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2012年01月の日記
2012年1月31日(火)

 うー、寒。地球寒冷化大反対(笑)。

 今朝は、我が家でとっている新聞2紙とも、一面のトップ記事が「50年後の日本、人口8674万人」でした。厚生労働省が推計して発表したんだそうです。ふーむ…。この人口減少というのは、いろんな分野でもう10年も前からしょっちゅう話題になっているわけだが、その議論に何か腑に落ちないものが私の中でずーっと残っている。ずーっと残っているということは、まだ整理がついていないということなので、一貫性がないことをお断りして、そのモヤモヤをダラダラと並べてみます。

 まず1つ目。人口というのは、なすすべもなく減っていったり増えていったりする自然現象なのか? 人工の現象ではないのか? 私は人工の現象だと思うが…。もし人工の現象であれば、増やしたいのならそれに対する手段(戦略)が必ずあり、減らしたいのならそれにも必ず手段がある。にもかかわらず、「○年後には○万人に減る」と発表するというのは、「私は人口減少に対して何の有効な手段も打たない」と言っているようなものではないのか?

 例えば「移動」によって人口を増やす戦略。私はこれまで何度も県や市町の中期基本計画とやらを見たり会合に参加したりしてきたが、記憶にある限りすべてが「○年後に我が県(市、町)の人口は○万人に減少することが予想される」という前提で始まっていた。私はその都度、「人口を増やすという戦略は考えないんですか?」と質問しては、「現実的には不可能だ」の一言で一蹴されてきた。「ラスベガス市は人口2万人からたった50年で65万人になってますよ」と言うと、「ラスベガスとうちの市を一緒にしたらダメですよ」と必ず言われた。でも、現実として世界中に30年、50年で人口が数倍、数十倍になった町や市はいくらでもあるんだけど。

 あるいは出生率を増やして中長期的に人口を増やすのだって、たぶん有効な手段はあると思う。例えば、年金をすべて廃止し、介護や老人福祉施設も全部廃止して、「老後は自分の子供に養ってもらうしかない」という社会になれば(わずか50年くらい前はそうだったんですよね)、たいていの人は何人か子供を持って、しかもきちんと親を養うような“いい子”に育てようとしますよね。特別な人生観を持つ人以外(笑)は。今すぐにできるか、という話じゃなくて、そういう社会を目指すと決めれば段階的に戦略は出てくるだろうし、少なくとも「○年後には○万人に減る」という脳天気な発表には絶対にならないと思う。

 この辺で読解力のない人はもう「そんなことができるわけがない」とか「そんな社会を目指すべきではない」とか言い出すかもしれないので念を押しておくが、できるかできないかを話しているのではなく、また人口が増えるのがいいか減るのがいいかを話しているのでもなく、どういう制度がいいかを話しているのでもないからね。経済も社会も、とにかく人工的な現象には必ずそれをどうにかする手段がある、ということで、そこをすっ飛ばしてまるで自然現象のように人口減を発表する、あるいはそれを絶対的な前提にして事を進めようとすることに対するモヤモヤがあるわけです。

 次は、効き目のない手段をいつまでやっているのか? という話。人口減に対する対策として、「少子化対策」というのを全国の自治体で団体を作ったり施設を作ったり、印刷物に映像にイベントに会議に…と、かなりのお金を使ってもう10年ぐらいずーっとやってきているわけですね。でも、その間、人口は減り続け、今回、「将来も減り続けて50年後には8674万人になる」と発表された。要するに、肝心要の親方が「減り続ける」と言っているんでしょ? じゃあ、「少子化対策」はもうやめたらどうですか? 普通の会社なら、10年やっても成果の上がらない戦略は、間違いなくやめますよ。というわけで、言っていることとやっていることの整合性が何かモヤモヤする…というのが2つ目。あ、「過疎化対策」というのもここに入れといてください。

 3つ目は、何かその周辺のモヤモヤ。収入が減ると支出を減らして我慢して縮小均衡を保つというのが、家庭だろうが会社だろうが当たり前の原理原則なのに、国の財政の話をする時、なぜ「収入不足」なのに「高齢化で社会保障費(支出)が増える」というのを大前提に話をするのか? 「お金が足りないけど支出は増える」というのは、普通に考えたらおかしいと思うのだが。

 社会保障費というのは自然現象では断じてない。あれは人工の現象です。しかも、昭和30年代より明らかに日本人は豊かになっているのに「貧しい人救済措置」である社会保障費がなぜ増えるのか? というまやかしを含んだ人工の現象である。従って、「収入が減ったから社会保障を減らす」というのが議論のスタートラインだと思うのだが…モヤモヤ(笑)。今回発表された人口減の予測はたいていが「財政が大変なことになる、社会保障費が大変なことになる」というニュアンスで伝えられているが、そういうのはすべて「社会保障費は高齢化に伴って“自然に”どんどん増えていく」という前提を決め込んでいるからそういう話になるんでしょう。

 うーむ、やっぱりモヤモヤ話はスッキリまとめられないなあ。もう一回出直してきます(笑)。
2012年1月29日(日)

 先週の日曜日は大量の一福の作り置きゆで麺に外食ディナーを阻まれたため、今晩は家内と某店に食事に出かけたのである。その店はよく流行っている店だけど、我々が行った時には広い店内の席の6割くらいが埋まっていて、まあちょっとゆっくりした状態。店に入るとフロアマネージャーらしき人が入ってくるお客さんの席をさばいていて、アルバイトらしき店員が4〜5人、それほど忙しそうではなく、それなりにてきぱきと注文を取ったり料理を運んだり下げたりしていた。我々も案内されるままに席に着き、そのうち我々の注文した品もやってきて、二人で話しながら食べていた時、家内が言った。

家内「あそこの床の上に食べ残しが落ちとる」
田尾「どこ?」
家内「あそこ。あと、その横の席の下に爪楊枝と輪ゴムが落ちとる」
田尾「ほんまや」

 おそらく、お客さんの食べ終わった食器を下げる時に落ちたのだろう食べ残しの切れ端が床の上に落ちている。店の床は黒っぽいタイル張りなので、ゴミが落ちているとよく目立つ。ところが、家内が言うには「さっきから何人もの店員が何度もそこを通るのに、誰一人として気がつかない。フロアマネージャーらしき人も明らかに視線に入っているはずなのに、全然気がつかない」らしいのである。言われて私も見ていると、ほんとに誰も拾わない。そのうち、そこを通った店員の一人があろうことか、その床に落ちた食べ残しを踏んで行った! 

 その食べ残しと爪楊枝と輪ゴムは、我々が食事を終えるまで30分近く、誰にも拾われないまま床に落ちていた。その後、我々が席を立とうとした時、厨房の奥から今までいなかった別の店員の女の子が出てきて、どこかの席に注文を取りに行こうとしてすぐに床に落ちている食べ残しに気づいて、それを拾った。彼女はそれからちょっとあたりを見回して、すぐに爪楊枝と輪ゴムにも気がついてそれも拾って、奥に入ってゴミ箱か何かに捨てて、再び注文を取りに行った。

 帰りの車の中で、我々は考えたのである。最初からいたフロアマネージャーと店員4〜5人は、なぜあのゴミに気がつかなかったのか? 後から出てきた女の子はなぜすぐに気づいて拾ったのか? 

田尾「あのゴミに気がつくかつかないかというのは、突き詰めていったら躾の差じゃないかなあ」
家内「ああいうのは先天的なものではないやろ。絶対躾の差やと思うわ」
田尾「そやろなあ。うちの子はたぶん拾うやろ?」
家内「拾うわ。小さい時から落ちてるゴミはちゃんと拾わせよったし、だいたい親がちゃんと拾うところをいつも見せてきたからな」

 ちなみに、その店でゴミに全然気づかなかった店員たちも、決してダラダラとサボっていたわけではない。ちゃんと接客していたし、店内で立っている時もだべっているわけでなく、一応フロアを見渡していた。しかし、1人を除いてみんな気がつかない。気がつかない彼ら、彼女らは、たぶん、何かの能力が足りないのである。しかし、その足りない能力は決して先天的なものではなく、第一段階は親の躾、第二段階は本人の努力によって後天的に身につけられるはずのものを怠ってきた結果ではないかと思う。

 多くの人は実際に何度も出くわしていると思うが、近年、そういう「社会人(ビジネスマン)としての基礎能力の足りない人」が目に見えて増えてきている。で、ここから、普通多くのマスコミや社会学者は「社会常識やマナーの欠如はゆゆしきことだ」という一般論に展開するところであるが、我々の話はそっちに行かないのである。

 健全な経営者の視点から本音で言わせてもらうと、正論から言えば、誠に遺憾(お気の毒さま)ではあるが、彼ら、彼女らはこのままではたぶんどこかで大きなミスをするか、あるいは上司に能力不足を悟られて、どこかの段階でそれ以上、上に行けない、つまり出世の道を閉ざされることになると思う。しかし、こうした躾や自己努力の欠如から来ると思われる能力不足を理由に待遇に差をつけると、それをかぎつけたマスコミや社会学者たちから非難を浴びるのが、今の日本の社会的世論的メンタリティである。

 でもねえ、誤解を恐れながら言うが(笑)、躾や自己努力を怠ったせいで能力が欠如した人間まで平等に扱え、全員正社員にしろ、待遇に差をつけるのは人権侵害だ、とか言うのは、公平ですか? それは正論ですか? いったい何の正義なんですか? と思うわけです。申し訳ないけど、躾や自己努力を怠ってきた人は、きちんと躾を受けて自己努力もしてきた人より評価や待遇が落ちる、親にしてみれば、手間暇をかけてきちんと子供に躾をしたら得をする(子供が社会で評価される)、躾を怠れば子供が損をする(評価されない)、というのが当たり前の原理原則でしょう。小さいことかもしれないけど(私は小さいことだとは思ってないけど)、そういう原理原則を主張すると集中砲火を浴びるような風潮も、企業の成長を阻害している原因だと思うんですが。ちなみに、きちんと躾をしないと自分が(自分の子供が)露骨に損をする、ということになれば、無責任な親もちょっとは目が覚め始めるのではないかとも思います。

 もちろん、私も子供に十分な躾ができたかと問われると足りないところも多々あるけど、そのせいで子供が社会に出て不利益を受けても、それは「社会の責任」とかいうわけのわからないことではなく、「我が家の責任だ」と受け入れるつもりだし、自分自身も、努力不足で不利益を被っても「自分の責任だ」と受け入れるメンタリティは持っている。何しろ「自分の身に起こったことの95%は『自分が起こしたこと』だ」というのが私のモットーですから(残りの5%は消費税ということで・笑)、怠けてきたのに頑張って手間暇かけてきた人と同じ待遇をよこせ、などと言うほど落ちぶれてはいませんぜ。

 さて、昨日は徳島の仕事を終えて夜、帰宅。今日は朝からインタレストの取材で学生4人を連れて夕方まで車の運転をしっぱなしで、ヘトヘトになって帰ってきました。昼は観音寺の源平で中華そばを食べました。「またまたうどん屋の定休日に突っ込む事件」について、勝谷さんから「自分が書いた本があれだけあるんやから、一冊ダッシュボードに入れときなはれ。地図もあれば定休日も書いてあるでしょう。あるいはスマホを持つとか」とチェックを入れられたが、中華そば屋は去年からノーミスだ(笑)。去年、鯉丹後にマフラー忘れて帰ったけど、知らん間に研究室に届いてたし。

多田「私が回収して届けたんです!」

 すんません、ちょっと怠けてましたか(笑)。
2012年1月26日(木)

 原稿が進まなくなったのでヤフーのニュースを見ていたら、「経済トピックス」の見出しに並んでいた項目8つのうち3つも、
・任天堂、営業赤字に転落へ
・日産、メキシコに新工場建設
・NEC、国内外で1万人削減へ
という、こないだ書いた「現象面は原理原則に沿って粛々と動く」という「現象」が出ていた。実はバブル崩壊後20年にわたって「現象」はどんどん起こっているのだが、政治もメディアも民意も、いつも単発ニュースとしてしか見てないみたいで、間違いなく「ゆでガエル」状態がこれまた粛々と進行しているとしか思えない。

・任天堂、過去最高の営業黒字へ
・日産、国内に新工場建設
・NEC、国内外で1万人の追加雇用
とならないのはなぜなのか? それを誰が考えているんだろう。

 今朝の新聞に、「大津・越市長就任、嘉田知事と対談」「滋賀は漢方薬ペア、松井知事と橋下市長は劇薬…」という見出しが載っていた。嘉田知事がそういう表現をしたとのことだが、嘉田知事も、この見出しを付けた記者も、「うまいこと言った」と思っているのではないか。けど、まず「劇薬」という表現には悪意がある。大阪がやっているのは、あえて言うなら「外科手術」だろう。そして、「漢方薬」がいいのか「外科手術」がいいのか、というのは、それ自体で比較できるものではない。漢方がいいか手術がいいかは、「病人の症状による」のである。

 報道を見る限りの想像に過ぎないが、大阪はもはや漢方薬では間に合わないほどに症状が悪化しているんだろう。でも滋賀は、知事が「漢方薬で治る」と思っているようだ。その見立て、大丈夫ですか? 香川はずーっと漢方薬みたいなことを続けてきて(薬を間違っていると思うけど)、その間、地元大手企業は倒産するわ新規成長ビジネスは起こらないわ県や市町の財政は悪化し続けるわで、ずーっと病状は悪くなり続けています。それでもまだ漢方を続けています(薬を間違っていると思うけど)。滋賀県は、漢方で治りますか? もし滋賀が漢方で治って豊かになり始めるのなら、香川のためにも、ぜひその戦略を教えて下さい。

 東大の「秋入学」移行戦略について、共同通信が行った他大学へのアンケートによると、「賛成」、「反対」、「一部国立大の独走に懸念を抱いている」、「一部の大学だけが進めても早晩うまくいかなくなるだろう」…等々の回答があったらしいが、それらはすべて「評論家」のコメントであって、「経営者」のコメントではない。各大学のトップにとって、「秋入学をどうするか」は、自分の大学の戦略の問題だろう。競合の打ち出した戦略に対して「賛成だ」とか「反対だ」とコメントするメンタリティ、あるいはそんなコメントを求めるアンケートを採るメンタリティは、ビジネスの原理原則から見れば、失礼ながらちょっとマヌケ感を感じてしまいました。

 …と、ネタ切れにつき新聞から拾ってみました(笑)。土曜日は徳島で大学の行事。明日は授業が終わってそのまま徳島に行って泊まるので、住友さんイチオシのお好み焼き屋にでも行ってから、ホテルにこもって仕事します。
2012年1月25日(水)

 朝から研究室でデスクワークに没頭していたら、昼になって研究室のドアの横のすりガラス部分に数人の陰が見えたかと思ったら、弱々しいノックの音とともにそろっとドアが開いた。ヤな予感がした瞬間、ドアの隙間から顔がのぞいて、

富永「おなかすいた」
金藤「うどん行きましょう」

 ふー。寒いのう、ニッポンは。私は冬になると地球温暖化待望論者になる(笑)。

田尾「あのな、俺、今週、うどんばっかりなんやぞ。日曜日の昼に一福に行ったら『大量のゆでうどんの玉の注文が入って作って用意してたらキャンセルが入って、どうしようもないので冷蔵庫に入れてあるから持って帰って』言われて、家族2人しかおらんのに10玉もくれて、日曜日の夜は豪華なディナーの予定やったのに一福の作り置きうどんで焼きうどんや。ほんで月曜日の朝は一福の1日経過した作り置きうどんでしっぽくうどんを食べて、火曜日の朝は一福の2日経過した作り置きうどんでしっぽくうどん食べて、まだ4玉も残っとるが。しかも今朝はがもうでうどんやぞ」
富永「今朝のがもうは自分で行ったんやないですか」

 ま、確かにそうであるが、近年希に見るうどん密度の高い数日を過ごしているけど仕方がない、富永も金藤もあと2週間で4年間の授業が終わって3月に卒業するので(ほんまに卒業できるんやろな)、一緒にうどんに行くのはもうないかもしれないということで、嫌々行くことにした(笑)。

田尾「どこ行くんや。なかむらはこないだ行ったばかりやぞ。香の香か」
富永「水曜日ですよ。香の香は休み」
田尾「はまんどか」
富永「水曜休み。しかもうどんでないし」
田尾「今日は時間的に余裕がないから遠征はできんぞ」

 私は頭を巡らせた。大学の近所で車で片道10分以内、しかしどうせならこのメンバーで行ったことのない店がええ…よし、多度津の温室の中で食べるあそこ、根ッ子。

田尾「根ッ子行くか」
富永「行ったことない。行きましょう」

 というわけで、結局その辺にいた他の学生も行くということで、ジライヤ富永、妹のサキ、金藤ジェシカ、サックス吹きの山地と私の5人で根ッ子に突撃することになった。

車で大学を出てダイキの交差点を北へ。すぐにY字の分かれ道にさしかかる。

田尾「これ、どっちや」
富永「知りませんよ! 店の場所がわからないんですから」
田尾「うわー、どっちや。こっちか」

 躊躇している間もなく分かれ道に来たので左側の道に入ってみると、

田尾「あれ? これは違うぞ」
富永「どこに行こうとしてるんですか」
田尾「マックスボウルのあるとこ」
富永「それ、さっきの右の道ですよ! 早よマックスボウルって言ってくれたらわかるのに!」

 ほんまにもー、時間がないというのに何をやっとんじゃ。すぐに方向転換してさっきの右の道に入り、しばらく進んでマックスボウルを越えた。よし、あとは一本道を進んでちょっと左に入ったら根ッ子だ。

田尾「もうちょっと行って左に入る」
富永「左に入る道はわかってますよね」
田尾「大丈夫や。田舎道やからそうそう左に入る道はない」

 とか言っていたら、信号のある交差点にさしかかった。

富永「そこ、左に入る道ですよ」
田尾「ん? こんな広い道、あったかな。道が広がったんやろか」
富永「田舎の道はちょっと油断してたらすぐに新しいのができますからね」
田尾「そやのー。もう3年以上来てないからなー」

 とか言いながら左折したら、

田尾「違う道じゃー! 方向転換ー!」
富永「もう、何やってるんですか!」

 次の交差点やった。今度は大丈夫。そこを左折したら、大きな温室みたいな建物に大きく「うどん」と書かれた看板が現れた。

田尾「これじゃー」
富永「おー、雰囲気ありますね」
田尾「ま、4年間の締めくくりにふさわしいシチュエーションではある。5人で行っても大丈夫。広い温室の中にええ感じの席が並んどるからな」

 とワクワク感をあおりながら店の前に行ったら、

「定休日」

富永「あっはっは! 腹痛いー!」

 今年は絶対におかしい。まだ1月やのに、「行ったら閉まっていた」密度が濃すぎる。結局、その足ですぐ近くにあるH谷川君大喜びの平野屋に行ったわ(笑)。
2012年1月24日(火)

 電気料金が上がり始めそうですねえ。報道によりますと、家庭などが太陽光で発電した余剰電力を電力会社が買い取り、その費用を電気料金に上乗せする「太陽光発電促進付加金」の2012年度の価格を、電力10社が政府に申請したそうで、四国電力は「標準家庭で月額20円」上がるそうです。標準家庭とやらが月額いくらの電気料金だと設定されているのかがどこにも書かれてないので何%アップかわからないけど、太陽光発電はコストがバカみたいに高いので、「太陽光発電をして電力会社に電気を売っている家庭や企業が、我々の電気料金をアップさせている」という構図は変わらない。発電コストについては、多くの原発推進論者は原発を安く、太陽光発電を高く計算するし、多くの太陽光発電推進者はその逆をやるから実際どうなのかよくわからないが、現実の電気料金に反映される現象面だけを見れば(現象面が直接我々に響くのだから)、間違いなくそういう構図になる。で、その買い取り実績(太陽光発電をして電力会社に電気を売る家庭や企業)がどんどん増えているため、これから電気料金はさらにどんどん上がっていくことになるだろうと。

 メディアは大衆迎合だからすぐに「平均的な家庭で月に何円上がる」とか書くけど、企業とオフィスは額にしたら桁違いだから、たぶんそっちの方が露骨に影響が表面化すると思う。企業やオフィスの電気料金って、月額どれくらいか実感としてわかっているのは、経営者をやったことのある人か企業の経理担当者くらいじゃないですか? ちなみに、私がいた会社は規模が小さかったので大した額ではなかったが、それでも電気料金は年間500万円はかかっていた。当時、香川県内のある文化ホールの決算数字の詳細を見る機会があったが、あまり大きなホールでなかったのに電気料金は年間2500万円かかっていた。ネットでいろんな会社の決算書を見ていたら、たいていの会社は電気料金まで入った経費詳細は出てないのだが、神奈川県民ホールの財産目録報告の中の「未払金」の明細に「県民ホール電気料金3月 429万円」とあるのを見つけた。すると、冷房の必要な夏場はドンと上がることを含んで、神奈川県民ホールの年間電気料金は6000万円くらいか。すると、工場を持っている企業になると年間数億円〜数十億円の電気代がかかっているところもたくさんあるような気がする。

 分母がその規模になると、負担増を額にすれば、仮に近い将来10%上がれば(先般東電が15〜20%の値上げを申請したように「10%値上げ」はすでに現実的な数字になってきている)、企業やオフィスは年間数百万円〜数千万円の経費増になる。もう「倹約」で何とかなる数字じゃなくなるから、まともな社長ならたぶん、一番大きい経費項目である人件費を削りますね。正社員率を下げるか、人員整理するかして。大手の企業なら、海外に出て行きますね。

 家庭感覚や庶民感覚とやらしかない人には実感としてわからないだろうけど、企業活動に電気や燃料の値上げはきついだろうなあ…ということがセットになっているのが、原理原則である。コストの高い電気を使えば電気料金が上がる。当たり前である。机上でいかにコスト計算をこねくり回しても、現象面では当たり前の原理原則であるから、太陽光発電の余剰電力買い取り制度を推進するなら「日本の経済の衰退を受け入れる」ということをセットにしないと解がなくなる。だからといって無理やり「太陽光発電に切り替えても電気料金は上がらない」とか「電気料金が上がっても日本の経済は衰退しない」とか理屈をつけても、現象面は粛々と原理原則通りに起こっていく。

 民主主義の総意がそうなら、文句を言いながらも現象を受け入れて苦しんでいくしかないのだろうなあ…と思うしかない。私は、太陽光発電は進めたらいいと思うけど、家庭や企業が太陽光発電で作った余剰電力を電力会社に高い値段で買い取らせる制度には、そういう理由で反対です。万が一、そんなことはないと思うけど万が一、原発の発電量を太陽光発電ですべてまかなうようなことになったとすれば、香川県全部を埋め尽くす面積の太陽光パネルが日本中に敷き詰められ、電気料金がたぶん2倍以上になる。現象面だけで計算して、原発の発電コスト1kw/h当たり6円くらい、太陽光発電の発電コストが同じく40〜50円くらいというよく言われる数字を使えば、7〜8倍のコストで全消費電力の30%をカバーすることになるから、全体の電気料金は2〜3倍になる。そのあたりが極論の予測数字。まさかそこまでは行かないだろうと思うけど、このまま行けば近い将来の「電気料金50%アップ」はちょっとあるかもしれないと思う。

 さて、どうなりますかねえ。我が家、50%アップは何とか耐えられるか。四国学院大学、電気料金は年間いくらだ? 2000〜3000万円くらいかかってるのか? 50%アップになったら、教職員を何人削らないかん?(笑) あと、県内の企業も、全国の企業も。私らの世代は何とか食いつなげる気もするけど、子や孫の世代は職場がないかも。若者たち、子供たち、すまんけど私らの世代の総意はそういうことだ。電気代だけでなく、いろんなことのほとんどがジワジワとそっちに向いて動いている気がする。申し訳ないけど、現象面でひどい目に遭ってから、自分らで立て直してくれ…などと深刻そうに書きながら、太鼓せんべい食って風呂に入るわ。
2012年1月22日(日)

 今週は、水曜日の夜は翌明け方3時まで上村さんらと語り合って、4時前に就寝。さらに金曜日の夜は訳あって翌朝5時まで、ほぼ徹夜して6時過ぎに就寝。いずれもすぐに起きて大学に行って授業やら会合やらをこなして、土曜の夜から日曜の昼前にかけて、泥のように13時間も寝ました。珍しく体力的にハードな一週間。

 その締めくくりに、今日は午後2時頃、寝ぼけまなこ(笑)で家内と一福にうどん食いに行って、夜は8時半から家内と映画を見に行った。本編が始まる前の予告編で、東野圭吾の小説がまた映画になるのをやっていたけど、どんなんかなあ。小説なんかほとんど読まないんだけど、数年前にたまたま東野圭吾の文庫を1冊読んだらはまっちゃって(笑)、文庫で出てるやつはあと2冊で全部読んでしまうところまで行ってしまいました。けど、映画化されたやつは一度テレビで『容疑者Xの献身』を見たんだけど、せっかくの作品なのに何か一人だけ安物のテレビドラマのテイストで演技する女優がいて、ものすごく興ざめしたことだけ覚えている。日本映画って、あからさまにへたくそな若い俳優がよく出て映画を「残念」にしてしまうから、お金払って映画館で見るのがイヤなんです。すんません…って、誰に謝っているのか(笑)。

 テレビのドラマと日本映画、見ませんねえ。何せ、テレビの連続ドラマで毎回全部見たのは、NHKの大河ドラマ『国盗り物語』が最後だもの。調べてみたら1973年、私が17歳の時か。今思えば、とにかく出演者のラインナップがすごかった。

 主役っぽいところが、高橋英樹(織田信長)、平幹二郎(斎藤道三)、近藤正臣(明智光秀)、火野正平(木下藤吉郎)。その周辺の登場人物がこれ以上にまたすごくて、伊丹十三(足利義昭)、大友柳太朗(武田信玄)、金田龍之介(土岐頼芸)、江守徹(黒田官兵衛)、仲谷昇(土岐政頼)、杉良太郎(浅井長政)、竹脇無我(足利義輝)、伊吹五郎(細川藤孝)、宍戸錠(柴田勝家)、目黒祐樹(前田利家)、寺尾聡(徳川家康)…さらに西村晃、大滝秀治、田村亮、林隆三…西田敏行なんか下っ端のちょい役みたいなポジションだ。

 さらに女優陣では、松坂慶子(濃姫)、山本陽子(小見の方)、池内淳子(お万阿)、三田佳子(深芳野)、樫山文枝(千代)、松原智恵子(お市)、中野良子(お槙)…。挙げていたらきりがないので、懐かしい人はネットで出演陣を確かめてみてください。ほんまにすごいです。ちなみに、私の好きだったキャラ・ベスト10は、

1.高橋英樹(織田信長)
2.林 隆三(雑賀孫市)
3.清水紘治(岡部又右衛門)
4.江守 徹(黒田官兵衛)
5.山谷初男(赤兵衛)
6.伊丹十三(足利義昭)
7.常田富士男(猪子兵助)
8.松坂慶子(濃姫)
9.中野良子(お槙)
10. 小鹿みき(木さる)

 いやー、すごかったですねえ。17歳にしてこんなのが基準になってしまったから、もうあとのドラマが見られなくなってしまった(笑)。すんません(また謝りますけど)、ただの好き嫌いの話ですから。
2012年1月16日(月)

 そうかー。H谷川君と『うどラヂ』のディレクターのK米くんの今年の誕生日は13日の金曜日だったのか(笑)。ま、どっちもクリスチャンじゃないような気がするから関係ないか。

「僕はキリスト教徒のことを『クリスチャン』というので、仏教とは『ブッキャン』と言うのかと思っていた」

という文化人講座のネタを今、思い出したけど、チェーン思い出しで、

「僕はチェロ奏者のことを『チェロリスト』と言うのだと思っていた」

というのも思い出した。関係ないか(笑)。さて、何かマスコミにさんざん書き立てられているセンター試験が、リハーサルも取り組み意識も万全の体制で臨んでいるうちの大学では無事に終了して、休みなしに月曜日に突入しました。今朝は何かうどんでスタートしたい気分だったので、家内に「朝ご飯は用意せんでええわ」と言って久しぶりに松下に行って、大将に挨拶して、奥さんが出てきたのでお互いに「元気やなあ」「若々しいなあ」と褒め合って(笑)学校に行く。

 今日はデスクワークをびっしり。途中、企画ものの相談で来客1名。電話取材受け1件。あと、購入していたのにしばらくほったらかしにしていたプリンターのセッティングを、自分一人でやり遂げた。こういうのは徹底的に苦手だったから、ものすごい達成感(笑)。相変わらず厄介ごとはいくつも抱えているけど、いろんなものがそれなりに順調に片付いていって、ここのところ精神的にまずまず軽快です。
2012年1月13日(金)

 フィフティーショルダーがほんまに治ってきた。あと、肩の奥の方に最後の痛みが残っているだけ、みたいな状態です。やっぱりどっかのばあちゃんに言われた「動かさないかんで」が正解だったのか。年に1回か2回しか行かないゴルフであるが、今年のが一番成果のあったゴルフだったようだ(笑)。こんなことなら最初からガンガン肩を使ってたらよかった、と今になって思うけど、ずーっと原因がわからなかったから対策の打ちようもなかったんよな。

 原因が特定できたら、「その原因をつぶせばいい」という具体的な対策が出てくる。具体的な目的を掲げれば、「その目的を達成するために何が有効か」という具体的な対策が出てくる。私がいつも最重要な考え方として心がけている原理原則です。実にシンプルで簡単そうなことだけど、人間は感情の動物だそうだから、ちょっと油断しているとすぐに「感情」がこの原理原則をどこかに追いやってしまうんですね。この「原因と対策の整合性」という点で、以前からずっと疑問に思っていることが一つ。

 今や「感情」が圧倒的優位に立っている感のある原発の話ですけど、詳しいことは知らないので間違ってたらごめんなさい。一番最初、地震が来て津波が来た時、福島第一原発はとりあえず安全装置か何かが働いて原子炉は止まったんですよね。で、止まったけど冷却水が入らなくて炉心が露出して水素が発生して爆発した。とすると、原子炉が止まっても、冷却水が入らなくなったら爆発の危険(あるいは放射性物質の飛散)があるということですか? もしそうだとすると、今、「原発の稼働を止めろ」と言っているのは、目的は何なんだろう? 「福島のような事故を起こすな」という目的じゃないのか? というのが私の疑問。

 事故の再発防止が目的なら、原発の稼働を止めても意味がないんじゃないかと。「事故防止、二度と放射性物質を飛散させるな」という目的なら、たちまちは「原発の稼働を停止せよ」ではなくて「冷却水が絶対止まらないように早急に対策を講じろ」というのが、原因をつぶすための最も有効な対策なんじゃないかと。稼働を止めても冷却水が止まれば爆発の危険があって、稼働してても冷却水が回っていれば爆発しないんだったら、「原因と対策の整合性」からいえば「原発の稼働を止めろ」は何か根本的にずれてるような気がするんですが。運転を止めたら、冷却水が止まって炉心が露出しても何も起こらなくなるんですか? 

 というわけで、よくわからんので因果関係が間違ってるかもしれないけど、とりあえず、また放射能が飛散することは絶対避けなければいけないので、私はたちまち「原発止めろ」ではなくて「早急に冷却水が止まらないための対策をしろ」と声を挙げたいと思います。何かそっちの方が原因と対策の整合性がとれてるように思うんですけど、とりあえず、誰か詳しい人に聞いて確認してみます。

 さてと、明日からセンター入試。受験生も緊張してるだろうけど、試験会場の受け入れ側も緊張しながら、受験生が平常心で受験できるように頑張ります。不正行為はするなよ(笑)。
2012年1月12日(木)

 この忙しいのに、3日連続学生(OB含む)と昼飯を食いに行くという大惨事だ。

 まず火曜日。2コマ目の授業を終えて、この日は後ろに授業がなかったので研究室で本腰入れてデスクワークをするか…と準備をしているところにノックがあって、OBの源成が元外国人留学生のアンディと2人でやってきた。20分くらい話してたら、またまたノックがあって、今度はOBの松田とステファニーが入ってくるなり、

ステ「おなかすいたー」
田尾「お前、在学中の言動と全然変わってないやんか!」

 仕方がないから「これで何かうまいもんでも食ってこい」と言って割り箸とか渡そうと思ったのだが、そこに追い打ちを掛けるように源成が「アンディが久しぶりの香川でうどん食べたい言ってますよ」とか言うもんだから、サービス精神に満ちあふれている私は自ら車を出して、やまうちまで遠征してしもたわ。さらに帰りに喫茶コンピーラでぜんざいまで食べてきたわ。

 続いて昨日、水曜日は朝からデスクワークに没頭していたら昼過ぎにトミーとサキとジェシカが来て、

トミ「うちら今からなかむら行くんですけど、田尾先生もちゃんとお昼ご飯食べた方がいいですよ」
田尾「日本語に訳すると『俺に運転せえ』いうことか?」

 そういうことらしかったので、結局4人でなかむらに突撃。で、今日。2コマ目の授業を終えて午後1時前、研究室に帰ってきたら、足音を聞きつけて隣のインタレスト編集室からこれまたOBの多田が顔を出して、

多田「よっしゃー、田尾さん捕獲ー。昼ご飯食べに行きましょう」
田尾「なんでやねん! 3日連続やぞ!」

 というわけで、多田を助手席に乗せて、中華料理屋なのに誰かがラジオで「ソフトクリームがうまい」いうて言いまくるもんだからソフトクリームだけ食べて帰る客が後を絶たず、ついに表に「ラーメンも食べよ」という看板を出した「豚珍館」に行くハメになってしまった。車で約5分、豚珍館の駐車場に入って白線に沿って車をバックで停めようとしていたら、助手席の多田が左側の白線を見て、

多田「めちゃめちゃいがんで入ってますよ」
田尾「ほんまかー。この車になってなかなか一発で真っ直ぐ入れられんようになっていかんが。この車、前の車より転回半径が大きい上に、ボディーがちょっと湾曲しとるけん、サイドミラーでうまいこと白線と平行がとれんのや」

 と言いながら、ちょっと前に出してもう一回白線と平行をとり直してバックする。

多田「あー、めちゃめちゃいがんでますよ」
田尾「うそやろ。こっち側(右側)、かなり平行に入ったぞ」
多田「ほんまですかあ? こっち(左側)全然ダメですよ」
田尾「あかんわ。乱視がきつくなってきたんやろか」
多田「まあいいですよ。隣に車いないし」

 というわけでそのまま車を停めて、降りて前に回って見てみたら、

田尾「何じゃこの白線! ハの字に線引いとるやないか!」

 豚珍館の駐車場の白線、道路に一番近い側の2台分、白線がハの字に引かれてて扇形の駐車スペースになってます(笑)。店に入ったら店主の片岡さんが出てきたので、

田尾「あの駐車スペース、ハの字やん」
片岡「あの角のスペース、土地が斜めになっとるけんな」
田尾「土地の形でなくて車の形に合わせて線引いてよ!」

 というわけで、戒めのためにソフトクリーム食べんと中華だけ食べて帰ってきたわ。

多田「いやいや、それ、普通なんですけど」

 どうですか、なかなかゆるい2012年のスタートですけど(笑)。
2012年1月11日(水)

 フィフティーショルダーの具合がずいぶんよくなってきた。今までいろいろ聞いてきた話では、あれは自然に治ると言う人もいれば、動かしてないと治らないと言う人もいたり、暖めた方がいいとか、ストレッチがいいとか、いろんな意見があったのだが、最近よくなってきた原因は明らかにゴルフです(笑)。打ちっ放しに行ったその日から明らかによくなる兆しがあり、短期間に2回もコースに出て帰ってきたら明らかによくなりました。

 ゴルフ場での、どうでもいい会話をひとつ。ねっくが変な着信音の携帯電話をとった後、M村がものすごい打球音でドライバーのスーパーショットを放った時。

田尾「最近というか今、携帯の着信音とかいろんなものにいろんな音をつけてるやん」
ねく「つけてますね」
田尾「打った時にいろんな音の出るゴルフボールとか、クラブヘッドとか、どう?」
ねく「それ、おもしろいですね。打ったら、どんなカス当たりでも『カシーン!』いう音が出るゴルフボールがあったら、ミスショットでも気分が全然違いますよね」
田尾「あるいは、その逆の音もある。例えば今みたいにM村がナイスショット打ったら、気分悪いやん」
M村「いやいや、気分いいでしょう!」
田尾「もちろん、俺はいつも人を祝福する気持ちに満ちあふれてるけど、ねっくとか、腹の中で気分悪い思ってるやつがおるやんか」
ねく「いやまあ、そういうこともありますけどね(笑)」
田尾「そこで登場するのが、打ったら『ゲロ』とかいう音しか出ないボール。M村がどんなスーパーショット打っても打球音は『ゲロ』(笑)これでM村のナイスショットも気分うなぎ下がり!」
ねく「ええですねえ!(笑)」
M村「というか、それ、ただの僕いじめじゃないですか(笑)」
ねく「けどその音、何にでも使えますよ」
田尾「車とか、どう? 音の出るタイヤ。駐車場でバックで駐車してて、そろーっとバックして後ろのタイヤが車止めに着いた瞬間、『グワッシャーン!』って(笑)」
M村「息止まりますよ!」
ねく「こんなんどうですか? 車の前のバンパー部分に音を仕込んでて、車が大破するぐらい追突しても『コン』とかいうちっちゃい音が出る」
田尾「普通の事故音の方が大きいわ!」

 「ない話」は楽しいなあ(笑)。という感じで、先週の金曜日から授業再開。だんだんエンジンがかかってきました。進む方向は自分なりに原理原則に従って詰めてあるので、たぶん正しいと信じて発進します。香川県も進む方向だけは「原理原則に従って」間違わないように決めてくれよ。例えば、

(1)もし、社会保障も含めて住民を豊かにしたいのなら、お金がいる。
(2)お金を生み出すには、経済を活性化させないといけない。
(3)経済を活性化させるためには、経済を活性化させる(ビジネスを生み出す)能力のある者に頑張ってもらうのが最も有効だ。

 というのが原理原則。では、ビジネスを生み出して経済を活性化させる者とは誰か? 好き嫌いを排除して原理原則で考えたら、それはどう考えてもマスコミの言ういわゆる「弱者」じゃなくて、「強者」(そういう言い方自体が「好き嫌い」の産物だけど)の方ですね。例えば、

・中小零細企業より大企業の方が新しいビジネスを生み出す力(能力、財力等)ははるかに大きい。
・能力の劣る者より優秀な者の方が新しいビジネスを生み出す力ははるかに大きい。
・安定志向の者より自らリスクをとってチャレンジする者の方が新しいビジネスを生み出す力ははるかに大きい。

 …等々の歴史が証明している原則に帰って考えてみれば、ビジネスを生み出しお金と雇用を生み出すためには、よりビジネスを生み出す力のある者、すなわち能力と財力のある大企業と、能力と財力とチャレンジ精神のある個人に期待するのが最も有効な手段になる。すると、そういう者を優遇するか、獲得する、というのが優先的な戦略になる…みたいな筋道がシンプルな原則でしょう。

 でもここ数十年にわたって、何か日本は「ビジネスを生み出す者」をいじめて(法律・規制、税金、マスコミが煽る世論とやら等で)、「ビジネスを生み出さない者」にお金を回し続けて来ている。だから、私は「日本も香川もたぶん、経済活性化は目指してないのだろう」と思っています。もし、今の数々の政策を推進しながら「景気回復、雇用の確保」と言っている人がいたら、それは道理から言って無理です。頭の中の筋道が整理されてないか、わかってて人をだましているか、どちらかでしょう。

 さて、香川はどうなりますかねえ。ビジネスの原理原則から外れた(経済活動を阻害する方向に向いている)施策や、マーケティング戦略の最重要部分をすっ飛ばした枝葉末節の施策ばかりが聞こえてきますが、このまま進むと、大きなビジネスを興して雇用を生み出すような企業や個人は、ますます県外に出て行くでしょうね。何とか中期的にでもそれを阻止できればと思って、及ばずながら学生たちを教えているんですけど。
2012年1月5日(木)

 正月早々、なかなかおもしろい展開のお話をお届けしなければならない。既報の通り、迷惑なねっくのせいで今日はゴルフ。高松ゴールドCCで朝8時半スタートということで、私は朝6時半頃起きて、7時過ぎに家を出て7時半にねっくを拾って8時にゴルフ場に着くというスケジュールを立てていた。

 フィフティーショルダーは、昨日から今日にかけて劇的に回復の兆しを見せていた。実は昨日、さすがに状態を確認しておかないといけないと思って打ちっ放しに行ったのだが、打っている時は1球ごとに「イテテテ…」状態だったのが、帰って風呂に入っているとすこぶる肩の調子がよくなっている。「動かしよらなんだら固まるで」という五十肩仲間のばあちゃん(ま、病院の待合で隣に座ってた知らんばあちゃんにご教示頂いただけなのだが)の言葉は正しかった! 実は一晩明けたらまたちょっと元に戻ってたのだが、昨日の朝よりは確実によくなっている。これならまあ何とか行けるだろうということで、7時過ぎに家を出て7時半にねっくを拾って、高松ゴールドCCに向けて出発したのである。

田尾「思い出したわ。俺の五十肩が発症したの、ここや」
ねく「そうですよ。去年の9月、ゴルフで俺を拾いに来た時ですよ」

 そうだった。ねっくがゴルフバッグを私の車のトランクに入れようとしたのだが、トランクがいっぱいだったので「後部座席に入れろ」と指示をしようとして、運転席に座ったまま左手で後部座席を指そうと腕を後ろにやった瞬間、ピキッと来て、以来今日まで悪化の一途をたどっていたのだ。

ねく「で、肩はどうなんですか?」
田尾「まあ、かばいながら何とか行けるとは思うんやけど」
ねく「社長、故障した時はベストスコア出しますからね(笑)」
田尾「俺、アクシデントに強い人生やからな(笑)」

 などと言いながら10分くらい走っていた時、ねっくの携帯が鳴った。

ねく「はい、小西です。はい…はい…えーっ! ほんまですか! はい、ちょっと待ってくださいね」
田尾「何や?」
ねく「高松ゴールドからなんですけど、今日、雪が解けんでクローズド(閉鎖)やって」

 そういうわけで、前回の日記の最後に書いた「あさって、ゴルフ場閉鎖になってないやろな(笑)」が、ほんまになってしまいました。高松市内は雪どころか雨も降ってないのに、わずか10kmぐらい先の高松ゴールドが積雪。しかも、調べてみると近隣の他のゴルフ場は積雪もなく通常通り営業してたという、何という仕打ち! 正月から爆弾級のアンビリーバボー!

 今年は何かある(笑)。私にだけ何かあるのならまだいいけど、早よギブアップしてほしい人が「ネバーネバーネバーギブアップ」言うてるから、ニッポンにも何かあるかもしれんぞ…と社会ネタに振るそぶりを見せて、今日はこれぐらいにしておこう。去年は洗車が不吉だったけど、今年はうかつに「まさか○○はないやろな」とも書けない気配がしてきたので(笑)。
2012年1月3日(火)

 何と、今年はまだ1日も日記を欠かしてないという素晴らしいスタートであるが、三日坊主の三日目かもしれん(笑)。今のところ3日連続、あと何があるかなあ。あ、3日連続、うどん食ってない。3日連続、テレビのニュースを見ていない。3日連続、朝、雑煮を食った。ま、大した話ではありませんね。

 さて、今日は夜の9時頃になって1本目の原稿の終わりが見えてきたので、気分転換にゴルフの打ちっ放しに行こうと決めたのである。去年の9月以来のラウンドが明後日に迫っているのに、原稿がなかなか進まなくて、フィフティーショルダーで球が打てるのかどうかの確認もできていないまま、今日まで行けてなかったのだ。「今から打ちっ放しに行ってくる」と言ったら、テレビを見ながらダラダラしている家内と長女に「こんな時間からようやるわ」と言われたが、いつも行く(といっても年に1〜2回のラウンド前だけだけど)青春ゴルフセンターは夜11時まで営業で、家から車でわずか5分足らずのところにあるから全然苦にならない。

 私は4ヵ月も眠っていたゴルフバッグを引っ張り出し、寒いのでタイツをはいてズボンをはいて、ハイネックのセーターの上からもう一枚厚手のセーターみたいなやつを着て、その上にダウンジャケットを着てマフラーをして、ゴルフバッグを提げてマンションの部屋を出て、エレベーターに乗って1階に下りて駐車場から車を出して、トランクを開けてバッグを入れて、さあ出発、と思ったら、ガソリンが底を突きかけていた。

 そうだ、昨日、詫間の実家から帰りに「ガソリン減ってまっせー」のランプがついて、ヒヤヒヤしながら高速に乗って40キロ近く走って帰ってきたままだった。まずいぞ。パネルを見たら「走行可能距離40km」と出ているが、こいつが信用できんのは知っている。青春ゴルフまでたぶん往復でも2〜3キロしかないと思うのだが、念のため、途中にあるガソリンスタンドで入れていくか。しかし、長い間洗車してない上に年末に三木町の上原んちまで行ってみぞれみたいなんに降られて車はかなり汚れているから、ガソリン入れる時には洗車をしたいのだが、もう夜の9時を過ぎているから、洗車してたらゴルフの練習する時間がなくなるかもしれん。けど、ゴルフの前に洗車して晴天にわかにかき曇って雪になっても困るし…。よし、洗車はあきらめてガソリンだけ入れよう、と思ってガソリンスタンドに突撃したら、閉まってた。仕方なくそのまま青春ゴルフに行ったら、閉まってた。

 家に帰って玄関を開けたら、物音を聞きつけた家内がリビングから、

家内「あれ? 父ちゃんもう帰ってきたわ。どしたん? 早いやん」
田尾「閉まっとった」
家内「正月からおもろいことやるやん(笑)」
長女「父ちゃんの時代も終わったなー」

 くそー、近年「行ったらうどん屋が閉まってた、喫茶が閉まってた」とかいうのが増えてきたのだが、実は昨日の昼、詫間の実家に行く途中で「はまんどでラーメン食って行こう」という話になって、車の中で家族3人「全身はまんどの口」になって突撃したら休みだった。今年は3日にして早くも3回か。

 ちなみに昨年末は12月25日の朝、7時から上原んちで映像制作するということで、上原んちに行く前に多田製麺所でうどん食おうと思って朝6時から全身「多田製麺所の口」になって突撃したら、営業時間が8時からでテンションうなぎ下がりで作業に入ったという事件があった。さらに、それを受けて12月30日は上原に「9時から作業するぞ」言うて、全身「多田製麺所の口」になって8時半に行ったら今年の営業が終わってたという事件があったばかりだ。何と、年をまたいで2週間で5回か。何やら激動の1年の予感がするぞ。あさって、ゴルフ場閉鎖になってないやろな(笑)。
2012年1月2日(月)

 1月2日は毎年恒例で、詫間の私の実家で正月だ。長男が用事があって行けないというので、家内と長女の3人で行ったら、弟夫婦と子供2人がすでに来ていて、1人暮らしの私の母ちゃんと8人でいつものように赤飯食ったりおでん食ったり黒豆食ったりなます食ったりテレビ見たり、パソコン開けて仕事したりしながら、ダラダラと夕方まで過ごした。桂枝雀師匠が「緊張と緩和」なら、私の年末年始は「ジタバタとダラダラ」だ。

 さて、久しぶりに弟家族と顔を合わせると、弟の長男が知らん間に高校生になっていた。聞くと、歴史に異常に興味があって、すでに並々ならぬ知識があるという。「何を読んで勉強しよんや」と聞くと、大本営発表(笑)の歴史の資料だけでなくて、いろんな歴史作家の本(井沢元彦の『逆説の日本史』も)をかなり読破しているというので、まあバランス感覚はあるんだろうと安心して、とりあえず偉そうにアドバイスを1つ2つ。

田尾「歴史はのー、解釈に正解がないんじゃ。そやから、いろんな説を読んで自分なりの解釈を作り上げていくのは考える力も付いてくるし、ええことや。何より日本史は日本人の何たるかを考えるために不可欠のテーマやからな。え? 選択は世界史か。おっちゃんも世界史や。まあええわ。ただな、歴史は解釈に正解がないのに自分の解釈が断固として正解やと思っている人がとても多いから、もし誰かと議論する時があったら、相手の解釈が自分の解釈と違ってても、日常会話レベルなら聞き手に回った方がよいコミュニケーションがとれるぞ」

 何事も詳しくなればなるほど、他人に対して「自説絶対、他説排除」的なメンタリティが強くなってくる。学術的な議論とか、しかるべき場に出た時の討論とか、自説を発表するような場は別だけど、日常会話レベルでそれをやると、よく不毛のケンカになるからな。勉強はどんどんやって何でも詳しくなればよい。でも、その知識や考え方を誰かに話す時は、繰り返すけど日常会話レベルなら「議論」より「コミュニケーション術」の分野だと思ってた方が何かと平穏(笑)。ま、オタク的な攻撃的な言動はおっちゃんが嫌いなだけやけど。

 あと、天皇制の話になったので「天皇制は日本人のシェアードバリューみたいなもんやとおっちゃんは思ってる」という、都村さんの受け売り話もちょっとした。シェアードバリューについては東京麺通団の知久平が詳しいはずなので(笑)、どうしてもと言う人は知久平に聞いてください。

知久「もう勘弁してくださいよ!」

 さて、正月休み中はあと3日で原稿2本と授業準備1つを仕上げないかんのに(ほとんど休みでないがな)、5日はねっくとゴルフに行かないかんのである。去年の暮れにねっく(こないだ出たばかりの文庫本『超麺通団2・ゲリラうどん通ごっこ軍団始まりの書』P93〜参照・笑)から電話がかかってきて「正月は帰らんとこかと思ってるんですけど、社長(ネックは私のことをまだ『社長』と呼んでいる)がゴルフに行けるんなら帰ります」とかいうわけのわからんことを言うので、仕方なく空けてしまったのだ。

 しかし空けた後で気づいたのだが、俺、今、フィフティーショルダーやんか! かつて、KSBのゴルフコンペに誘われた時、スタートホールのティーグラウンドに上がろうとしていきなり排水口に足を入れて捻挫して、足を引きずりながらベストスコアを出したことがあるのだが、左肩不十分というのはどうなんだ? ちゃんとキャディーさんを笑わせられるのか?…でなくてゴルフになるのか? 五十肩経験者はみんな「動かしよらなんだら固まってほんまに動かんようになるで」とか言ってくるのだが…。

 ちなみに、ねっくが「5日に行けるんなら、どうせならそっちでおるうちにもう1回行きましょう」と言い出して、ラクダの鼻(砂漠でラクダが鼻をテントに入れてくるのを許したらしまいに体ごと入れてきてテントを占領される=ほんの小さな譲歩が物事をさらに悪化させる)みたいな話になって、8日にも今度はM村(こないだ出たばかりの文庫本『超麺通団2・ゲリラうどん通ごっこ軍団始まりの書』まえがき及びP140〜参照・笑)を加えて行かないかんハメになってしまった。家内曰く、「何でねっくごときにそこまで段取りしてやらないかんの。ちゃんとケーキとか買うて来い言うときよ!」と、私がねっくと電話をしている横でねっくに聞こえるように言うてましたが(笑)。

 まそういう感じの年明けです。峰山は31日の朝登ってきたけど、今年はまだ。とりあえず原稿上げて授業準備済ませて、棒と球持って山歩きを2回してきますわ。
2012年1月1日(日)

 昨日の12月31日にインタビュー取材(私が取材されるのではなく、私がして原稿を書く仕事)が1件入って、1月3日までに仕上げないといけない原稿を1本、5日までに仕上げないといけない授業準備を1本、6日までに仕上げないといけない原稿を1本抱えたまま、1月1日を迎えました。相変わらず、年末年始も日曜日もあまり関係ない毎日です。

 とりあえず自分は自分の役割を全力でこなして付加価値を出すことに専念する、非常事態には「全員持ち場に着け!」が原則であることはよくわかっているつもりなのであるが、私の持ち場でないお国や地域の偉い方々が崖に向かってまっしぐらに進んでいるので、ちょっと気が気でないところもある。民主党は「どうせ次の政権はない」と思って今のうちに国の将来でなくて自分のためのことを全部やっとけ、みたいなことをやっているように見えるし、地方はあまりに知恵がないのか、「そんなことやってもこれまでちっとも地域が豊かにならなかったでしょう」ということを相変わらず続けているし…みたいなことを書いてしまうので、悶々として日記を休んでいました。

 ということにしておこう(笑)。みなさん、明けました。私も含めてそんなにめでたくないやつも周りにたくさんいるので。今日は雑煮を食って、朝からずっとパソコンを前に原稿を書いたり止まったり時々テレビを見たりしていたら、日付が変わって午前1時半になりました。エンジンはかけたけど、まだアイドリング状態。やっぱGACKTはすごいなあ(笑)。ちょっと元気になったわ。さ、ぼちぼち発進するか。
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