2013年12月の日記 |
2013年12月31日(火)
午後3時に一福にうどん玉を買いに行ったら、店の営業が終了していた。でもうどんは買って帰らないといけないのでおそるおそる戸を開けたら、店の人たちがみんな、店内の後片付けをしていました。
大将「H谷川さんから20玉とお聞きしていたので、用意してあります」 田尾「すまんなあ。今日、清水屋が開いてたら一福と清水屋で分けて買おうと思ってたから、19玉でよかったんやけど」 大将「清水屋さん、開いてても1玉じゃないですか!」
と、いじられキャラの清水屋さんを年末までグッと引き立てておいて(笑)、余ってた天ぷらも10個買って帰りました。家に帰って「天ぷらまで買うてきた」言うたら、キッチンで家内が今晩の実家集合用に山のように天ぷらを揚げていて、怒られました。
夜の6時、一福のうどん20玉と天ぷら10個とぶっかけダシのボトルとそばと、家で揚げた大量の天ぷらと大量のエビフライとジャガイモの素揚げと、家で作った里芋やゴボウなんかの煮っころがしと、桶で注文してた握り寿司を車に積んで、私と家内と長女の3人で家内の実家に到着。実家のばあちゃんが作った大量の赤飯と合わせて大きな座卓に盛りつけをし、さっそく食べ始めていたら、7時半頃、家内の弟とその長男が仕事を終えて到着。続いてうちの長男到着。さらに遅れて、遅くまで仕事をしていた家内の弟の次男到着。じいちゃんも入れて今年も9人ですわ。
ただねえ、みんな「紅白」見るんだ(笑)。ほんでまた、誰がどうしたとかこうしたとか、「うわ! ○○が出てきた。絶対出ん言いよったのに!」とか、みんなよう知ってるわ。俺、『あまちゃん』とかも1回も見たことないから、まるで付いて行けん(笑)。
9人中、紅白にまるで興味がないのは私と弟の次男ヒロ(24歳)の2人です。私らは紅白に背を向けて、座卓の隅でヨタ話をしていました。
田尾「仕事は順調にできよんか」 ヒロ「うん。今度、職場のナンバー2に上がった。おっちゃんが言いよった通りやわ。真面目にしよったら、ちゃんと見てくれとる人がおった」 田尾「そやろが。けどな、これから上に行くにつれてだんだん、言われたことを真面目にしよるだけでは足りんことがわかってくるぞ。上に行ったらな、下ができてくるんや」 ヒロ「それそれ、下ができたらめんどいわー。上と下の板挟みになって、上から言われる、下から言われる、上に言わないかん、下に言わないかん。けど上にはなかなか言いにくい」 田尾「部署の中で上と下でなかなかうまいことまとまらんようになる。これ、どこの会社でも組織でも絶対に抱えとる、永遠の葛藤や。けどな、その時に、問題を解決するための一つの大事な視点があるんや」 ヒロ「何、何?」 田尾「お客さん」 ヒロ「え?」 田尾「あのな、社内のやり合いの多くは、下が上に文句を言うか、上が下に文句を言うか、例えば上からの命令に対して『それはムチャや』とか『あの上司のやり方はおかしい』とか、下からの不満に対して『ごちゃごちゃ言わんとやれ』とか『そんな文句は聞けん』とか、要するに、たいていの人が『社内の上と下』でやり合うんや。けどな、会社には『社内の上と下』の関係と『うちの会社とお客さん』という関係の2つがある。どっちが優先や?」 ヒロ「お客さんやな」 田尾「そやろ? 会社とお客さんの関係がうまく行ってたら、お客さんは喜んでくれて会社も利益が上がって、会社の利益が上がったら社内の問題の大半は解決する。逆に、社内の上下関係がうまく行ってみんなお友達みたいに仲良くなっても、お客さんから見放されたら会社がアウトになって、仲良かった社員の上下関係もだんだん悪くなってくる」 ヒロ「わかるわかる」 田尾「そこでや、上司から言われたことや下から言われたことに納得がいかんかった時に、情緒で言い合うんじゃなくて、『どっちがお客さんのためになるか? とっちがお客さんが喜んでくれるか?』と考えて物事を判断してみる。あるいは、『どっちがお客さんのためになるか? とっちがお客さんが喜んでくれるか?』というロジックで上司や部下に話をしてみる。すると、上司や部下に対する好き嫌いの感情が脇に置かれて、建設的なやりとりになってくる。これ、目的と手段の整合性をとる、という戦術の一つや」 ヒロ「それ、使お(笑)」
とかいう、組織のマネジメントの初歩的な原理原則の話をしていたら、紅白が終わって、お開きの時間となりました。みんなそれぞれに、すがすがしい顔で解散しました(笑)。途中、紅白のテレビ画面にちょっとヤな感じのものが映っていたのが目に入ったけど、その話は今日はいいや。
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2013年12月30日(月)
毎年12月31日は夕方頃家内の実家に行って、うだうだと食べながら話しながらテレビを見ながら夜中まで過ごすことになっている。じいちゃんとばあちゃん(家内の両親)と、うちの家族と家内の弟の家族と、たいてい7〜8人がテキトーな時間に来てテキトーな時間に帰るという、緩い夜である。食べる物は毎年、家で作った魚料理や赤飯や、買ってきたお総菜や、もらってきた寿司などが山盛りにあって、そこにうどんとそばが来る。
うどんは毎年、親戚筋に当たる「田井」からゆでうどんを20玉くらい買ってきて、夜になってかなり延びたやつを、家で作ったしっぽくで食べるのであるが、その田井のおっちゃんが「今年は体の調子がようないけん打たん」と言うので、どこか他から調達せないかんことになったのである。しょうがないなあ。
田尾「H谷川く〜ん、12月31日って、一福とか清水屋とか開いとん?」 H谷「どしたんですか」 田尾「いや、かくかくしかじかで、一福か清水屋でうどん玉、20玉くらい買わないかんのやけど」 H谷「うわー、長がどっち選ぶんか気になりますねえ(笑)。えーと、一福は間違いなく開いてますけど、清水屋は電話で聞いてみないとわかりません。僕、店の場所知りませんし、聞かなくてもいいですよね」 田尾「一福で買えっちゅうことか!」
相変わらず、H谷川君の清水屋への愛情溢れるアドバイスの結果、今年の最終うどんは「一福の延びたうどん」になることが決定した。
田尾「けど、31日は一福、何時までやっとんや? 食べるのは絶対、晩の6時7時になるから、できるだけ遅い時間に買いたいんやけど」 H谷「じゃあ、今から電話で聞いて折り返します」
と言って10分後、H谷川君から電話が来た。
H谷「3時頃まで打ってるそうです」 田尾「ほな、その頃買いに行くか」 H谷「もっと遅くても大丈夫だとか言ってましたよ。5時でも7時でも、長のためならいつまででも待ちます、とか言ってましたけど」 田尾「あかんあかん。そんなん、一回釜の火を落として、俺ごときのためにまた湯を沸かし直さないかんやんか。この原発全面停止の折、そんな無駄なエネルギーは使たらいかん」 H谷「いや、3時に打ったやつを冷蔵庫に入れてずっと置いときますって」 田尾「あ、そ」
とか言いながら、でも愛情に満ちあふれた私は今日30日の昼、家族で清水屋にうどんを食べに行ったのです。で、もし清水屋が31日も営業してたら清水屋と一福で10玉ずつ買おうと思っていたら、清水屋は31日休みだって。ふー、2カ所も回るハメにならなくてよかったよかった(笑)。
そういうわけで、今年の初うどんは三木町の多田製麺所でしたが、締めは店は清水屋、麺だけなら一福という年になりました。それにしても今日の清水屋の麺は、創業以来最高付近の素晴らしさでした。
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2013年12月28日(土)
有馬温泉に行っていたため、また日記が1週間も空いてしまった。ウソです。1泊しかしてない。
有馬温泉は約1年半ぶりの2回目だが、別に有馬温泉好きというわけではない。去年も今回も、家内が神戸三田のアウトレットに行くというので、どうせ三田に行くなら温泉で一泊…と思ったら近くに有馬温泉があったという、わが家のセットコースである。
10:00 家内と高松を車で出発。 12:30 三田アウトレットに到着。 12:40 イッセイ・ミヤケで店の人を笑わせながら1時間以上も店内で滞在。 14:00 いつまで経っても家内の買い物(といっても品定めをしてるばっかり)が終わりそうにないので、1人でカフェに入ってコーヒー飲みながらパソコン開けて原稿に取りかかる。 16:00 “書斎”変更。カフェを出て駐車場に帰って、車の中でまた原稿に取りかかる。 17:00 「時間が足りんけん、明日もまた来る」と言いながら家内が帰ってきて、有馬温泉に向かう。 17:40 温泉宿に到着。
今年は羽生に会わなかった。去年も会いはしなかったけど。で、温泉入って、メシ食って、温泉入って、原稿書いて、寝て、翌朝、まだ薄暗い7時前から、一人で散歩に出かけました。
フロントで「散歩行ってきます」と言って周辺地図をもらって、ほとんど人も歩いていない有馬温泉の街中をくまなく歩いて、それから山に登ろうと思ってどんどん坂を登って行ったら、湯泉(とうせん)神社という神社があった。私は、目を皿のようにして探しました。何を? って、決まってますやん。O西、タケちゃん、有馬温泉の湯泉神社は大己貴命(オオナムチ)と少彦名命(スクナビコナ)じゃ(笑)。しかも、大己貴命は有馬温泉を発見したとか書いてあったぞ。
結局、そこから山の上の愛宕山公園とかいう所まで登って、朝から1時間半も歩いてきた。帰ってきたら、フロントの人に「道に迷われたのかと思っていました」と言われました(笑)。
この日は11:00頃からまた三田のアウトレットに行って、また同じようにカフェと車の中で原稿を書いて、ついに1本を仕上げました。その足で高松に帰る途中、淡路島で洲本温泉に1泊して、翌日は鳴門の大塚美術館に行って、そこから徳島市内のお好み焼はやしでお好み焼きを食べて、高松に帰りました。何か、小学生の作文みたいになってきたな(笑)。
とりあえず、今週は峰山にも登って水槽の水替えもして原稿も1本上げて、かなりええ調子です。新聞が連日ヒステリーみたいな記事を載せまくっているのが気分悪いですが、産経新聞と勝谷さんの有料配信メールと都村さんの長生塾Q&Aでバランスを取りながら(笑)いろいろ考え事をする、今日までは久しぶりのちょっとゆったりした年末です。
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2013年12月21日(土)
昨日、年内の授業が終了しました。15:00過ぎに3コマ目の授業を終え、そこから学生の個別指導(卒業研究指導とか履修指導とか)が4人。あと、聴覚障害を持つ学生に筆談とパソコンによる授業のような指導を1時間半ほどやって、夜の18:30頃、終了しました。そこでちょっと目頭が熱くなるような場面があったのですが、ここで書くわけにはいきません。
依然として、体はなまったままです。年末年始あたりで、鬼のように峰山に登ろうと思っています。忘年会や飲み会みたいなのは、もう10年以上ほとんどありませんので(そんな友達がほとんどいないので・笑)、その手の不摂生は大丈夫。来年の仕事始めまで2週間くらい、「抱えている仕事を全部片付けてしまうぞ!」という決意表明をして、本日のご挨拶とさせていただきます。ふー、解決してやらないかん悩み事(私のでなくて他人の)も2つあるんよねー。
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2013年12月17日(火)
チンペイに「また日記止まってるじゃないですか」と言われたので、奮起して本日午後2時、1週間苦しみ続けた岩のような原稿を仕上げたわ。で、プチ油断モードでススムんちのみかんを30キロも買うたら、さらに5キロぐらいサービスでくれた。これで1ヵ月は持つような気がするが、普通の人が見れば「どんだけ食べるんや!」ですけど(笑)。
今年も年内、仕事が山積みです。香川で一番たくさん祀られている神様は、オオヤマヅミです。またしばらく峰山にも登ってない。水槽の水も3週間替えてない。今晩も日付が変わるまで原稿に取り組まないかん。明日はインタレストの編集会議で、次号の企画出しが始まる。河井率いる新チームが、涙が出るほど集中して取り組んでいるので、ちょっと期待。
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2013年12月10日(火)
勝谷さんをはじめ数人の方から、「瀬戸芸がとうとう来場者数の水増しカウントを改め始めましたよ!」という内容のコメントを頂いた。私は読んでなかったので知らなかったのだが、今朝の朝日新聞のローカル版に、概ねこんな内容の記事が載っていたらしい。ネットで見て、数回載っていた関連記事をざっとまとめると、
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(1)瀬戸芸実行委はこれまで、島と港ごとに計40カ所の基準作品を決め、40カ所でカウントした人の数を全て合計して来場者数とし、カウントする基準作品数を増やした今回は、前回の約93万人より多い107万368人が来場したと発表していた。実際には一度に複数の作品を鑑賞する人が多いため、重複する可能性が高い集計方法だった。
(2)そこで、公表されている107万人から重複分を調整して、来場者数は30万人とした。計算根拠は、島への乗船人数と、島の代表的な1作品(小豆島は3作品)の鑑賞者数をもとに、島民や芸術祭以外の訪問者を除いて推計した。この結果12島で約65万人となり、1人が2.2島を訪問するとのアンケート結果から、約30万人と推計した。
(3)この30万人という数字をもとに、実行委と日本政策投資銀行は芸術祭の経済波及効果を132億円と試算した。計算根拠は、来場者アンケートの結果をもとに、1人あたりの消費金額(宿泊料金、交通費、土産購入費など)を、 ・県外からの宿泊客(全体の43%)…4万1870円 ・県外からの日帰り客(同23%)……1万4529円 ・県内の宿泊客(同1%)…………… 3万1762円 ・県内の日帰り客(同33%)…………1万4899円 と前提し、これらを合わせて77億円。加えて、雇用者の所得増に伴う県内産業の生産増などの波及効果を55億円。合わせて132億円の経済効果があったとした。
(4)実行委員会は、収入が11億7500万円、支出が10億1500万円で、1億6000万円の黒字となった。
(5)これらの報告に対し、県議会や委員会では議員から「北川フラム総合ディレクターが全てに采配をふるうのは間違っている」、「延べ人数を総人数にする発表で、成功を宣伝している」等の意見が挙がった。
(6)県の担当者は「人が複数会場を動くので来場者数の定義が難しい。前回との比較では、今後も107万人の数字を使う」と話し、訂正はしない方針だ。
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以前から、「行政が投資的支出を行う時の『投資(税金投入)とリターン』をきちんと検証しないと、お金が減っていくばかりになる」という原理原則について、瀬戸内芸術祭を恰好の例として指摘してきて、それに勝谷さんも一緒になって賛同してくれていたのであるが、実行委員会(実質は県だけど)がとりあえず、来場者数のダブルカウントとリターンの推計を発表することにしたようである。
で、その発表を新聞が書いたということである。ちなみに、この朝日新聞の記事には「行政の投資額(税金投入額)」に関する記述はなく、一方、四国新聞には「県は負担金の2億円とは別に、緊急雇用創出基金事業や関連事業として約3億8千万円支出した」と、行政の投資額の記述があったが、来場者数は107万人とだけ書いてあった。たぶんどちらも、「行政の投資とリターン」の考え方、具体的には「リターンのとれる投資をしないと県民は豊かにならない」という原則の理解が、一歩進んだとは言え、まだ十分ではないのだと思う…って、何を私ごときがえらそうに(笑)。
さて、では上記の発表内容について、もうちょっと詳しく見てみましょう。というのは、上記の記事はまだ「お上の発表をそのまま載せただけ」であって、新聞記者としての、あるいは行政のチェック機関である新聞としての分析が全く入ってないからである。
(1)について。「重複する可能性が高い集計方法」とあるが、「可能性が高い」のではなくて、100%重複していますよ。
(2)の来場者数について。「107万人の重複を全部取り除いたら30万人になった」という大本営発表の数字を再度検証するのが、チェック機関の仕事です。例えば、会場内の基準作品40作品について、来場者全員が「1人1作品しか見ずに帰った」とすると、実数として「107万人が来た」ということになるけど、来場者全員が「1人平均2作品を見て帰った」とすると、実数はその半分の「54万人くらい」になる。同様に、1人平均3作品なら107万人を3で割って実数36万人くらい、1人平均4作品なら27万人くらい…
…と計算していくと、「30万人」というのは「来場者全員、40もある基準作品(全部で200以上ある作品の、おそらく人気トップ40的な作品)のうちの4つくらいしか見ずに帰った」という話になりますね。第一感として、「県外からわざわざ来たのに、200作品の中のトップ40のうち4つだけ見て帰るって、それはないだろう」と思ったら、そこを検証しないといけない。でないと、「記者クラブでもらった情報をそのまま流す」というメンタリティがちっとも変わってないことになる。
ややこしい計算式を作らなくても、たぶん調べられますよ。島なんだから交通手段は船しかない。だからシンプルに、期間中の島への乗船者数(船会社が持ってると思います)を足して、島民の利用者数を概算で出してそれを差し引いたら、生活利用以外の島への上陸者数が出るでしょう。それがたぶん、実数に一番近いと思いますよ。
ちなみに、「1人が2.2島を訪問するとのアンケート結果」は、前回が「1人が3島を訪問していた」という結果発表があったから、1人の巡る島の数が減ってますよ。
(3)の経済効果について。基準の「30万人」の再検証で数字が違ってくると思うけど、それとは別に、客単価の計算根拠を再検証するのがチェック機関の仕事です。例えば、県外からの宿泊客が1人平均4万1870円も何に使っているのか? 日帰り客との差額を見ると、宿泊に1人平均2万7000円も使っているのか? 同じく県内の宿泊客も宿泊に1万7000円も使っているのか? さらに、県外からの日帰り客が1万4529円使って、県内の日帰り客が1万4899円ということは、県内客の方がたくさんお金を使っているのか? それは何に使っているのか?……等々、検証項目は結構あります。
また、経済効果のうち、特に県内客の飲食費は「代替消費」の部分が大きい(芸術祭がなくても他の店で外食をしている人の消費額は、全体として右から左に移っただけだから上乗せ消費になっていない)ので、まんまカウントすると、これもダブルカウントになる。
(4)の実行委員会の収支について。その黒字はどうしているのか? 税金を何億ももらって出した利益だから、それは行政に返しているのか? あるいはプールして何か別のものに使うのか? という分析がないですね。
(5)の議員の質問について。総合ディレクターが全てに采配をふるうのは当たり前でしょう(笑)。ちなみに、ネットに上がっている福武財団の事業計画書を見ると、財団の瀬戸芸関連支出は9億円くらいあって、瀬戸芸会場の15以上の施設の運営(新設含む)をやっているようです。今、瀬戸芸が全て県の手柄みたいに報道されていますが、福武財団が担っている部分をちゃんとお知らせしてあげると、瀬戸芸の全体像が何事であるかが正しく認識されるはずです。それを調べて知らせるのも、メディアの仕事でしょう。
(6)県の担当者のコメントについて。「人が複数会場を動くので来場者数の定義が難しい」というのは、別に難しくないと思います。さっき言った「船の乗降客」だけから、シンプルに概数が出てくると思います。それにしても、この期に及んでまだ「今後も107万人の数字を使う」とは(笑)。前回との比較が必要なら、前回の数字も実数計算して比較した方がいいと思いますが。
これは決して責めているのではありません。とにかく、いろんなものを正直ベースに修正していった方が、後々、絶対に発表事(ごと)が楽になると思うからです。正直ベースで発表して、うまく行けば「こんなにうまく行きました!」と言えばいいし、結果が良くなければ「すんません、イマイチでしたから、次どうするか皆さんのご判断を」とかいって議会に投げればいい。
どんな事業だって、やってみなければわからない部分が大きいのだから、やってみてうまく行かなければ改善して行けばよい。ただ、うまく行ったかどうかを誤魔化して次の判断をすると絶対に良くない、というだけの話です。
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あと、ついでにネットで瀬戸芸関連の記事を見ていたら、北川フラムさんの「予算に基づき開いている以上、来場者数を把握することは必要だし、役所や議会は特に重視します。数え方は概ね妥当だと思いますが、本質的にはあまり意味がない。芸術祭を見ていない人ほど、数字にこだわる傾向がある」というコメントがありました。
また、関連して京都芸大の建畠学長の「アートの可能性を数字で測ることはできないが、国際展の場合は規模も予算も大きく、動員や話題性を暗然のうちに求められる。美術館でも投資効果を重視するようになっている」というコメントも載っていました。加えて、「マスメディアこそが数字を重視する、という声もある」と。金沢21世紀美術館の秋元館長の「作品を見せるだけでなく、地域ににぎわいをもたらす交流の意味が大きくなっている。来場者数はその目安にはなります。でも、そこで起きているアート体験は、一人ひとりのものなんです」というコメントも載っていました。
よく聞くようなロジックで、個々の内容は全くおっしゃる通りだと思いますが、根本的にそれは、「芸術祭の情緒的(善し悪し、好き嫌い等)評価」の話と「行政の投資に対するリターンの評価」の話を混同していると思います。
例えば、「芸術祭を見ていない人ほど数字にこだわる」のではなく、「税金の使い途をチェックする人(特に投資的事業)は数字にこだわる必要がある」のです。芸術祭を見ていない人は、芸術祭の情緒的善し悪しについて大きなコメントはできないだろうけど、県民の経済的な豊かさの実現については、芸術祭を見ていようが見ていまいが、数字を見て判断できるし、むしろ数字で判断しないといけないのです。
また、「規模や予算が大きいものが動員や話題性を求められる」のでもなければ、「マスメディアこそが数字を重視する」のでもない。「リターンのない投資をしているとお金がなくなる。それはまずいことになる」という、経営的な視点が求められている組織や会社や個人が、当然の如く「数字を求める」のです。
経営的責任を負ってない人や、経営的責任を考えなくてもいい人(お金がなくなっても誰かが責任をとってくれると思っている人)の「情緒的な意見」は、それがいかに正しくても、「経営会議」ではほとんど意味のない発言になります。私はその「経営会議の話」をしているのです。と言っても、経営したことのない人はわからんのだろうなあ。ま、いいか。ちょっとだけ前に進んだかもしれんから。
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2013年12月6日(金)
今日は苦しかった。
朝から研究室で原稿に苦しみ、11時前になってやっと1ブロックの構想がまとまりかけたと思ったところで、11:10から授業で思考がブッツリ切れた。
12:40に授業を終えて、昼飯も食わずに研究室で構想を整理し直して原稿に取り組み始めたところで、13:30から次の授業で思考がブッツリ切れた。
15:00に授業を終えて、15:30頃から学生の卒業研究指導、16:50から次の学生の卒論指導。それを終えてまた原稿に取りかかっていたら、18:30になった。
19:00からO西とタケちゃん主導の「インタレスト打ち上げ」に突入。私は会場にパソコンまで持ち込んで頑張ろうとしたのだが、20数人も参加した慰労会会場で仕事をしてたんじゃみんなも興ざめになるから、仕事するのはやめた。
21:00、打ち上げ終了。直ちに家に帰る。
22:00頃から原稿に取り組んで、午前1:00、かれこれ1週間以上苦しんでいた原稿を1本上げました。ふえ〜、あと5本だけど、明日次のインタビューがあるので、たぶん2本増える…。
今日、四国新聞にたぶん共同通信の記事だと思うけど、こんな見出しが載っていました。
企業に活力/家計に手薄
消費税増税時に実施される政府の5.5兆円の経済対策発表を受けた記事である。およその主旨は、見出し通り、「企業に活力が出るだろうが、増税の規模に比べて低所得者に対する現金給付などが手薄だ」というものであった。
この手の主張を見るたびに、私は思うのです。低所得者だろうが中所得者だろうが高所得者だろうが、「所得者」というのは本来、働いて「企業」から給料という「現金給付」をもらう者であって、行政から現金給付をもらう者じゃないだろうと(税金の現金給付で飯を食っている公務員は除く)。
私の中で、お金の流れの原理原則は、
(1)企業→(給料)→所得者→(税金)→行政 (2)企業→(税金)→行政 (3)行政→企業(企業活動の活性化のための投資) (4)行政→所得者になれない「真の弱者」
の4ルートだけである。この中に「行政→所得者」というルートはない。そんなルートを作ると、何かの公平で建設的な原理原則が歪んでしまうと思うからである。
でも、今、誰も何の疑問も持たずに上記のような見出しが当然のことのように書かれ、当然の主張のように受け入れられていますよね。それが、とても気持ち悪いんですけど…と書きかけたけど、ここからロジックを展開する気力が今日はないので寝ます。
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2013年12月5日(木)
こないだ、身近な某友人からこんなことを言われた。 「田尾さんは地域の行政とかいろんな取り組みとかによく意見したり批判したりしているけれど、絶対に理不尽なことがいっぱいあるはずの大学内での問題については、一切書きませんね」
私は即答しました。 「それは、私の中では『書いてはいけないこと』になっている」
自分が所属している組織に問題点や疑問、怒り等があれば、私は組織の中で解決を図るために、組織の中でしかるべき部署や人に対して意見を言うことにしている。それが、組織に属している人間のとるべき正しい(正攻法の)手段だと思っているからである。
具体的な方法はいくらでもあると思っている。例えば、上司に進言する。上司が聞き入れてくれなければ、もっと上に進言する。会議があればそこで発言する。それでも受け入れられなければ、受け入れられない理由を考える。自分の意見に間違いがあるのか、説明の仕方が悪いのか、自分が情緒的に嫌われているから聞いてもらえないのか。間違いがあるのなら意見を考え直す。説明の仕方が悪くて真意が伝わってないのなら、説明の仕方を考える。嫌われているだけで聞いてもらえないのなら、なぜ嫌われているのかを考える…等々。
それでもどうしても意見が受け入れられないなら、とりあえず静観してみる。それで組織がうまく行ったなら、自分の意見は大したことなかったということがわかる。静観していたら組織がうまく行かなくなったら、自分の意見が正しかったかもしれないと考える(自分の意見の通りにやったとしてもうまく行かないことが考えられるから)。
でも、「それ見たことか」と言いふらしたりはしない。「自分は別の意見を述べた」という事実だけがしかるべき人たちに残れば、組織の中で少しずつ発言力が増していくことになるから、それでとりあえず今のところは良しとする。そして、機会を見てまた意見を述べる。また聞き入れられなくても、また同じことを繰り返す。その結果、「これはもう、どうしてもどうにもならない」となれば、その組織に所属するのをやめて、頑張って他の組織を探すか、自分で何かをやる。そういうスタンスと覚悟でいるからである。
そういう努力をやらずに、覚悟も持たずに、本来組織内で解決すべき問題をいきなり組織外にブログやタレコミで発散するというのは、自分に与えられた手段を放棄して天皇陛下に手紙を渡すような人や、よその国に行って日本の悪口を言いふらす大統領と同じ種類の人間になってしまう…と、自分では思っているからである。
もちろん、組織外に意見やアドバイスを求めることはある。でもそれは、愚痴を発散するのではなく、組織内で解決するための意見やアドバイスを求めるのである。例えば、家の中で問題や揉め事が起こったとしたら、外の人に意見やアドバイスを求めることはあるかもしれないけど、ブログで「うちの家族はこんなにひどいやつらだ!」と世間にぶちまけるやつはいないでしょう。いるんですか?(笑)
もしいたら、その家族は修復不可能に陥るんじゃないですか? さらに言えば、そんなものを外にぶちまける人は、自分の溜飲を下げて、同時に自分の評判も信用も人間性も下げてしまうことになると思うんですが。
だから書かないの。保身で書かないのじゃなくて、それは手段として間違っていると思うから書かないのよ。それより、書かないかん原稿が押し寄せているので、日記で現実逃避している場合でない(笑)。なのに明日も授業と卒業研究指導と、学生から「インタレストの打ち上げやるので来てください」という予定まで入って夜までびっしり。土曜の朝までの原稿を抱えて苦しんでいるのに、どうしよう、趙紫陽。
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2013年12月4日(水)
いやいやいや、インタレストの締切の間に置いてけぼりになってた原稿や企画物に、こんなに苦しむとは思わなかった。もう毎日、重荷を背負って峰山に登っているが如くです。背負って登ったことないけど。
インタレスト16号は先週の金曜日に納品されて、順次発送、配本を進めています。たくさんの「宛名書きご指名」もありがとうございました。「指名料はいるんですか?」という、私には何のことだかよくわからないメッセージも頂いたりして、こんないじられ方を経験したことないイナゴ軍団一堂、大変喜んでおります。
今日の編集会議で、次号(17号)編集長に河井裕太郎、副編集長に坂本光広が就任しました。その下の暫定チームリーダー組は、大西瑞季、藤田雅樹、白玖俊平の3人ですが、河井は岡山出身、坂本は高知出身で、「県外人参政権(笑)」を付与しているインタレストがついに「県外人政権」になってしまうのと、2人とも男であることに今気がついて、来週、大西を2人目の副編集長に緊急昇格させようかと思っています(笑)。
とりあえず、たぶんあと2ヵ月くらいは4年生のお局たち(口が裂けても誰とは言えんが、O西とタケちゃんたちであることは明白だ)が温かく見守ってくれるが、来年2月以降、6月1日の発刊までは純粋の新布陣で乗り切らないといけない。でも、成長が楽しみです。読者の皆様には、引き続き温かい応援のほど、よろしくお願いします。
先週末は、忙しい合間を縫って、ほったらかしでなかなか煮詰まった状態になっていた水槽の水替えもやりました。月曜日の夜は久しぶりにアップタウンに行って、牛乳屋さんたちとバカ話もしてきました。今日の昼は、O西とタケちゃんと3人で「フラワーショップレストラン」でうどんを食べて来ました。あ、「はなや食堂」ですけど。
そういうわけで、明日も朝から晩まで予定がびっしりだけど頑張るぞ。今晩もまだ頑張らないかんけど。
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