2012年02月の日記 |
2012年2月28日(火)
今日の四国新聞の「県観光協会長が瀬戸内の魅力を語る」というちっちゃい記事に、また「93万人」と書いてあった。
<県観光協会長の梅原利之さんが「瀬戸内海のすばらしさを世界に発信しよう」と題して講演。93万人が訪れた一昨年の瀬戸内国際芸術祭を振り返りながら、世界的にも注目される瀬戸内海の魅力をあらためて語り…>
私は別に瀬戸内国際芸術祭に恨みがあるわけでも何でもないが、こういうふうになし崩しにウソの数字が既成事実みたいになっていくのは絶対にあってはならないことだと思っているから、大本営発表メディアが「93万人」と書くたびにしつこく訂正する。「93万人」という数字は、水増しの延べ人数である。しつこいけど、一昨年のデータを再掲する。最終発表された累計来場者数の内訳は、
直島……29万1728人(島内4カ所の作品前でカウントした人数の合計) 豊島……17万5393人(同7カ所) 女木島… 9万9759人(同2カ所) 男木島… 9万6503人(同2カ所) 小豆島…11万3274人(同4カ所) 大島………… 4812人(同1カ所) 犬島…… 8万4458人(同2カ所) 高松…… 7万2319人(同2カ所) 計………93万8246人(計24カ所でカウントした人数の合計)
である。この「93万人」という数字は、誰が見てもダブルカウントが2回も入った「累計」である(県も「累計だ」と注釈を入れて発表してある)。
まず、各島ごとの人数は、わざわざ島にまで渡って狭い島内に作品がいくつもあるのに1つだけを見て帰る人などいるはずがないから、実数の数倍の水増し数字である。例えば直島は、行った人の大半がカウント場所の4作品を全部見ていると思われるので、「29万1728人」という数字は、ほぼ3〜4で割って8万人くらいが実数だと思われる。同様の計算で各島の実数を推測すると、
直島……約8万人 豊島……約3万人 女木島…約5万人 男木島…約5万人 小豆島…約4万人 大島……4812人 犬島……約5万人 高松……約4万人 累計……約35万人
実数ベースで言えば、この時点で93万人ではない。約35万人である。さらに、この「約35万人」にもダブルカウントが入っている。つまり、1人が複数の島を巡っているからである。これは県のアンケート調査で「1人平均3つの島を巡っている」という結果が発表されているので、35万人を3で割って、正味の実数は約11万人。瀬戸内芸術祭は、どう考えても「93万人が訪れた」のではない。実数はせいぜい10万人強だろう。
さらに差し引くなら、直島は瀬戸内芸術祭がなくても、芸術祭期間中の3ヵ月に少なくとも3〜5万人くらいは一般観光客が来ているはずだ(年間15〜20万人来ていると言われているから)。すると、直島の8万人から3〜5万人を引くと、大島を除くすべての島が3〜5万人で並ぶじゃないですか。瀬戸内国際芸術祭による実質的な観光客上乗せ効果は、その辺(5万人くらい)じゃないんですか?
とにかく、「93万人を集めた瀬戸内国際芸術祭」という書き方は、虚報である。にも拘わらず、四国新聞も中央紙の香川版もテレビ局も、私の知る限り全部のメディアが、未だに「93万人」としか書かない。このまま放っておくと、いずれ必ず「93万人」が公式数字の「実数」として県民に刷り込まれていく。まったく中国や韓国の歴史捏造と同じ構図である。なのに誰も何も言わないので、私が悪者になって言い続ける。正しいことを言って何で悪者になるのかと思うが。
ちなみに、一昨年に同じことを指摘した時、県の知人が「でも県はちゃんと累計だと言っている」と反論してきたが、私は「ではなぜ実数(推測計算で十分)で発表しないのか?」と返した。堂々と実数で出せばいいじゃないですか。何か後ろめたいことがあるから「大きな数字」を出そうとして累計にしてるんじゃないですか?
来年は瀬戸内国際芸術祭の2回目をやるらしいが、動員数はどう計算して発表するんですかねえ。会場数が増えるらしいから、ダブルカウントの分母(?)が増えて「昨年を上回る○万人!」とか言うのだろうか。カウント場所の数を増やせば累計動員数はいくらでも増やせる…そんな数字に何の意味があるのか?
繰り返すけど、実数で発表すればいいじゃないですか。「お金(税金)はこれだけ使いました。観客動員数は実数で○万人くらいだと思われます」と正直ベースで出せば、みんなが正直ベースでいろんな判断ができる。それが健全な県政であり、健全な報道でしょう。面子や体裁の水増し数字で取り繕っていたら、そのうち高松まつりの観客数や、神社やお寺の初詣客数みたいに「もはや物理的にあり得ない数字」を出さないといけなくなりますよ。
今日、用事があってチンペイに電話をしたら、
チン「先生、昨日の日記を読み始めたんですけど、途中で頭が痛くなって断念しました」 田尾「何でや。数字なんか並んでなかったやろが」 チン「いや、数字だけでなくて、僕、カタカナと英語にも弱いんですよ」
カタカナ? ……ホテルの名前が並んどるだけやないか! 英語なんか「twenty」だけやないか! 今日は数字がいっぱい出て来たけど、今日の数字は頼むけん頑張って理解してくれ(笑)。
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2012年2月26日(日)
昼過ぎ、家内と一福に行ったら、
大将「あれ? 塩江温泉に2週間行ってるんじゃなかったんですか?」 田尾「どんな噂が流れとんじゃ」 大将「いや、H谷川さんが言うてましたけど」
そういや先週の『うどラヂ』の録音の後、「来週はおらんからの」言うたらH谷川君が「どこ行くんですか?」と聞いてきたので、冗談で「塩江温泉に2週間ぐらい旅行に行く」言うたのを思い出したわ。あれを信用しとったんか。今日、H谷川君から「何が塩江温泉ですか! ラスベガスやないですか!」というメールが来てました(笑)。
とりあえず、無事に帰ってきました。写真は400枚くらい撮って、あと、現地で働いている経済情勢に詳しい日本人のビジネスマン等に会うことができて、まあそれなりにいろんな現地の事情情報を仕入れてきました。あとは、これから英語のサイトを必死で探ってデータを集めて、裏付け作業をせないかん。「情緒的情報」と「数字等による基礎データ」の2つが揃わないと、どうも私は物事をうまく納得できない性分なので。
ちなみに、5年前にラスベガスに行った時、夜中に目の前ででっかいホテルの爆破取り壊しが行われたのを見たのだが、あそこがどうなっているのか見に行ったら、巨大な建物の鉄骨が建っていた。まだ工事中か? と思って尋ねたら、爆破解体して新規建設を開始した直後にリーマンショックが起こって、工事が数年間止まったままだそうだ。さらに車で移動中にあと2つ、リーマンショックの影響で工事が止まったままの(建設資材までそのまま放置されている)巨大な鉄骨ビルを目にした。そういうことになってるそうです。
ネガティブな情緒的情報としては、あと、観光客が集中するストリップエリアで、5年前に比べて手ぶらで歩いている観光客が圧倒的に増えていた。現地のコージ滝口さんによると、リーマンショック以前はブランドショップのショッピングバッグをはじめ買い物袋を持って歩いている人がたくさんいたけど、やっぱり目に見えて客の購買力が落ちているそうです。
けどリーマンショック以後、派手に動いているところもある。その最大の動きは、ご存じの方もいると思うけど、モンテカルロとベラッジオの間の結構広いエリアにできた、度肝を抜くような規模とデザインの「シティセンター」。MGMがドバイの資本協力を得て、総額1兆円くらいの巨額投資で作っちゃったらしい(ほぼ瀬戸大橋架橋事業の投資額と同じ)。
MGMは先にラスベガスの中興の祖スティーブ・ウィンからミラージュ、TI(トレジャーアイランド)、ベラッジオを買収し、このシティセンターのオープンでストリップエリアの断然の最大勢力になっているように見える。けど、これもコージさん曰く、スティーブ・ウィンはリーマンショックの直前に持ってる巨大ホテルをMGMに全部売っちゃって、MGMは貧乏くじを引いた格好になってしまったと。「MGMはかつて、MGMグランド(客室5000室以上の巨大ホテル)の近くに遊園地を作って失敗し、その跡地にマンションを作って失敗し、スティーブ・ウィンからホテルをたくさん買った直後にリーマンショックに見舞われ、今度のシティセンターもたぶんコンセプトを間違っている」と、MGMに厳しいコメントをおっしゃっておられました(笑)。ちなみに、スティーブ・ウィンはMGMへのホテル売却で得た資金でウィン・ラスベガスをオープンし、そのすぐ隣に今度アンコール・ラスベガスをオープンして業績は順調だそうだ。これがこの5年間での2つ目の大きな動き。
でも、このあたりの実情はMGMやウィンの経営数値データを探して見てみないと正確なところはわからない。ただ、MGMにしろスティーブ・ウィンにしろ、自ら大きなリスクをとってビジネスに投資する人たちは、自己責任原理で動くから常に必死で、失敗してもそれを取り返すべく次々に新しい戦略をとってくる。投資の半分以上も税金を使って、経営感覚的にはほとんどノーリスクに近い“ハコモノ作り”をやっている丸亀町商店街とは、規模の違い以前に、根本的にビジネスメンタリティのレベルが違うという感じがする。そして、それが“街の経済的活性化”の成果には絶対に影響してくると思う。
3つ目はかなり規模は小さい話だけど、“寂れた商店街”だったダウンタウンの中で、数軒のカジノが大改装して急成長していたこと(売上等の数値データはまだ見つけてないので情緒的な情報だけど)。いろいろ聞いてみると、成長の一番のポイントは、カジノの“寺銭”を下げたことにあるらしい。その結果、大きなお金を動かすプロのギャンブラーがストリップエリアからこっちに移り始めているらしい。でも、それでダウンタウンが起死回生の活性化をしているのかと言えば、そうではなくて、きちんと差別化戦略を採って、有効な戦略に投資した一部のカジノだけが成長しているという、これも全くビジネスの常識的な事が起こっているだけだということのようです。
あと、ストリップエリアの公共交通機関として作られたモノレールは、客にほとんど利用されずに大赤字を続けているそうです。人(客)の動きを無視した公共交通事業が失敗するというのは、どうも万国共通らしい(笑)。
いずれにしろ、自らリスクをとってビジネスに投資する大きな民間の力と、活性化に有効なターゲットを設定し、差別化戦略をきちんと打ち出してチャレンジする有能なビジネスマンは、経済の活性化には不可欠な両輪。ゾーニングで言えば、ラスベガスはその両輪を中心街に集め、中心街で儲けて、居住地はその周辺に快適なエリアを配しているという感じ。
これを高松市と比べると、高松市はリスクをとりたがらない人に税金を投入し、大きな消費やビジネスを生み出さない高齢者を中心街に集めて「高齢者にやさしい街づくり」を目指し、人の動きを無視した採算のとれない公共交通網に税金を投入しようとしている。おそらく高松市は、経済の活性化を目指さず、違う完成予想図を描いているのだと思う。ま、別にラスベガスを目指す必要はないから、それも選択肢の一つである。ただ、もし高松市が経済の活性化を目指すのなら、今やっていることは根本的に経済活性化の原理原則に逆行していると思う。たぶん目指してないんでしょうね。それなら整合性はとれますから(笑)。
小ネタを一つ。今回は10〜12ドルくらいの距離を何度かタクシーを使って移動したのだが、そのうちの1回、行き先を告げたら黒人の運転手がいきなりメーターを「11ドル19セント」に固定して走り始めた。前日に2回、同じところを走った時は、2回とも普通に基本料金からメーターが上がり始めて11〜12ドルで移動できて、チップを含めて少し多めの15ドルを払ったので、11ドル19セントはちょっと安いかな? と思っていたら、到着したらその運転手が「twenty(20ドル)」と言った。「何で20ドルなんや。そこに11ドル19セントって出てるやないか」という内容の片言英語(笑)で抗議すると、無表情に「twenty」としか言わない。一瞬、15ドルだけ払って無理やり降りてやろうかと思ったのだが(自分でドアを開けて降りるシステムだったので)、たった5ドルのためにタクシーに拉致されたままどっかに連れて行かれたらたまらんので(笑)、20ドル払って降りて、すぐさまタクシーの斜め前に回ってカメラを構えてタクシーのナンバーを写そうとしてやったら(ホテルの前だったのでホテルマンとか人がたくさんいたのでちょっと安心して)、それを見てタクシーは急発進して走り去りました。
こないだ韓国で日本人客を乗せたタクシーが2万円とかを要求して警察に捕まった、みたいなニュースを聞いたが、2万円なら写真を撮って通報したかもしれんけど、5ドルやから勘弁してやる(笑)。ま、5ドルのためにそこまでやるタクシーの運転手のことを思うと少し切なくて、まあいいか、と思いましたけど。
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2012年2月18日(土)
2月13日に後期の授業と試験が終わって、4月9日の新年度授業開始までの間、研究に専念する局面(笑)に入りました。(笑)をつけるとこでなかったか(笑)。その間、結構頻繁にある会議や打ち合わせ、学生指導等の大学行事の合間を縫って、授業準備とテーマ研究とインタレストの編集作業なんかに追われることになるのだが、今年は4月から新しく開講する担当授業がいくつかあるので、例年以上に苦しみそうな気がする。
ま、そういうわけで、明日から取材でラスベガスに行って来ます。あそこ、まあ大ざっぱに言うと昔はダウンタウンの商店街みたいなところが中心街でカジノとかで賑わっていたらしいのだが、その後、郊外(ダウンタウンから見れば郊外)の現ストリップ地区にドッカンドッカンと巨大なカジノ&エンタテインメントホテルが建ち並んで今のラスベガスの中心地区ができあがって、ダウンタウンはストリップエリアに客をごっそり取られて寂れてきて、起死回生を狙ってアーケードの天井にオーロラビジョンみたいなのを巡らして映像ショーをやり始めたけど、起死回生になってないという…。つまり、ラスベガスの「ダウンタウンVSストリップ」は、「高松の中央商店街VS郊外の大型複合商業施設」とよく似た構図を持ったところなんです。ハワイの「アロハタワーマーケットプレイスVSワイキキ・カラカウア通り」これとまったく同じような構図で、ハワイは何回も見に行って状況の変化を確認してるけど、ラスベガスは数年行ってないので見てこようかなと。英語でどんどん取材ができたらええんやけど、ま、取材のポイントと視点はしっかり持ってるので、片言とジェスチャーで頑張ってきますわ。そういうわけで1週間ぐらい日記は止まりますのでご容赦を。ま、行かなくてもしょっちゅう止まるけど(笑)。
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2012年2月14日(火)
今日の四国新聞によると、香川県が「国際航業HDとオリックスが坂出市と三豊市でそれぞれ約2メガワットの大規模太陽光発電所(メガソーラー)を建設する」と発表したそうである。掲載されている内容を箇条書きすると、
・7月に施行される再生可能エネルギー特別措置法(太陽光発電等の電力の買い取りを電力会社に義務づけた法律)に基づいて、そこで作られた電力は四国電力に売電される。 ・坂出は林田町の産業廃棄物埋め立て地跡の3.2ha、三豊市は養鶏場跡の3haを使う。 ・それぞれ、一般家庭約600世帯分に当たる年間200万kw/hの発電量を見込んでいる。 ・浜田知事は「省エネや二酸化炭素削減などの観点からも好ましい。今後も立地支援に取り組む」と話した。
ということだそうである。全体的に、県(知事)もメディアも「明るい未来に向けていよいよ動き出した」という論調である。さてと、チンペイを懲らしめるために計算でもするか(笑)。
まず、3haというのはどれくらいの広さかというと、3万平方メートルだから、高松市中央公園の敷地面積よりちょっと狭いくらい…と聞くと意外と狭そうだが、甲子園球場(スタンド含む)よりちょっと狭いくらい…と聞くと、広そうに感じる。つまり、広さを球場や公園なんかと比べて書くのは一見イメージしやすそうに思うが、ああいうのは感覚的なイメージに引きずられる元であるから、マスコミがそういう表現をしたら私は必ず数字に置き直して確認する。175m四方くらいです。
次に、年間200万kwhというのはどれくらいの量か。これもマスコミが必ず使う「一般家庭○○世帯分」という表現は情緒的に洗脳される元であるから、全体量のどれだけに当たるかを数字で押さえる。データを探してみたら、2010年の四国電力の年間販売電力量(発電電力量ではなく、売った数字のようです)が約300億kwh。日本全体の総発電電力量が1兆kwhくらいだと言われているから、下から2番目の四国電力(一番小さいのは沖縄電力)ならそんなもんだろう。で、その300億分の200万です。四国電力の年間総販売電力量の1万5000分の1。何か地図の縮尺みたいな数字になってきたな(笑)。一般家庭600世帯分というのは、そんなものである。それが2カ所だから、合わせて全部の7500分の1くらいの電力しか得られない。
…と、ここまではただの規模確認。問題はここからである。香川県の行政の目的は、香川県民を豊かにすることであるから、香川県の行政をチェックする使命を持っているはずの地元マスメディアはそこをテーマに記事を書かないといけないはずなのに、何をスルーしているのか。まず、今回のメガソーラー2カ所が建設され、稼働することによって、香川県民にどんな豊かさがもたらされるのか? ちゃんと調べて書いてくださいよ。
まず、これによって得られる県民の豊かさとは何なのか? 例えば、
・雇用はどれだけ発生するのか? ・地域に固定資産税はいくら入ってくるのか?(行政が豊かになっても県民が豊かになるとは限らないけど)
次に、逆に県民の豊かさが損なわれる要素はないのか? 例えば、
・甲子園球場2個近く分の土地が太陽光パネルで埋め尽くされ、人も住めず家も工場も建てられず草木も生えない土地になることによって、経済資源破壊、自然破壊による豊かさのマイナスはないのか? ・1kwあたり10円以下で作れる電力(火力、原子力)を、同40円以上と言われる値段で買わされる四国電力は、その差額を通常電気料金に上乗せしてくることになるが、電気料金アップは県民の豊かさを損なうのではないか?
そう考えていくと、このメガソーラー2カ所は、本当に香川県民の豊かさにつながるのだろうか? 新聞には、建設費用の数字も書かれてない。こんな計算でいいのかどうかわからないが、10平方メートルの太陽光発電パネルが設置料込みで100万円くらいだから、3ha(3万平方メートル)に換算すると、30億円。それが2カ所で60億円くらいか? 規模が大きいから割引されるのかもしれないけど、あと、周辺設備にもかなりお金がかかるんじゃないのか? 全部で50億円なのか100億円なのかわからないけど、建設にかかった費用は「民間会社のすること」だから関係ない、というのは、この事業の仕組みを考えると間違っている。民間会社は投資した分を必ず売電で回収するのだから、そいつは確実に電気料金として我々が負担することになる。だから、建設費用は極論すれば県民負担の税金と同義なのである。
…みたいなことが、いよいよ現実に動き出したわけである。今は四国電力の総発電電力料の7500分の1だけど、あの再生可能エネルギー特別措置法が廃止にならない限り、これから全国でメガソーラービジネスがどんどん広がっていきますよ。すると、電気料金が目に見えて上がり始め、企業の海外脱出が露骨になり、残った企業や事業所は経費は上がるのに景気は上がらず(ちょっと韻を踏んでみました・笑)、私らは「クリーンエネルギー」という“勲章”をもらって窮乏生活に入る…。でも、香川県は「省エネや二酸化炭素削減の観点から」今後も立地支援するらしいのである。ちなみに、その「支援」というのは具体的に何なのだ? 県民の豊かさをさらに損なう(税金が出て行く)支援じゃないだろうな(新聞はそこもちゃんと取材して書いてください)。
地元メディアは行政のチェック機能をきちんと果たすのなら、税金の使い途は常に重要な視点として取り上げないといけない。しかし、つい数日前の「丸亀町グリーン、4月19日オープン決定」の記事の中にも「総事業費150億円」とあるだけで、税金投入額には一切触れられてなかった。先の丸亀町壱番街の開発には、確か総事業費62億円のうち補助金が33億円も入っていたはずだから(当初の開発会社のホームページに出ていた)、今回はさらにスルーするわけにはいかない税金が入っているのではないか? あるいは、そんな巨額の税金を取り込んだ事業で建てたマンションを分譲して得た利益を商店街が取り込むのは、問題ないのか? また、それは県民の豊かさにつながるのか?
さらに、大はしゃぎしている「うどん県」のプロモーション(プロモーションというよりただのツカミの宣伝だけだけど)も、使った予算をどこも報道しない。その前は瀬戸内芸術祭で、私が県の税金投入額を尋ねたのに、その税金を収入とする実行委員会の収支を発表してしまうという財務音痴ぶりだったし。瀬戸大橋も、サンポートも、コトデンそごうも、できた時には大はしゃぎして、あとでえらい目に遭うということを何度も繰り返しているのに、行政もマスコミもまだ同じメンタリティでまた同じことをやっている気がする。それらはみんな、巨額の税金を使って本当に県民を豊かにしたのか? その間、香川県は県民の豊かさをどんどん失っている一方ではないか。私は「数学の問題を国語で解く男」と言われるくらい素人計算しかできないから数字は間違っているかもしれないけど、報道のプロなら「県民の豊かさ」の視点で計算をきちんとして提示と提言をすべきである…、と、1週間ぶりの日記で調子こいてしまいました。すんません。
あ、団員Dから「はりや」事件にツッコミが来てました。
★こんばんは、D々です。2月7日の団長日記について、「田尾さんもまだまだ甘いな」(←ふふーん)のツッコミがしたくてしょうがなくなったので(苦笑)、メールしています。 はりやさんの閉店ミッションには、3つのフェーズがあります。 @まず、のれんが店内に入る。 Aのれんが入って、さらに引き戸に「本日売り切れ」の札がかかる。 B店外の行列最後尾の客が「本日終了」(←黒ベタ白ヌキ文字)のデカい幟を持つ。 説明すると、 @の場合は余程でない限り食べれる可能性が大です。勇気を持って引き戸を開けて「大将、食べれるんな?」と聞きましょう。 Aの時に 「あー、団長だが」とか言うて入っていくと、炎上です(笑) Bは土曜やゴールデンウィークの多客時のオペレーションです。幟を持ってもらった人には、何らかのサービスがありますね。(愛のあるおなじみ客の中には、わざわざ幟持ちをかって出ようとする人までいます)
…とのことです。こないだの土曜日の夜、家内と二人で「全身“牛しそ焼き定食”の口」になってライオン通りのグリル山に行ったら、目の前でのれんが入って、目が合った店主に「今日は終わりました」と言われました。
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2012年2月7日(火)
昨日は午前中高松で仕事があったため、昼食は高松でうどんを食べようと思ったのである。2003年から仕事場が善通寺になったため、以来、昼食はほとんど善通寺市内かその近辺ばかり。だから、タウン情報誌時代にさんざん通った高松市内のお気に入りのうどん屋も、ここ10年近く、年に数回行くか行かないかという有様になっている。そこで、昼過ぎに高松市内で仕事を終えるという絶好の「高松うどん日和り」には何としてもうどん屋に行かなくてはと思い、一旦家に帰って、家内と二人ではりやに行くことにした。時間は午後1時過ぎ。
田尾「まだ開いとるかなあ」 家内「開いとるやろ。平日やし、2時前までいけるんちゃう?」 田尾「よし、突撃や」
我々は急いで車を出し、はりやに向かった。ゲオの交差点を北にとり、線路下をくぐって浜街道との交差点に出て先を見ると、無効のはりやの駐車場に車がいっぱい停まっている。
田尾「うわー、まだいっぱいおるわ」
久しぶりのはりやへの期待で全身「はりやの口」になって、駐車場に車を入れようとしてふと左の店を見たら、
田尾「あーっ! 今、のれんが中に入った!」
何てことだ! 目の前で本日終了! 家内が「今入ったら何とかしてくれるんちゃうん」と言ったが、こんなところで終了したのに「あー、団長だが」言うて無理やりねじ入ったりしたら、あっという間に悪い評判が立って何かが炎上したらいかん(笑)。我々は涙を飲んで車を返して店の前を通過した。
田尾「どこ行く?」 家内「竹清?」 田尾「そうや、竹清や! 竹清ならこの落胆を取り返して余りあるわ」
我々はただちに「全身竹清の口」に切り替え、市内中心部に向かった。待てよ、定休日の確認をしとかないかん。えーと、竹清は確か週の真ん中へんが定休日だったはずだ。H谷川君に電話して確認したいところだが、天下の竹清の定休日を聞くようでは団長の地位が危うくなる。よし、間違いない、月曜日は絶対に定休日でない。
我々は県道33号線を西から東に向かって走り、中央病院の前を過ぎた。竹清はすぐその先の道路の右側。しかし竹清の駐車場も道路の右側にあり、この道から駐車場に入れるには片側3車線の対向車線を信号のないところで横切らないといけない。この道は通行量も多く、変なところで右折のために停まっていたら後ろの車に迷惑をかける。そこで、私は竹清の一つ手前の信号を右折し、しばらく走って一本南の道に出て左折し、次の信号をまた左折し、英明高校の前を通って再び33号線に出て左折した。要するに、竹清のすぐ近くまで来ているのに、交差点のないところで道を横断することを避けて、竹清の手前(西)の交差点からぐるっと竹清の裏を一周して竹清の向こう側(東)の交差点に出て、道の竹清側の車線に入って、駐車場に車を入れるという、「とてもいい人」コースをとったのである。
いいことをした後は気分も晴れ晴れだ。我々は車を降り、「全身竹清の口のいい人」になって、そこから歩いて竹清に向かった。店に近づくと、
家内「あれ? 店の前に何かいっぱい物が出とるわ」 田尾「何やろ」 家内「あれー? のれんが出てないで」
家内が店の前に行って、何やら貼り紙を見て言った。
家内「『機械の入れ替えのため、今日と明日、休みます』やて」
2月早々、「行ったら閉まってた」の2連発。しかしよりによって「臨時の機械入れ替え日」にまで当たるか? ふー、今年のニッポンは異常気象じゃ。
そういうわけで、結局その足でうどん棒本店に行って「きざみうどん、ユズ抜き」を食べてきました。あ、報告です。一時ちょっと伸びを失っていたうどん棒本店の麺、復活してます。私の好みの「中細の伸びる腰」、かなり来てます。
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2012年2月2日(木)
今朝の四国新聞の「TJかがわ休刊」の記事の最後に、
『初代編集長で四国学院大カルチュラルマネジメント学科教授の田尾和俊氏は「タウン誌の生命線である地域のグルメやレジャーなどの情報がネットで無料に手に入るようになり、フリーペーパーも登場してきた。構造的な不況産業となっており、休刊の流れは必然なのかもしれない」と話した。』
という数行が付いていたのを見たらしい当時を知る者のうちの一人(差出人名は私の自主規制で仮にWとしておこう。2人に絞られたけど・笑)から、「何という優等生発言ですか(笑)」というメールが飛んできたわ(笑)。私を知る者にしてみたら、絶対「あの田尾さんがそんなコメントするはずがない」とツッコミたくなるやろなあ(笑)…と、「笑」の連発でケムに巻いとこう。
さてと、どこから行くかな。まずは私の名誉のために(笑)、新聞に載ったコメントのことを言い訳しておこう。昨日の夕方、授業と会議を終えて研究室に帰ったら、普段は1日に1件か2件しかかかってこない携帯電話に着信がバリバリ入っていた。知人の四国新聞記者のS本からと、番号だけの着信が6本。で、番号だけで誰だかわからないやつは放っておいてとりあえずS本に電話しようとしたら、番号だけの一つからまだ電話が入った。取ると、西日本放送のH野くんだった。
H野「師匠、H野です」 田尾「おー、久しぶりやのー」 H野「あの、TJかがわが休刊するという情報が入ってきたんですけど、ご存じでした?」 田尾「おー、つい昨日、TJかがわの偉い人から電話があって『休刊することになったので田尾さんにお伝えしておかないとと思いまして』とか言われたから『そんなん、私はもう辞めて10年にもなるから、わざわざ知らせてくれんでもええですよ(笑)』言うたわ」 H野「そうかー、もう10年にもなるんですねえ!」 H野くんは私がTJをやってた時代にみんなで一緒によく遊んだ仲だから、それから聞かれるままにいろいろ話をした。
田尾「…などということやろな」 H野「いやあ、さすがの分析ですねえ!」 田尾「けど、俺のコメントとしてどこかで使うなよ(笑)」 H野「いやあ、めちゃめちゃ使いたいですよ(笑)」 田尾「どうしてもと言うなら、H野くんが自分で分析した話としてしゃべれ(笑)」 H野「いいんですか!」 田尾「やめといた方がええかな(笑)」
みたいなことで電話を切った。続いてS本に電話をしたら、
S本「お察しのこととは思いますけど…」 田尾「TJの休刊か?(笑)」 S本「はい。それでうちの記事担当から『田尾先生のコメントを取れ』言われまして…」 田尾「俺、もう辞めてから10年になるからコメントないわ」 S本「そんなあ。TJかがわと言えば、今だに田尾さんのイメージなんですから」 田尾「ほんまかあ? もうみんな忘れて知らんやろ。若い子なんか全然知らんぞ」 S本「けど僕らの世代は今もTJイコール田尾さんですよ」 田尾「いやほんま、コメントは勘弁してくれ。2002年に会社を辞めて、2003年頃に一緒にやってた仲間らがほとんど辞めた時に、あれは俺の中では終わったんや。辞めた最初の頃は残ってた仲間に頼まれたら協力するつもりでおったんやけど、経営陣が『田尾色を排除する』という方針だったらしいから邪魔したらいかんと思って、俺の中ではあの時に終わった。その後のTJかがわは、俺らがやってたTJかがわとはまるで別の雑誌やから、感慨とか聞かれてもコメントがないわ」
…って言うたのに「何とかコメントを載せたい」言うので、いろいろしゃべった中から「無難なところだけ使てくれよ」言うて電話を切ったのである。それで電話は以上で終了してパソコンを開けてメールを見たら、大学の受付から「四国新聞のY塚さんから電話が欲しいとの連絡がありました」というのが来てた。これもか(笑)。電話をしたら、
Y塚「ご存じかとは思いますが…」 田尾「ご存じや(笑)。今、S本から電話があって、さんざんしゃべったとこや」
…みたいな昨日の夕方でした。新聞に載った「タウン誌の生命線である地域のグルメやレジャーなどの情報がネットで無料に手に入るようになり、フリーペーパーも登場してきた。構造的な不況産業となっており、休刊の流れは必然なのかもしれない」という三流の社会学者みたいなコメント(笑)は、そういうわけで私がS本君やY塚君に話したことの前段99%と「必然なのかもしれない」の後ろの大事な一言がカットされたものです。聡明なS伯があのコメントだけを読んだら私の分析能力に失望するに違いないので、S伯にがっかりされたくないというだけの理由で言い訳をしてみました(笑)。ビビリのW(1人に絞られたか・笑)がヒヤヒヤしてると思うので、今日はこれぐらいにしといてやろう(笑)。
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