違いかけた時に彼女らが「あ、田尾さんや」と言った。誰かと思ったら、インタレスト7代目編集長だった下村やないか。
田尾「何しよんや。遊びに来たんか」 下村「違いますよ。今、検定受けてきたんですよ」 田尾「ほんまか−。よう勉強するのー」 下村「田尾さんこそ何してるんですか。家、この辺じゃないでしょ?」 田尾「実は、かくかくしかじかで…」
一通り事情を説明して「ほな」言うて別れた。この先、家に帰るまでに図書館の手前辺りに喫茶があったはず…と思って歩いていたら、喫茶はあったのだが、日曜定休。結局、1行も原稿を書かず、12時前に帰ってきました。
高松の日曜は、徒歩圏内の喫茶はダメだ。ほとんど開いてないし、たまに開いてても全面禁煙か原稿を書くような環境にない店が多くて、私みたいな喫煙者の原稿書きはもう不良扱いされてるみたいだ(笑)。お気に入りだった花樹海の喫茶も禁煙になってからほとんど行ってないし。
喫煙者が嫌われてるのは知ってます。喫煙で体を悪くする人より飲酒で体を悪くする人の方が多いとか、酒を飲んで暴れる人はいるけどタバコ吸って暴れる人はいないとか、飲酒運転で人を殺す人はいるけど副流煙で人を即死させる人はいないとかいう、悪あがきの言い訳もしません。書いてるけど(笑)。けど、他人に向かって「あなたの健康に悪いから喫煙反対」という偽善だけはなるべく言わないでください。それ、正論に聞こえるけど、私ら喫煙者には「まずあなたの“喫煙反対”という主張があって、その理由は後付けだろう」と聞こえるので。私の健康を気遣っているのは、正直に言わせていただければ、たぶん私の家族だけです。ちなみに私の周りに、タバコを吸い続けて80歳を超えたじいさんがいっぱいおるんですけど。ま、何を言っても喫煙者は悪者か(笑)。わかってますって。
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2011年3月2日(水)
今日も朝からインタレストの編集会議。10時集合だったのだが、連日午前2時、3時まで頑張っている私はつい二度寝してしまって、ギリギリ9時59分に到着した。編集室に入るとすでに4〜5人が集合していたが、トミーの姿が見当たらない。やっぱり、2日もシエスタせんかったから持たんのかあいつは(笑)。
それにしても今日は雨上がりで空気がスコーンと抜けて、これはロケハン、撮影日和りかもしれんぞ、と思っていたら、トミー登場。すると晴天にわかにかき曇り、パラッと雨が来たかと思うと冷たい嵐のような通り雨が降ってきた! ようできとるわ(笑)。
今日は共同通信の記者がインタレストの取材に来た。最初に私がいろいろお答えした後、編集長のトミーがインタビューを受け、副編集長の田村と溝渕が取材を受ける。いろいろ指示をしながら聞き耳を立てていたら、今年の首脳陣たち、なかなかしっかり受け答えしよるわ。インタレストの地雷トミー・サマンサ・ジライヤ、尋常でないがんばり屋のバーバラ・タムタム田村、緊急事態にも慌てずゆっくり注意する不動の牢名主エイミー溝渕、キャラも立ったアマゾネス軍団である。
インタレスト編集部には、4月から新2年生が入ってくる。既報の通り、今年の新2年生はメジャー制度のもと、19あるメジャー(専攻)のどれかを選んで専門分野に進んでいくのだが、330人くらいが19のメジャーに分かれてくるということは、1つのメジャーに平均15〜20人くらい入ってくる計算になるのかなあ…けど私の担当する情報加工学メジャーは名称だけ聞いても学生には何のことだかわかるまいし、何か高いレベルの発想力を求められそうなイメージもあるから、ひょっとしたら数人くらいしか選んで来ん可能性もあるなあ…とか思っていたのである。けど、もし15人も来たら、ちょっと大変なことになる。
これまでインタレストはカルチュラル・マネジメント学科の学生が2年次から選択授業の一つとして選んで入ってきていて、だいたい1学年5〜10人、2年生〜4年生合わせてだいたい20人前後で編集部を構成してきた。それでも大変なのに、万が一15人も入ってきたら、ほんでそれが3年続いたら、3年後には45人もの大所帯になってしまうのである。プロの編集スタッフなら、45人もいたらどんどんおもしろい展開ができるというものだが、素人の学生45人でしかも教えながらレベルの高い成果物を作らないかんとなると、これはとても手に負えんようになる…という心配もおわかりでしょう(笑)。
そういうわけで、いったい何人が情報加工学メジャーを選んでくるのか、そろそろ学生の希望が出そろう時期なので、ちょっと気をもんでいたのである。そしたら、最新情報によると情報加工学メジャーを選んでくる新2年生、30人もおるらしいやないか! そのペースが続いたら、3年後に90人を抱えることになるんか!
副学長の杉本先生曰く、「田尾先生が説明会でおもしろそうなプレゼンするからですよ(笑)」って。くそー、もし1人も来んかったらいかんと思って全力でプレゼンしたのがいかんかったんか(笑)。けど、情報加工学なんか手伝ってくれる先生、学内にほとんど見当たらん。来年からプログラムを組み直すか何かせんかったら、ほんまにえらいことになるぞ。いや、まてよ、来年からうっとおしそうなプレゼンやったら減るんか(笑)。
9年前、タウン情報誌を辞めた時に「どこに行ってもあれ以上のしんどい職場はないやろ」と思っていたのだが、あるもんやなあ(笑)。というか、自分で引き寄せよんかもしれんけど。けどまあ、あの頃より精神的には断然健康やから、頑張れる気はする。頑張ろ。
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2011年3月1日(火)
今週は昨日も今日も、朝8時集合でインタレストのある企画のロケハンに出動する計画だったのである。しかし、昨日は既報の通り病院行き、今日は10時過ぎに大学の委員会が一つ入って、私は2日とも行けなくなってしまった。それでも学生たちは昨日も今日もちゃんと8時に集合していて、私がいないのを見て編集長のトミーが連日朝の8時頃に鬼の首を取ったように電話をしてきたが、だいたい、いつも夕方までシエスタしよるやつが2日も続けて朝の8時に編集室に来るから、2日続けて雨が降るんじゃ! と逆ギレしておこう(笑)。
そういうわけで、連日の天候不順ということで、今日のロケハンは中止。昨日は学生たちだけで出かけたというので報告を聞いたら、「視界が悪くて収穫なし」とのこと。そこで、ちょっとだけレクチャーして今日は解散ということになった。
何か、情報発信のレクチャーいうのは、学生にはなかなか狙いを本質から理解させるのに時間がかかるなあ、というのがここ数年の感想である。以前にも書いたが、要するに学生は生まれてこの方カウンターのこっち側(情報を発信する側)に立ったことがないから、「カウンターも向こう側にいるユーザーをどうしたいのか? そのために何をすればいいのか?」という、根本的なマーケティングのスタンスがなかなか実感できないのである。
解散してからしばらく、数ある情報加工(情報収集・編集加工・発信)系の担当授業の構想を練っていて、いろいろ考えました。たぶん今、というか今までずっと、おそらく全国の大学で教えられている「情報」に関する社会科学系の講義のほとんどは「カウンターの向こう側(情報を受ける人)」の話ではないかと思う。つまり、「今、世の中には情報があふれています」の後、「だから受け手はこういうふうに情報を受けなければならない。こう気をつけなければならない。こう読まなければならない」などと続くのである。まあ、大学の先生というのもほとんどの人がビジネス社会の中では「カウンターのこっち側」に来たことがないだろうから、そうなるのだろうと思う。
けど、私は大学に来るまでずーっとカウンターのこっち側でやってきたので、その経験を生かして「情報」の世界の「カウンターのこっち側の考え方と技術」を教えようとしているのである。先の例えで言えば、「今、世の中には情報があふれています」の後、「そのあふれる情報は、誰が、何の目的で、どのようにして発信しているのか。そのあふれる情報発信の世界で、差別化された情報発信をしてユーザーの心をつかみ、競争に勝つためには、どういう考え方でどういう技術を使えばいいのか」と続くのである。
改めて周りを見ると、その部分はほとんどのプロの人たちみんな、社会の現場に入ってから見よう見まねと独学で学んでいるような気がする。実際、私もそうだった。だからちょっとでも先に教えてやろうと思って頑張っているのだが、社会に出たことのない学生に社会で使う道具を教えるの、この分野ではとてもとても難しいなあ…と痛感しながら、毎日全力です。
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