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2013年04月の日記
2013年4月30日(火)

 何か肌寒いな。地球温暖化はどうしたんだろう(笑)。

 インタレストの最新調査によると(ま、気象庁のデータを並べてみただけですけど)、高松市の年間平均気温は1999年から2010年まで11年間にわたってほぼ横ばいで、2010年の平均17.0度から、11年は16.6度、12年は16.3度と、ここ2年連続下がっている。

 ちなみに、1942年の観測以来70年間で、平均気温が「3年連続下がった」という記録は、1991年〜93年のたった一度しかない。ということは、2013年も下がると、過去70年間で2度目のタイ記録。さらに来年も下がって4年連続となると、過去70年間で初めての現象となるけど、ま、これも地震予測や活断層の判定と同じで、どうなるか誰もわかりませんけどね。

 あと、大まかな過去の平均気温の動きを確認しておくと、年間平均気温が16〜17度あたりで推移し始めたのは1990年代に入ってから。だから、もし今年、来年と下がって15度台に突入すると、1980年代の気温に戻る、という感じですか。ま、90年代と2000年代で1〜2度も上がったということですね。

 でも、「地球温暖化で100年後に平均気温が最大6度上がって、海面が59cmも上昇する」というIPCCの捏造データを振りかざしてキャンペーンを張っている皆さんは、あの報告からもう5年経ちましたけど(100年からすればまだ5年ですが)、あれからずっと横ばいというより下がり気味ですから、気が気じゃないでしょうね。「上がれ、上がれ」と祈っているんじゃないでしょうか(笑)。

 それにしても、「地球温暖化CO2犯人説」はちょっと苦しくなってきた。まさか平均気温を上げるために「原発反対」に回ってるのではないと思うが(笑)、原発を止めて化石燃料をどんどん焚いてCO2をどんどん出し始めたのに、1年経って気温が下がってるんじゃ、これは私ら素人にも納得できるようなロジックの立て直しをしないといけない(笑)。ま、まだ100年のうちの5年ですから、どうなるかわかりませんけどね。

 というわけで、個人的には肌寒いより暖かい方が好きな私なので、もっと言えば極寒より猛暑の方がまだマシだと思っているので(極寒の地より猛暑の地の方が人がたくさん住んでるし・笑)、今日は早足で30分歩いて二酸化炭素をいっぱい吐きながら、松崎先生のところへ歯を治しに行ってきました。

 1週間前に仮歯を入れていたのを取り外して、作ってもらったセラミックの歯を装着して、奥歯復活! 胃腸の調子はまだ完全にはすぐれないけど、何とか仕事体勢を挽回して、昼から「さあ、インタレストの仕上げに取りかかるぞ!」とパソコンを開いたら、上原から「こんなものを見つけてしまって仕事になりません。団長を道連れに…」という迷惑メールが入っていた。

 ユーチューブに上がっていたらしい、「スネークマンショー」の53分フルバージョン。バカモノー! そんなものはカセットで海賊版まで全部持っとるわ! けど、カセットデッキがないから聴けんけど…いや、この非常事態に聴いてる場合でないっちゅうねん!

 そんなもの、別に今聴かんでもたいてい全部覚えとるわ。まあ20年ぐらい聴いてないけど…そうか、ユーチューブなら聴けるのか…

 ………夕方になったやないか!
2013年4月28日(日)

 土曜日になってやっと背中の痛みが治まってきたと思ったら、今度は何か悪いものに当たったのか、胃腸の調子が悪くなってしまった。何かテンションの下がる、世間のゴールデンウィークとやらのスタート。

 そのウィークの初日の土曜日は、朝早くから大学の研究室にこもって原稿と格闘。続いて午前11時過ぎから、今日は大学のオープンキャンパスで、高校生への説明ブースに着き、午後2時からは高校生対象の模擬授業を40分。

 四国学院大学はどこの大学でもやっている学部、学科制ではなく、学生が19の専攻領域の中から分野を選んで所属するという「メジャー制度」を採っているのだが、私がコーディネーター(メジャー長みたいなもの)を務める「情報加工学メジャー」は専任教員が実質的に私一人しかいないもんだから、オープンキャンパスの説明ブースも、模擬授業も、学内で年に数回行われるメジャーガイダンスや各種説明会も、全部私がやらないといけないのである。

 で、夕方までオープンキャンパスに出ずっぱりで、それから帰ったら、もう夜は体調最悪。それでも夜中の1時頃まで頑張って原稿と格闘して、1時半頃寝た。

 日曜日は、朝からずーっと原稿。夕方までに上げるつもりだったのだが、ついに間に合わず。夕方、インタビュー取材を一件。夜6時半頃家に帰って、10時頃、格闘していた原稿をアップ。月曜日は2週間ぶりに峰山に行くことにしたので、午前0時頃寝た。で、ゴールデンウィークが2日終了。ま、毎年同じようなことをやっている。何しろこの時期、毎年インタレストの締切の緊急ゾーンなもんで(まだ仕上げ作業が手つかずだ)、休んでる場合じゃないの。
2013年4月25日(木)

 あー、ひどい目に遭った。しかも、まだ余波が残っている…。

 水曜日の午後、締切近づくインタレスト編集室に20数人の学生スタッフが集まって、緊迫した編集作業(授業)をしていたら、右後方にチラッと、何やら黒い大きな物体が見えた気がしたので振り向いたら、元地雷編集長のトミーが腕組みしてニコニコしながら立っていた。

田尾「いつからおったんや!」
トミ「さっきからずっといましたよ。絶対気がついてないって言いよったんですよ」

 毎週この時間に編集作業をやってるのは当然知ってるから、仕事の休みを使って、久しぶりに編集室を覗きに来たらしい。それで夕方、私は今日も昼飯も食わずに授業が続いていたので、編集作業が一段落した夕方、「うどんでも食いに行ってくるか」と言ったら、あちこちから「行きましょう!」という声が挙がった。

田尾「けどもうこんな時間やからのー。どこが開いとんや…よし、香の香に行くか」
吉田「香の香、定休日です」
田尾「ほな、はまんどか…ラーメンやけど。いや、あかん、はまんどは3時までやからもう終わっとる」
吉田「はまんども水曜は定休日です」
トミ「もう、何年同じことやってるんですか!」
田尾「わかった、柳川や」
トミ「柳川! 行きましょう!」
田尾「柳川は木曜休み。これだけはちゃんと覚えとる」
吉田「あとは臨時休業のリスクだけですね」
十河「田尾さんですからね(笑)」

 などというやりとりの結果、私、地雷トミー、妹サキ、ダメ出し隊長吉田、大魔王十河、脱線防止隊長O西、まだ異名の付いていない3年の西畑、以上7人で車2台を連ねて閉店間際の柳川に突撃し(吉田が店の壁に飾られた「河原崎長一郎」のサインを見つけて大喜び・笑)、その後、白栄堂の喫茶で一服して銘菓観音寺を買って、夕方6時半頃大学に帰ったのである。

 さて、トミーの襲来でひどい目に遭ったのではなくて(笑)、ひどい事件はその後に起こった。

 連日のハードワークで全身に張りが来ていた私は、大学から帰りに辛抱できなくなって、どこかのマッサージに行こうと決心したのである。近年、あちこちにマッサージのチェーン店みたいなのができていて、私も何度か利用したことがあるのだが、一度へたくそなマッサージに当たって首のあたりが痛くなったことを誰かに話したら、「ちゃんとしたところでやらないとダメですよ!」と怒られたことがある。でも、あれからまだ「ちゃんとしたところ」を見つけられてないし、今日は夜も頑張って仕事をしないといけないのにこんな時間にはチェーン店しか開いてないので、仕方がない。

 というわけで、私は、初めて行くチェーン店らしきマッサージ店を見つけて入ったのである。そしたら、担当の男の人が、とにかく力任せにゴリゴリ押してきて、痛い痛い! 「力加減はどうですか?」と聞いてくるたびに「痛い、もうちょっと弱めに…」と言うのだが、一瞬弱くなってもすぐに力を入れてくる。でも、痛いということは悪くなってるんだろうと思って、我慢しながら1時間のマッサージを終えて起き上がったら、何か全身がおかしくなっていた。

 担当の人に「お疲れのようですね」と声をかけられたが、「お前のせいじゃ!」というツッコミを飲み込んで、夜の8時半頃、家に帰った。そしたら、もうそれから全然ダメ。背中はずーっと痛いままで、そのうち後頭部にまで鈍い痛みが来て、私は家内に背中に薬用湿布みたいなのを貼ってもらって、そのまま寝てしまった。それが水曜日の夜。

 木曜日になっても背中の痛みは全然引かない。朝から背中の湿布を貼り替えて大学に行って、授業の初めに「今日は俺、背中が痛いけん、テンション低いぞ」と断って、また昼飯も食わずに授業を2本終えたのだが、もう気分は最悪。その日、夕方から原稿のやりとりでアクシデントがあって、夜までてんやわんやだったのだが、今晩も背中と頭が痛くて、早々に寝てしまった(といっても夜11時半だけど)。

 もう、あの店はこりごりだ。他の人に当たったらもうちょっとマシなのかもしれないが、どんどん店舗数を増やしているチェーン店はそういうものだ、ということをもう一回肝に銘じておこう。

 飲食店にしろ物販店にしろ、「職人」を必要としないきちんとしたマニュアルやシステムで回しているところは、均質商品とかファストフードとしてそれなりにクオリティが平均的に保たれていると思うが、マッサージとか「職人の店」みたいに「人の職人的能力」に頼る業種や業態は、急速に店舗展開をすると絶対にクオリティが落ちる。だって、そんなに急速に店舗展開したら、レベルの高いプロや職人が絶対についていけるはずがないもの。

 あー、まだ背中が痛い。とりあえず、早く信頼できるマッサージ師を探すことにしよう。
2013年4月23日(火)

 瀬戸内国際芸術祭の来場者数報道は、もうほとんど支離滅裂、お笑いの様相さえ呈してきました(笑)。新聞によりますと(昔、こういうフレーズが流行ったのを思い出した・笑)、

<四国新聞>
「瀬戸芸来場者26万3000人」
「春会期まとめ 当初見込みの2倍」
 瀬戸内国際芸術祭実行委は22日、同芸術祭2013春会期(3月20日〜4月21日)の来場者数が26万3014人だったと発表した。……来場者数は当初見込みの約2倍を達成した。同芸術祭の来場者数は各会場の基準施設を訪れた人数を合計し算出している。同実行委によると、全体の来場者数は、3年前の前回芸術祭の開幕から同期間(20万1918人)の1.3倍を記録。会場別の内訳は沙弥島が7万7693人で最多となり、次いで直島6万3558人、小豆島4万6707人、豊島2万1033人の順だった。

 ということで、四国新聞だけを読んでいる人は、当然、「去年よりかなり来場者数が増えているみたいだ」と読んでしまうだろう。

 ところが、産経新聞の香川欄の同記事には、こう書いてある。

<産経新聞>
 ……来場者が最も多かったのは春会期のみで新たに加わった沙弥島(香川県坂出市)の7万7693人。小豆島は前回比2.3倍の4万6707人だった。一方、直島と豊島でそれぞれ約1万人減となったほか女木島、男木島、犬島、高松港周辺でも減少した。……来場者数の集計は、8島と高松港、宇野港の各会場のうち38施設(前回24施設)の来場者を合計した。

 ん? 去年は24カ所で数えた合計数字だったのが、今回は数える場所を38施設にも増やして足してるじゃないか。それ、数える施設の数を増やしたら、合計数字がなんぼでも増やせるでないか。そんなどうにでも作れる合計数字に、意味があるのか?

 さらに、会場別来場者数の一覧を見たら、沙弥島(7万7693人)と宇野港周辺(6201人)が今年新たに加わっている。ということは、この2会場の数字を引いて去年と同条件で比べたら、17万9120人になって、去年の20万1918人より2万人以上減ってるじゃないか。

 ということであった。念を押しておくが、私は今ここで、瀬戸内国際芸術祭批判を展開しているのではない。意味のないカウント数字を出す発表批判と、それを分析もせずに垂れ流す報道批判を展開しているのである。瀬戸内芸術祭については、もうやっちゃってしまったのだから(今年も全県下で市町も含めていくら税金を投入したのか全く報道されていないが)、ちょっとでもリターンをとるためには、たくさん人が来てくれればいいと思っていますよ。ちょっとでも無駄金を回収するためには、そう思うしかないじゃないですか。

 けど、何でそんなまやかしみたいな数字で県民に「成功した」と思わせるように偽装するかなあ。かたくなにそんな発表をするから、何か後ろめたいことがあるのかと勘ぐられるんですよ。ほんと、行政もマスコミも正直ベースで報告しましょうよ。その方がずっと楽でしょうが。正直ベースでリターンを出して、それで県民が「もうやめよう」と言えばやめたらいいし、「何億税金を使ってもまたやってくれ」と言えばまたやればいいじゃないですか。産経新聞はしがらみがないのか、割と正直ベースで報道しようとしていますけど、県や四国新聞は、何か、正直ベースで発表したらまずいことがあるんですか?

 ちなみに、ウィキペディアの「瀬戸内国際芸術祭」のところに、案の定「第1回 来場者 94万人」と書いてある。ね、言った通りでしょ? 私ごときがいくらこんなところで正しても、こうやって水増し数字が公式実数として広がっていくんだ。情報のリテラシーもジャーナリズムも、ほんと、何かひどいことになってきている。
2013年4月22日(月)

 産経新聞の投書欄に、24歳の大学生(男性)からの投書が載っていた。曰く、久しぶりに静岡県の実家に帰ったら、商店街が寂れていたと。いつもコロッケを買いに行って慣れ親しんでいた店も間もなく店をたたむと聞いたと。で、投書はこう結ばれていた。

「最近は全国どこでも商店街が寂れ、シャッター街と言われるところが増えている。商店街の衰退にはさまざまな理由があるのだろうが、やはり慣れ親しんだ店が消えていくのは寂しい。商店街は単に買い物をする場所ではなく、地元住民が交流する大切な場所でもあると思う。私たちは、自分が生まれた町のあり方や、住民の交流する場所について真剣に考えているだろうか。このままでは、全国から特色ある街並が消えてしまう。」

 私は新聞の投書欄になんかほとんど引っかからないんだけど、これは捕まっちゃいましたねえ(笑)。おそらく、中学校か高校の作文だと、90点ぐらいくれるんじゃないですか? いや、ヘタしたらどっかの新聞の一面の下のコラムでも通用するかもしれない。

 けど、あらゆる現象をリアリズムで見る因果なタチの私に余計な一言を言わせていただくと、この文章に60点以上をつけるであろう圧倒的多くの人たちには、申し訳ないが「商店街の活性化」とやらは絶対にできないと思います。

 例えば、「商店街の衰退にはさまざまな理由があるのだろうが…」で、そこを流して次に行ったら戦略の検討にも入れない。商店街を活性化させるつもりなら、そこが一番大事なところなんだけど。

 「商店街は単に買い物をする場所ではなく、地元住民が交流する大切な場所でもあると思う」というのは、商店街の衰退を嘆く人からよく聞くフレーズであるが、「商店街で単に買い物をする人」が来なくなったから商店街が衰退した(売上が落ちた)のではないのか? そして今、商店街の活性化を叫ぶ人たちは、「単に買い物をする人」を呼ぼうとしているのではないのか?

 例えば、商店街に「単に買い物をする人」が全然来なくなっても、その代わり、買い物もせずにそこで「交流する人(何をしに来る人か具体的によくわかりませんが)」が増えたらOK? それが目指すべき商店街の姿なら、それでいいんだけど。

 「私たちは、自分が生まれた町のあり方や、住民の交流する場所について真剣に考えているだろうか」というのは、主語が「私たち」であるが、商店街を活性化させるための主語は「商店街の人たち」ではないのか?

「このままでは、全国から特色ある街並が消えてしまう」という終わり方は、「作文」をする人の終わり方である。目的を達成するために動く人にとってみれば、「ではどうすべきか?」のない企画書はゴミ箱行きだぞ。

 ま、この投書は企画書でなくて作文だから別にいいんですけど、何かこういう、「実行段階のリアリズムにまるで欠けている」という類の文章が企画書的意味合いを持つ「提言」として成立しているかのような取り上げ方が、メディアにも識者にも、あるいは教育者にも、蔓延しているような気がしてならない。「ビジネスのリアリズム」と「リアリズムのない情緒」をごっちゃにして“したり顔”をしていても、現実には何も起こせないし、「リアリズムのない情緒」で何かをやると(イベントとかハコモノづくりとか)、ただ、税金が浪費されるだけになってしまう。もう、そんな事例は全国に山ほどあるんだけど。

 24歳の大学生、まだ若いから今からでも十分間に合う。「自分が生まれた町のあり方や、住民の交流する場所について」みたいな議論のための議論でなくて、そこから先の「リアリズムの世界の原理原則」を真剣に考えてくれ、というのが、リアリズムのマーケティングの原理原則から「讃岐うどん巡りブーム」を起こしたおっちゃんからのお願いです(笑)。
2013年4月21日(日)

 決意した通り、日曜は朝5時半まで起きていた。

深夜〜4:00 パソコンに向かって、石川遼のスコアをネットのトーナメントサイトでチラチラ確認しながら、原稿と格闘。
4:00〜5:30 テレビで生中継を見ながら、原稿と格闘。
5:30〜9:30 睡眠。
9:30〜10:30 宮里藍の生中継を見ながら、原稿と格闘。
10:30 宮里の体勢が決したので、テレビを見るのをやめて原稿に集中。
12:30 11日間にわたって苦しんでいた原稿1本をついにアップ!

 という感じで、まだ2本残っているので微妙な解放感に浸りながら、夕方、峰山に登ってきました。来週からインタレストの本格的な締切作業に入る。うー…いろんなものがのしかかってきて、重い…。
2013年4月20日(土)

 左一本で戦い始めた3日目の金曜日、いやー、慣れてくるもんだなあ。まだ冷たい物はしみるのだが、歯を磨いても血が出なくなった。さらに、柔らかいものなら右奥歯に送っても、多少の違和感があるくらいで何とか食べられるようになった。すると、普通に食事をしても、たいていのものは最初に左でよく噛んでおけば、左右の奥歯を使ってあまりストレスなく食べられるのである。でもまあ、ストレスが全くないわけでもないので、とても心地よいとは言えない日々ではある。

 今朝は、朝から寿司を食べた。実は、昨日の昼も寿司を食べ、さらに夜も寿司だったのである。こないだ今年の外食歴をここに書いたら、上村さんに「あんまりええもん食べてないのー(笑)」と言われたので、あの後、立て続けにフランス料理とイタリアンと焼き肉に行ったのだが、今度は3食連続「寿司」だぞ。でも、O西にはバレているので、隠すとためにならないから書いておこう。

 金曜日の昼、2コマ目と3コマ目の授業の間に研究室で授業の準備をしていたら、コンコンとノックの音がして、インタレストの脱線防止隊長O西が顔を覗かせた。見ると、手に何やら折り詰めのようなものを持っている。

O西「あのー、うちでばら寿司作ったんですけど、ばあちゃんが“田尾さんお寿司好きやろ。持って行ってあげ”言うんで、持って来ました」
田尾「おー、西の寿司か! 食べる食べる」

 手に取ると、大きさは普通の折り箱の大きさなのだが、異様にずっしりと重い。でも、とりあえず授業準備で食べる間がないのでそのままにしておいて、3コマ目が終わって午後3時過ぎ、私は包み紙を取って、折りのふたを開けたのである。そしたら、もう箱いっぱいにギュウギュウに、上部は表面張力で盛り上がらんばかりに寿司が詰まっているではないか。しかも、寿司飯の粒が立っていない、ネチャッと感のある、私の大好きな西(西讃地方)のばら寿司だ。

 まずは、折り詰めの角の部分に箸を入れて、寿司を一口分ほじり出す。おおっ! 角の部分が角の形のまま取れる! これぞ西の寿司! それを口に入れると、おおーっ! ほのかに甘みの勝った、これぞ西の寿司だ! しかも、この柔らかさが奥歯の穴に優しい!(笑)

 私はものも言わずに食べ続けた。研究室には私しかいないから、ものを言う方がおかしいのだが、慣用句を勢いで書いてしまった。ところが、10口も食べて空腹が収まったのに、全然寿司が減ってないではないか。ギュウギュウに詰まっているため、折り詰めののほんの一部を食べただけなのに、おにぎりを3つ食べたくらいの量があるのだ。

 えー、描写は以上です。そういうわけで、金曜日の夜も家に持って帰ったO西んちの寿司。それでも食べきれず、今朝もO西んちの寿司。3食連続寿司三昧とあいなったわけです(笑)。今日は一日、全身がO西だ。そのせいか、原稿がちっとも進まない(笑)。金曜日中に上げる予定だったやつが、どんどん後ろに延びている。明日は、早朝4時から、久しぶりに上位で予選を通過した石川遼のゴルフの3日目の生中継があり、そのまま続いて宮里藍が3位にいるゴルフの最終日の生中継がある。今、深夜0時半。このまま4時まで原稿と格闘します。
2013年4月18日(木)

 1ヵ月くらい前の某日、車で大学の駐車場に着いてふと走行距離を見たら88889kmになっていて、その日1日ブルーだった…という事件があったのだが、こないだの火曜日の夜、大学から車で家に帰って、マンションの立駐のゲートを開けている時にふと走行距離を見たら、90003kmになっていた。なんてことだ。たぶん、今年の年末か来年の年明け頃に「走行距離100000km」がやってくると思われるが、その瞬間を見逃した時のことを想像しただけでも恐ろしい…。

 しかし、そんなことで落ち込んでいる場合でないくらい、授業とインタレストと研究原稿のパラレルプレッシャーがのしかかっている私であった。そんな昨日の水曜日の朝のことである。私は朝の7時40分頃、ガムを噛みながら高速に乗って大学に向かっていた。そしたら、グニュ、グニュ、グニュ、と噛んでいたガムが突然、ガリ! という音を立てたのだ。ガムに石が入ってたのか?! と思って取り出してみると、うわっちゃー! 歯が抜けた!

 いや、正確には、巨大な、ほとんど奥歯一本の70%はあろうかというセラミックの詰め物(というよりほとんど歯)が、ボコッと取れたのである。舌で探ると、右下の奥から2番目の歯があったところに、大きな穴が開いているではないか!

 つい1ヵ月前に、左下奥歯の詰め物が取れて亀井歯科で詰め直してもらったばかりなのだが、その時に右下奥歯がちょっとだけ欠けていたので、そこにも少量の詰め物をしてもらったのである。そしたら1週間ほど前にその小さな方の詰め物がまた取れてしまって、今度はその詰め物が取れたすぐ横のでかいやつがボコッと取れてしまったのだ。

 そのまま大学に着いて、直ちに亀井歯科に電話しようとして、番号が解らないのでネットで検索したら、亀井歯科は水曜休みだった。けどとりあえず痛みはないし、この日は昼をまたいで授業が2本続いているので昼食もとれないから、まあええか…ということで、授業を2本終え、大学行事の説明会に出席し、ラジオの収録を1本終えて家に帰った。

 家内に「こんなんがのいたわ」言うて取れたセラミックの歯を見せたら、「晩ご飯食べられんのちゃうん」と言われたのだが、今日は昼飯抜きなのでかなり腹が減っている。私は「食べる」と言って、出された夕食と戦い始めた。

 まず、水を飲んだら、うおっ! メチャメチャしみるやんか! これはまずいぞ。続いておかずを口に入れて、まずは穴の開いていない左奥歯で噛んでいて、そっと右奥歯に移してみたら…うおっ! 痛みがある!

 しかし、腹が減っているから何としても食べねばならぬ。私はそれから、左だけでご飯とおかずと戦った。そして30分後、ついに食べきったのである。左だけで30分戦って勝利を収めた私。これはまさに、「晩飯界の井上尚弥」としか言いようがないではないか。しかし、その後でハミガキをしたら、口の中が血だらけになった。これはまさに「晩飯界の佐野友樹」とも言える。ということは、これはまさに「晩飯界の一人日本ライトフライ級ノンタイトル10回戦」だ! もうええっちゅうに。

 そういうわけで、1日明けた木曜日の今日、家内に亀井歯科に電話してもらったら、予約が一杯で来週の月曜しか時間が取れないと言われた。そこで、10年くらい前にその取れた奥歯を入れてもらった松崎歯科に電話をしたら、予約が一杯で、これまた来週の月曜日しか開いてないという。でも他の歯医者を知らないので、結局、松崎先生のとこで月曜日に見てもらうことにしました。

 あと3日、私は左一本で戦わねばなりません。授業は大丈夫なのですが、机に向かって仕事をしていると、右下奥歯の大きな穴が気になって原稿がまとまりません…と誰かに言い訳をしているんですが(笑)。
2013年4月15日(月)

 私は高松市民だし実家の母は三豊市民だから、丸亀市で何が起きてもまあ特に影響を受けるわけでもないので別に書かなくてもいいんだけど、これは誰かが書き残しておいた方がいいような気がするので、仕方がない。私がその損な役割を引き受けることにします(笑)。

 昨日、丸亀市の市長選挙があって、社民党の県議だった梶氏という方が当選されました。

 勝谷さんがイスから転げ落ちる音が聞こえたような気がしたが(笑)、いやー、びっくりした。私の感想はただ一言、

「丸亀市民はすごいなあ!」

 四国新聞の記事をピックアップしますと、

・社民党県議だった梶氏は「市民目線に立った政治の実現」を掲げ、丸亀市が進めてきた行財政改革や保育所の統廃合・民営化を「市民の声を無視した政治」と批判。社民党系の支持票のほか、現新井市政に批判的な保守票も集めた。
・投票率は56.55%で、2009年の前回(65,86%)を大きく下回り、同市長選では合併前の旧市時代も含めて過去最低となった。
・梶氏は社民党を離脱し、無所属の「市民派」として市内全域をくまなく歩き、草の根運動を展開した。一方で従来の労組中心の組織選挙も健在で、選挙戦術や運動量は2人の保守候補を上回った。
・行財政改革について梶氏は、新井市長が進めてきた、職員数の削減や各種団体への補助金の削減を「行き過ぎた行革が市民生活の活力を低下させた」と批判し、見直す考えを示している。

 ちなみに、梶氏は公約で「建物から人へ」という投資の転換をうたっていたそうで、記事の解説では四国新聞西讃支社の古田さんという記者が、四国新聞には珍しく署名入りで梶氏の主張や政策に懸念を示していた(久しぶりにちょっと骨のある解説でした)。

 いずれにしろ、このご時勢において社民党(系)に市政を託すという丸亀市民(投票に行かなかった人も当然含まれますよ)に、とにかくびっくりしました。そういうわけでとりあえず、これから丸亀市で何が起こるのか、とても注目しています。四国新聞が丸亀市政の動向をずっと追っていただければ、と、すごく期待しています。いやー、びっくりした。ほんま、丸亀市民はすごいわ(笑)。
2013年4月13日(土)

 朝早くからマスターズを見ていたら、地震が来た。マンションの8階なので、結構大揺れ。家内と「おー、でかいぞ」と言いながら、揺れる中をガスの元栓閉めて、直ちに仕事部屋に行って、わが家で「倒れたら困るものランキング第1位」の水槽を押さえました(笑)。ま、(笑)をつけていいのかどうかわからんけど、あれが倒れたら180リットルの水と100匹ぐらいの魚がぶちまけられるもんで。覆水は盆に返らないし、下の階に水が漏って迷惑がかかるやもしれんので。

 ちなみに、わが家の地震対策は、特にない。玄関に非常用のいろんなものが入った袋は吊ってあるが、それだけである。最大の対策は「いつも落ち着いている」というメンタルトレーニングだけ。で、今、落ち着いていられる理由は、「来たらしゃーない」と思っているからである。

 もし、家具や棚や家電製品が倒れるほどの地震が来れば、机の下でじっとしてることにしている。後で家の中がぐちゃぐちゃになっても、地震だからしゃーない。またコツコツと片付けをすればいい。

 もし、マンションが崩れるほどの地震が来て、助かったけど住むところも家財道具も全部なくなったとしても、「まあそれも仕方がない」と思っている。行政等から最低限の施しはあるだろうが、最低限以上は自分でどないかすればいいし、贅沢を言わず自分で頑張れば、選択肢は結構あるような気もする。まあそれはそうなった時に考えて動けばええか、と思っている。

 さらに、もし、マンションが崩れるほどの地震が来て運悪く死んだら、「それも仕方がない」と家内と2人で思っている。

 そういうわけで、結構落ち着いてガスの元栓を閉めて水槽を押さえに行ったわけです。

 それにしても、いろんな報道で見た専門家等のコメント。
・阪神大震災の余震の可能性がある。(専門家)
・何らかの関連はあるかもしれないが、余震と言えるかはわからない。(気象庁)
・南海トラフ巨大地震の直接の原因にはなり得ない。しかし、南海トラフ地震はいつ起きてもおかしくないという意味では、前兆でないと言いきれないのではないか。(地震学教授)
・今回の地震が南海トラフ巨大地震に結びつくかはわからない。(気象台)

 何じゃそれは。結局、何もわからないんでしょ?(笑)

 「明日の地震予報」が毎日テレビや新聞に載らない、という時点で、結構外れる天気予報の足元にも及ばないレベルの解明度であることは明白なんだから、地震については、メディアももうちょっと頭を整理して、「正直レベル」の報道に切り替えた方がいいと思いますが。活断層騒ぎも同じ、結局「よくわからない」んでしょ?

 もちろん、研究者にはどんどん研究してもらえばいいと思うけど、メディアや政治が「よくわからないもの」を基準にして世論や社会を動かそうとするのはいかがなものかと、かように思ったりしたわけです。土曜だけど。

 で、今朝は地震から2時間後の朝7時半頃から、峰山に3時間、行ってきました。そしたら、峰山に行き始めて10年で初めて、キジに出くわした。どうした、地震で巣が壊れたのか? 
2013年4月10日(水)

 昨日の朝起きたら、携帯に着信が入っていた。見ると、昨日の深夜0時半、O船からの着信だ。いったい何があったのだ。

 嫌な胸騒ぎがした。同級生の誰か、死んだのか? みんなもう57歳だから誰が死んでもおかしくはないが、しかし私とO船の共通の友人で、最近病気してるやつは聞いていない。ということは、何かの事故か? 深夜0時、こんな時間に事故で死ぬとしたら誰だ? ススムはこんな時間にみかん畑から転がり落ちるわけはないし…。私は頭の中で必死で該当者を探ったのだが、こんな夜中にムチャする可能性のあるやつは…なんぼ考えてもそんなやつは…O船しかおらん(笑)。

 ということで、さっそくO船に電話したのである。

田尾「昨日の晩、何やったん?」
O船「おー、いや、それがのー、こんなこと言うてええんかどうかわからんけど…」
田尾「おー」
O船「昨日の晩、飲みに行っとったんやが。ほんだらそこに、どうも四国学院の学生らしいのが2人と、おっさんが1人、何や話しよったんやけど、何か、田尾の話をしよんやが」
田尾「ほうほう」
O船「その話題がのー、田尾は絶対かぶっとる言うて」
田尾「ヅラか?(笑)」
O船「おー。ほんでの、『あれは絶対ヅラや。間違いない。俺はわかるんじゃ』いうて言いよんじゃが」
田尾「あっはっは(笑)」
O船「ほんで、俺も初めはほっといたんやけど、あんまりしつこいきん、ワシ、そいつらんとこに行って言うたんじゃが。『あのなあ、ワシ、田尾と40年も付き合いよるけど、あいつ、ヅラでないぞ。40年も付き合いよったら、ヅラになったら俺が先に気がつくわ』言うたんやけど、それでも『いーや、あれは絶対ヅラや。間違いない。俺はわかる』いうてしつこく言い張るきん、『ほな今から電話してやる』いうて電話したんじゃが」
田尾「そんなことやったんか(笑)。いやー、すまんすまん。日曜の夜から月曜の朝にかけて徹夜状態やったから、晩は限界が来て、11時半に寝てしもたんや」

 そうかー、昔からごんに「髪型がヅラっぽい」いうて散々言われ続けて来たが、ごんだけでないんか(笑)。

田尾「まあ、俺が電話に出て『ヅラじゃないんですけど』言うたって、どうせそんなおっさんは信用せんわ。どうしても確認したいんやったら、善通寺インターを降りてすぐのとこにあるGIGIいう美容院に行って、長谷川さんいうねえさんに聞いてくれいうて言うとってくれ(笑)」
O船「おー、今度どこかで出くわしたら言うとくわ」

 という、朝から脱力感に満ちあふれる事件であった。何より、学生を引き連れて「誰それの頭がヅラや」という低能な話をするおっさんに脱力。さらに、自分が確認した話でもないことを断言して言い張るという、人として情けないおっさんのメンタリティに脱力。あのなあ、子供は大人を見て、その通りの大人になっていくんぞ…(泣)。とりあえず、誰か知らんけどその学生に言うとくわ。

「付き合う大人はちゃんと選ばなあかんぞ」

 そういうわけで昨日の夕方、GIGIに散髪に行ってきました(笑)。

 今日は授業が2本。2本目はインタレストの編集会議であったが、締切が近づいてきたのにいつものように進行が危ぶまれているため、授業時間は3時までだったのだが、結局、10人くらいの学生主力メンバーが残って夜の7時まで作業を続けた。前期の授業が始まった上に、4〜5月中旬はインタレストの締切、さらに別件の重い原稿を4本抱えて、いよいよどえらい目に遭うシーズンに突入したぞ。
2013年4月8日(月)

 四国新聞の3面トップに、大きな見出しでこんな記事が載っていた。

(大見出し)
●「大手企業の利益温存加速」
●「100社、内部留保99兆円」

 で、リード文はこう書かれている。

●大手企業100社が、利益のうち人件費などに回さず社内にため込んだ「内部留保」の総額は2012年3月末(一部2月末なども含む)時点で総額約99兆円に上ることが7日、共同通信の調査で分かった。リーマン・ショック直後の09年3月末からの3年間で10%増。労働者の賃金は下落傾向が続く中、企業が経営環境の変化に備え、利益を温存する姿勢を強めている実態が浮き彫りになった。

 はあ〜… 数年前にも、同じく共同通信が鬼の首を取ったように「大手企業の内部留保がこんなに多い」という内容の記事を書いていたのだが、内部留保と言いながら、実はそれは決算書の「利益準備金」を合計した数字であって、企業会計を知る人や企業経営をちゃんとやっている経営者から「決算書の基本中の基本項目も読めない記者が大間違いの記事を書いている」と非難を浴びたはずでしょう(私もここで書きましたよ)。なのに、その非難の声はちっとも届かなかったのか(笑)、また無知がバレてしまう記事を載せているぞ。

 しかも、今回は本文中でご丁寧にこんなことまで書いている。

●内部留保は、企業利益のうち投資や人件費などに使わずに内部に蓄積した現預金など。決算では「利益準備金」として計上される。

 あーあ、大間違いの上塗りをしてしまってる(笑)。まず、「内部留保」という言い方は、決算書にも出てこないし企業経営用語としてもそんなものを使って説明する項目はないけど、まあ自分(共同通信)なりの用語認識だろうから、どういうものを指すのかを書いていれば、別に内部留保という言葉で説明してもいいでしょう。大間違いはその次。「内部に蓄積した現預金」と「利益準備金」は、全く別のものですよ。だって、決算書の貸借対照表(バランスシート)の中には、「利益準備金」と「現金預金」が別項目としてちゃんと記載されているんだもの。もう、その時点で上記の記事が大間違いであることがわかるでしょうが。

 さらに、「会社が内部で蓄積している(社内にため込んだ)現預金」の100社の合計は、当然、この「現金預金」の項目の数字を足さないといけないのに、別項目の「利益準備金」を合計してどうする。しかも、そんな「企業の現預金の貯め込み」に関係ないものを足して、鬼の首を取ったように大見出しに「大手企業の利益温存加速」って。私が編集長なら、こんな記事を書いてきたら「お前はアホか」の一言で、配置転換かクビですよ(笑)。

 蛇足ながら、バランスシートの見方を勉強している初心者の方がいたら、会計的見方ではなく経営的見方で初歩的なアドバイスをしておきます(チンペイは風呂に入ってよし)。バランスシートは、左側が「資産の部」、右側が「負債の部」になっていますね。で、それぞれの主な項目は、

<資産の部>
・流動資産(と、その他すぐに現金化できるもの)←「現金預金」はここにある。
・固定資産(土地、建物、いろんな設備や道具などの仕事を生み出す資産で、それを売って現金化したら仕事ができなくなるもの)
・投資その他の資産(保有している有価証券など)
<負債の部>
・流動負債(今は自社にあるけど、すぐに出ていくお金)
・固定負債(長期借入金など、長期にわたって少しずつ出ていくお金)
・資本金
・利益準備金←ここにある。

 という感じになっているはずです。ここで、会計的にバランスシートを見る初心者の方は、「資本金や利益準備金が何で『負債の部』に入ってるの?」というところで混乱するわけです。でもね、経営的な見方をする社長とかのビジネスマンは、バランスシートを「資産の部」とか「負債の部」という言葉で理解しようとしない。こういうふうに理解しているんです。

(1)バランスシートの右側(負債の部)は、「会社が今まで調達してきたお金」の全て。
(2)バランスシートの左側(資産の部)は、会社が今まで調達してきたお金の全て、の「使い途」。

 ね、そういう見方をすると、「資本金や利益準備金が何で『負債の部』に入ってるの?」の疑問が氷解するでしょ? たぶん、経営的にはそういう見方が正解だと思う。

 ちなみに、「利益準備金」というのは、1年間の会社の総売上から原価も経費も(当然人件費も)全部引いて残った利益(経常利益)から法人税を払って、残った利益(税引き後利益)から株式の配当と役員賞与も引いて、最後に残った“帳面上の”利益のこと。で、バランスシートに載っている「利益準備金」(共同通信が足したやつ)は、会社設立以来の毎年の利益準備金の合計金額である。だから、会社が順調であれば、合計が毎年ちょっとずつ増えていくのは当たり前である。

 しかし、「現金預金」は、利益準備金が増えてもたぶん増えていかない。理由は、会社というのはたいてい、リスクも含めた最低限の現金預金しか持たないからである。もし、それ以上の現金が残れば、企業はビジネスを拡大してさらに大きな利益を上げるべく、そのお金を上記の固定資産部分や投資その他の資産部分に使うのである。それをやらずに現金預金を貯め込んでいくと、株主から「そんなに貯め込まずにきちんと事業に使え」と怒られるからである。

 ま、詳しいことはここでは書かないけど、とにかく「企業が金を貯め込んでいるかどうか」を調べるのなら、バランスシートの中の右側の「利益準備金」ではなくて、左側(使い途)の「現金預金」の項目の数字を足さないと全く意味がない。そして、たぶん「現金預金」の合計は、上記の理由から、大して増えてないと思う。そしたら、「大手企業の利益温存加速」という大見出しは絶対付かないでしょう。

 もう、ほんとに、共同通信は誰もあの記事が間違っていると指摘しなかったんですか? その記事を載せた四国新聞も、誰もあの記事が間違っていると気がついてないんですかねえ。絶対、あの記事でミスリードされて「企業は金を貯め込みやがって」とか思っている人がいっぱいいると思う。何しろ、数年前に共同通信が同じような記事を書いた時、その記事を振りかざして国会で政府批判を展開した政党や議員がいたくらいだから。
2013年4月5日(金)

 深夜午前1時33分、2本目の原稿アップ! 通常より短めの原稿だったけど、何と、1日で上げた。よし、この勢いで明日はこないだインタビューした1時間37分のテープ起こしに突入するぞ!……(泣)。

 さて、今日は朝から研究室でこの1本目の原稿に取り組んでいたのだが、昼前に学生が「入社試験の面接のレクチャーをしてください」と言ってやって来た。まあまあ優秀な学生なので向上心があっていろいろ質問してくるのだが、一つだけ気になることがあった。すなわち、「テクニック」を身につけようとするメンタリティが強いのである。曰く、「誠実さを相手に伝えるにはどうやればいいのか?」、「熱意を伝えるにはどうやればいいのか?」等々。そこで私は、

田尾「ええか? 誠実さを伝えたいと思ったら、自分が誠実な人間になることだ。熱意を伝えたいと思ったら、自分が熱意のある人間になることだ。15年以上にわたって会社の現場で採用の面接をやって来た私に言わせれば、社会に出たことのない学生ごときが短期間で取り繕ってきたテクニックなんか、全部バレるぞ」

 原稿に追われる中、何事にも全力の私は、2時間半もレクチャーしてやりました。面接のテクニック以前に、ほとんどが「ビジネスの何たるか」のレクチャー。で、終わった時に言ってやりました。

田尾「この2時間半で俺がいろいろ言うたこと、大半は忘れてもええぞ。それより、今、2時間半俺としゃべってた時の、自分の意識と精神状態を覚えて帰れ。それがお前の、あるがままの誠実さと熱意や。それがそのまま出せたら、合格」

 かっちょいー(笑)。

田尾「ただし、採用人数の決まってる会社の採用は相対評価になるから、お前よりもっとええやつがいっぱいおったら落ちるぞ」

 現実的ー(笑)。
2013年4月4日(木)

 朝6時からパソコンを開けて、苦しみながら原稿に取り組むか、ここは一つ気分転換に峰山に登ってくるか…と、しばらく葛藤していたのだが、結局時間が惜しいので原稿に取り組むことにした。でも、なかなか進まない。そのうち、マンションの下で何やら工事が始まって、窓を閉めても騒音が入って来始めた。そこで、意を決してパソコン持って、朝の9時半頃から喫茶くつわDoに行きました。

 そしたら、頭の中のモヤが晴れて原稿が進み始めた! コーヒーを飲みながら1時間、カフェオレを追加して1時間、さらにコーヒーを追加して1時間、昼の12時半頃、1本目の7割くらいまで一気に進んだ。そこで、パソコンのバッテリーが切れかけたので退散。すぐ近くの一富士にまた行って、メシ小、味噌汁、ぬた和え、丸々とした焼き鮭の切り身とたくあん二切れを食べて、家に帰って再び仕事場に入る。

 そして、また一旦つっかえたものの、夜10時半、1本目の原稿がついに上がりました。ふえー、出来上がったあとで読み返したら、いつも「何でこれにこんなに時間がかかったんやろ…」と思うんよなあ。ま、簡単なものを難しそうに書くより、難しいものを簡単そうに書く方がずっと難しいんですね。いつもラジオなんかで「大したことないものを大げさにしゃべる」いうのをやっておりますが(笑)、どうもそっちの方が楽なもので(笑)。

 そういうわけで、今年の外食(喫茶含む)回数ランキングは、本日時点でこんなことになっている。

<6回>
・喫茶くつわDo(全部原稿書きのため)
<4回>
・センチュリーホテルの喫茶(全部インタビュー取材のため)
・コーヒーとスパゲティの店ゴッコ(笑)
<3回>
・がもう
・なかむら
・おか泉
・王将南新町店(トホホ…)
・食堂イタミ(いつもオムライス)
・umie(打ち合わせ1回、原稿書き2回)
<2回>
・あづま(2回とも上原と)
・岸井
・さぬき麺市場
・清水屋
・一福
・宮武
・連絡船うどん(徳島行きと石川行きの時に腹が減って仕方なく・笑)
・ここも(回転寿司)
・函館市場(回転寿司)
・丸恵(焼肉)
・鯉丹後(ラーメン)
・遊(割烹)
・一富士(一膳飯屋)
・ホテルクレメントの喫茶(打ち合わせ2回)
・JOYFUL(2回とも上村さんと深夜〜朝まで)
<1回>
・多田製麺所・歩・谷川米穀店・小縣家・田村・山下(善通寺)・山下(坂出)・はなや食堂・よしや・宮川・やまうち・竹清・あたりや
・タケダ食堂・ロンドンヤ・一鶴高松店・ふみや(お好み焼き)・王将春日店(トホホ…)・CoCo壱番屋南新町店(トホホ…)・びっくりドンキー東バイパス店(トホホ…)・明神そば・居酒屋まるちゃん・南地食堂・遊食房屋・無(イタリアン)・お好み焼きはやし(徳島、チンペイと)・酒肴人(大阪)
・かまど喫茶(坂出)・喫茶コンピーラ・リーガホテル喫茶・ライオン通りのダーツバー・片原町のガレージみたいなカフェ・カフェドルフィン・D's CLUB(ジャズバー)・徳島のバー(チンペイと)・ウィリーウィンキーの喫茶(高知)・高知駅カフェ・イスラエルバー(大阪)・和倉温泉の喫茶・金沢の喫茶・京都の喫茶

 何か、食生活レベルがバレるなあ(笑)。
2013年4月3日(水)

 ここ5日ほど、またまた原稿に苦しんでいる。もう進まない進まない(笑)。若い頃に比べると、長文を書く時の集中力が明らかに落ちてきているのを感じますね。先週末からの主な行動は、

3/29(金)
・インタビュー取材1件(約2時間)
・あとはずーっとパソコンに向かって原稿と悪戦苦闘。
・夕食は家内と2人で回転寿司「ここも」。

3/30(土)
・朝からゴルフのようなものをする。
・夕方、1時間くらい麻雀のようなものをする。
・夕食は家内と上村さんと松村夫妻の5人で「おか泉」。
・その足で、オカタニが丸亀駅のカフェで歌う(ジャズ)というので5人で行ったら、満員で入れず。仕方なく、廃墟のような富屋町商店街を抜けて、その辺にあったカフェに入って1時間半ほど話をしながら過ごし、続いて別のジャズバーを見つけて入って2時間近く話して、夜中の0時頃帰宅。そのまま3時過ぎまでパソコンに向かい、ちっとも進まないまま沈没。

3/31(日)
・丸一日、家から一歩も出ずにパソコンに向かって、遅々として進まず。
・勝谷さんとの対談本の校正。

4/1(月)
・朝から大学の研究室に場所を変えてパソコンに向かっていたら、学生が相談に来たので履修指導。
・昼過ぎ、昼食で田村に行ったらH谷川君とばったり出くわす。何と、H谷川君がうどん代を出してくれた上、帰り際に自販機で缶コーヒーまで買ってくれたので、これは何かの口止めに違いないということで、詳細レポートはしないことにする(笑)。
・午後2時、喫茶「くつわDo」に行ってパソコン開けて原稿に取り組むが、遅々として進まず。
・午後6時、FM香川で『うどラヂ』の収録。

4/2(火)
・朝10時から入学式。ちなみに、翌日の四国新聞に四国学院大学と高松大学の入学式の記事が並んで載っていたのだが、記事中、うちの学長の式辞は「大学では教科書を鵜呑みにするのではなく、違った物語を求める勇気を持って学んで欲しい」、高松大学学長の式辞は「国内外の厳しい環境や課題を乗り越えられるよう、人としての絆を大切にしながら初志を貫徹して欲しい」とまとめられていた。な、うちの学長のメッセージ、いつもながら断然生きてるやろ。
・昼食は高松に帰って午後2時頃、日本で2番目にうまい一膳飯屋「一富士」で。

4/3(水)
・朝4時に起きて顔を洗ってベランダで頭を冷やしていたら少し構成がまとまり始めて、原稿が進み出す。10時頃、ネットで原稿を書くための情報収集をしていたら、ダルビッシュがえらいことになっていたのでテレビを見る。レンジャーズの攻撃になったら原稿を書き、ダルビッシュが投げ始めたらテレビを見ていて、あんなことになりました。
・昼食は午後2時頃、家内と「あたりや」。

 そういうわけで、4月8日までに4本上げる予定の原稿の1本目でまだ苦しんでいます。さらに、締切が1ヵ月後に迫ってきた『インタレスト』が、まだ手つかずという、恐ろしいことになってきた。しかも、来週から授業が始まる。どうする、原稿危機! どう読む、湾岸危機! どう見る、瀬戸内国際芸術祭(笑)。
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