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2015年12月の日記
2015年12月30日(水)

 和田画伯から電話がかかってきて、どうしてもコメントしろと言うので、原稿が非常事態だというのに仕方なく「うどんかるた騒動」について言及せざるを得なくなってしまった(笑)。

 背景をよく知らないのでネットでしかるべきホームページを見て確認すると、香川県と「さぬきうまいもんプロジェクト実行委員会」(会長は香川県知事)の主催で「全国年明けうどん大会inさぬき」というイベントをやっていて、その「年明けうどん」の普及を目的として同委員会が「うどんかるた」なるものを作ったということらしい。

 その「うどんかるた」の「あ」〜「ん」までの5・7・5の読み札の文面は、一般から募集して9月30日に応募を締め切った。そしたら、いろは46文字を合わせて2909作品(1字あたり平均60作品ぐらい)の応募があって、それを同委員会事務局が選定して決めて、それで「うどんかるた」を作ったらしい。

 その読み札の句は、「年明けうどん」や「うどん県」や「さぬきの夢2000」の宣伝みたいなのがいくつかあり、あとはまあ何の変哲もない句が並んでいる(「全国年明けうどん大会inさぬき」のホームページに全部載っています)。中に「あつあつ、ひやあつ、ひやひや」を謳った句があったけど、それは「讃岐うどんのメニュー」というより、「宮武ファミリー数店だけのメニュー」だぞ(笑)。

 で、その中にあった「強いコシ 色白太目 まるで妻」という読み札に対し、「良いイメージで受け取らない人もいるのではないか」というクレームが入って(誰かしらないけど、ちゃんと名を名乗ってクレーム付けたのかなあ。もし匿名のクレームだったら、それは人として卑怯ですよ)、それを受けた県が「うどんかるた」の販売を一旦延期。それが全国ニュースになって、ネット上では「別にどうってことないじゃないか、その程度でクレーム付けるな」とか「何でもクレーム付ける輩がいっぱいいるんだからもっと慎重にやるべきだ」とかの意見が飛び交って、その後、県が「悪気はない」みたいな話でそのまま販売することにしたという経緯らしい。

 で、和田が「どう思いますか?」とか聞いてくるもんだから、私は短くお返事しました。読み札の表現うんぬん以前に、

「税金使って何を作っとんじゃ。公務員が時間と手間をかけてカルタなんか作っとる場合か」

 以上。

 それにしても近年、特に沈みゆく地方自治体を中心に、パンフレットやらポスターやらカレンダーやら、こんなカルタみたいな小物やらを作ったり、イベントやコンテストみたいなのをやったりすることが「観光振興」だと思って、そんなことばっかりやっているところが激増しているような気がしてならない。誰か、ビジネスのマーケティングをちゃんと習っている人はいないのだろうか。地域活性化の「行政と民間の役割分担の原理原則」も、誰も教えてないのだろうか。

 例えば、私は他県に行くたびに、駅や公共施設なんかで必ずその県や市町村の観光パンフレットやリーフレットやフライヤー(チラシみたいなもの)を集めて帰るのだが、とにかくものすごい数が出ています。けど、それらは現地に行ったら手に入るけど、こっちでいたらまず目にすることはない。皆さん、身の周りで「他県の観光PRツール」を目にしたことがどれくらいありますか? ほとんどない、というか、ほぼ皆無でしょう。

 要するに、「来たことない人に、行きたくなるようなPRをする」べきものが、「来た人だけが手に入る」という状態でどんどん作られているという、ビジネスなら金をドブに捨てるようなことが当たり前のように行われ続けているわけです。さらに言えば、民間がやるべきことを税金でやるという、あるいは民間なら絶対やらないようなリターンのとれないことを「税金だから」という理由でやるという、「そら借金も1000兆円を超えるわ」というようなことが当然の業務のように行われ続けているわけです。まあ、「人を呼ぶこと、成果を挙げること、地域(住民)を豊かにすること」が目的ではなくて「予算を分捕って、それを使って何かを作ること」が目的だったら、そんなことはどうでもいいんでしょうけど。

 あと、蛇足ながらもう一点。じゃあ百歩譲ってPRのために「うどんかるた」をどうしても作らないといけないとしたら、「読み札の句を一般募集して選定する」という方法は、私なら絶対採用しません。理由は、どう考えてもクオリティの低いものしかできないと思うからです。

 どうせ作るなら、私なら10種類ぐらいの「うどんかるた」を同時発売する。内容は、例えば

(1)松岡修造作「うどんかるた」(読み札の句は全部松岡修造が作る。以下同じ)
(2)中島みゆき作「うどんかるた」
(3)桑田佳祐作「うどんかるた」
(4)金子兜太作「うどんかるた」
(5)みうらじゅん作「うどんかるた」
(6)きゃりーぱみゅぱみゅ作「うどんかるた」
(7)又吉直樹作「うどんかるた」
(8)バカリズム作「うどんかるた」
(9)夏井いつき作「うどんかるた」
(10)デーブ・スペクター作「うどんかるた」

 以下、井上陽水、高田純次、仲畑貴志、糸井重里……讃岐うどんに造詣の深い組なら村上春樹、勝谷誠彦さん、小石原はるかさん、本広監督、麺通団(笑)……

 ま、予算の関係なら麺通団しか残らないけど(笑)、麺通団はいろんなお偉方の皆様のお気に召さないみたいなのでお声がかかることはないでしょう(笑)。けどまあ、やるとしても「かるた」じゃないわなあ。ということで、和田、これぐらいでええかな。

 今日の昼は久しぶりに家内と「うどん棒本店」に行って、私は「きざみうどん・ユズ抜き」と山菜むすび、家内は「ぶっかけ」の温いのを食べて来ました。店に入った途端、BGMで北原ミレイの『石狩挽歌』が流れてきました。よろしいですなあ(笑)。ただしその後は、聞いたことないけどカラオケで歌詞が出てきたら誰でも歌えそうな演歌(よくあるでしょ? メロディーラインがありきたりの、カラオケで歌う人だけが気持ちいいみたいな演歌)ばっかりが続いてがっかりしたけど(笑)。

 うどん棒本店、麺がちょっといい感じに戻ってました。ちなみに、26日にH谷川君の代打でRSK『VOICE21』のうどん特集のロケに行って、山とも、カマ喜ri、ひなた、の3軒に行ってきましたが、どれもこれもとてもよかった。今年の年末はハズレなしのうどんで締められそうです。大晦日の晩は毎年家内の実家で過ごすのですが、年越しうどん用に毎年麺を頼んでいた「田井食堂」(家内の実家の親戚です)が数年前に閉店したため、今年はヘタにどこかから作り置きの麺を買うより絶対にうまい「日清冷凍の冷凍うどん」で年越し(笑)。
2015年12月29日(火)

 暮れも押し詰まって、これ以上押し詰まると何かが出てしまいそうなぐらい押し詰まったというのに(このフレーズ、記憶では30年か40年ぐらい前に春風亭柳昇さんだったか誰だったか私の好きだった落語家さんが言ったのをずーっと覚えてまして・笑)、もう4日以上、原稿が堂々巡りして生きた心地のしない毎日である。

 しかも、いつものように押し詰まった頭を打開しようと思ったら、「原稿が進む喫茶店」トップ4のうち1位と3位の2軒がもう今年の営業を終えていて、こないだ2位の店に行ったら、何か年末は芋の子を洗うような大にぎわいで早々に退散。昨日は仕方なく4位の店に行ったら、入店10分後に9人のご年配軍団が入ってきてパワフルな“ガハハ談義”が始まったので20分で退散した…という年末である。日記ネタは珍しくメモ状態で10数本も溜まっているというのに。

 そういうわけで、年末年始は溜まりに溜まった原稿や企画物、整理ものにまみれること必至。とりあえず、今日中に何としても1本上げなくては…という決意が毎日続いているという有様。
2015年12月22日(火)

 わけあって原稿の優先順位が急に入れ替わって、「山越」の開業ヒストリー原稿を途中で中断して、急ぎの原稿に1週間ほど苦しんでおりました。ん? 「途中で中断」は「頭痛が痛い」状態なんかな。

 ちなみに数年前、『インタレスト』の原稿で「断トツ1位」って書いてたら、校正の時に和田画伯に「“断トツ”は“断然トップ”の略だから“断トツ1位”はいかがなものか」という指摘を受けて「なるほど」と思って直したことがあるんだけど、今日の四国新聞の一面に「断トツのトップ」という見出しが載っていました(笑)。

 というわけで、その急ぎの原稿がようやく本日深夜2時半頃できたので、ちょっと前のニュースから。

 1週間ぐらい前の朝、家で取っている四国新聞と産経新聞の一面トップに、同じような大見出しがドカンと載っていたのを見て、私は思わず「何じゃそりゃ」と小さな声が出てしまいました。載っていた大見出しは、これ。

<四国新聞> 出前・持ち帰りは8%
<産経新聞> 持ち帰り・出前8%

 軽減税率の話であるが、日本の社会システムの根幹である税制の問題なのに、天下の新聞がそろって一面トップの大見出しに「出前と持ち帰り」だぞ(笑)。一瞬、中学校新聞かと思ったわ。

 まあ、一連の消費税率改革の流れの中で、1つの細則が決まったのであれば報道はすべきだろうが、「外食の課税で出前と持ち帰りは軽減税率を適用することになった」などという話は、私が編集長なら、二面か三面の小見出し扱いのニュースである。

 それにしても、以前にも書いたが、「税の三原則」って、もう誰も顧みないのだろうか。

 原理原則派の私は、税制については「公平、中立、簡素」の税の三原則に沿うことが一番合理的だと思っているから、そこに向かう税制改革なら賛成、そこに逆行する税制改革は反対、というシンプルな判断基準を持っている。その具体的な姿については、私は基本的に「全くゼロベースで一から税制を作るとしたらどういう税制にするか?」と考えてみることにしている。

 例えば、ここに人がいて会社があって経済活動を営んでいる1つのコミュニティがあって、そこでは税金などという概念も何もないとする。そこで、コミュニティ全体を守るために、個人単位ではできないことをやる必要が出てきた(コミュニティ全体の安全の確保とかインフラ整備とか公共サービスの提供とか自然の確保とか…)。しかし、それには継続的にお金がいるので、みんなで継続的に出し合おうということで「税制」を導入することにした、と。

 その時、なるべく経済力に応じて「公平」に、特定の経済活動に有利、不利にならないように「中立」に、そして、とにかくわかりやすく「簡素」に、という原則に沿ってゼロベースで税制を作ることにしたら、どういうものになるか? と考えてみるわけです。

 すると、まあ普通に考えたら、
「公平性」…「同額」では平等だけど公平にならないから、「同率」という形をとる。
「中立性」…立場や役割に関係なく、全ての人を対象に納税してもらう。
「簡素性」…一番簡素な方法として、全て同じ税率を設定する。

というところが出発点となりますね(だからこれが「税の三原則」となっている)。

 では、このコミュニティの税率を決めましょう。

 仮に前提を、
・住民全員の所得総額が100万円あるとする。
・全部の会社の利益総額が100万円あるとする。
・コミュニティを守り発展させるための公共サービスに、10万円かかるとする。
とします。

 すると、まず最初に、

(1)全ての住民から、所得の10%を税金として集める。

という案が出てきます。これで10万円の税収が確保できる。コミュニティを構成しているのは住民だから、住民がお金を出し合うのが理にかなっているので、これで税制は出来上がり。所得の多い人は多い額、少ない人は少ない額、同率だから「公平」に納税することになる。全ての住民に適用するから「中立」になる。で、みんな10%だから、計算も事務処理もとても「簡単」。

 さて次に、「会社も利益を上げているから、会社も税金を納めよう」という話が出てきます。すると、

(2)全ての住民から所得の5%、全ての会社から利益の5%を税金として集める。

という案が出てきます。税金は「人」が納めるものなので、会社を「法人」と呼ぶことにして、法的な「人」にしちゃうわけです。で、今まで住民だけが納めていた税金を会社も納めることになると、納税の対象者が増えるから、当然、税率は低くて済むことになります。当たり前の算数の計算です。従って、

「全ての人と全ての会社(経済活動を行っている全ての組織)に、所得額と利益額に対して同率の課税をする。以上」

 これが、あるべき税制の姿だと私は思っています。その上で、先の「コミュニティを守り発展させるための公共サービスにかかるお金」が20万円必要だとなれば、個人だけが納税するのなら税率を一律20%にする。個人と会社が納税する形にするのなら、個人も会社も一律10%にする。これで、公平かつ中立で簡素で、必要な税収も確保できる。

 税の三原則に沿った税制の基本形は、ここまででしょう。

 さて、その後、「これに『人(個人、法人)』だけでなく、経済『活動』からも税金を取ろう」という話が出てきたのが、いわゆる「消費税」ですね。

 でも、消費税導入時や税率アップの歳には必ず「直間比率がどうしたこうした」とかいう議論が出てきますが、そんなこと以前に、そもそも所得税と法人税でちゃんと「人」から税金を集めているのに、その上乗せで「活動」からまで税金を取るという発想の「理屈」はどう整合性が取られているのか? という一点で、不勉強な私には「そもそもの消費税の根拠」がよくわからない。

 それと、さっきの単純計算と同じで、「消費活動」からも税金を取るなら、納税の対象者(?)さらに増えることになるから、普通に考えれば「所得税も法人税も税率が下がる」というのが簡単な「算数」の計算になるはずなのですが、そうなっていないのもよくわからない。いや、「いらんことになんぼでも使うからじゃ」という真理はわかっているのですが(笑)。

 で、元に戻って、「全ての人と全ての会社に、所得額と利益額に対して同率の課税をする」という「税の三原則」に沿った理想的な税制が、長年の間に「取れるところや取りやすいところからもっと取ろう」、「票を集めるために、選挙民にいい顔をして、あれに優遇税制を作ろう、これに課税額の控除をしよう」とかいう「例外」がどんどんできて、もはや今、税のプロの人に頼まないと何がどうなっているのかわからないくらい「超」複雑な税制になってしまっているわけです。戦後、シャウプさんに「複雑すぎる、いいかげんにしろ、税の三原則に戻れ」と勧告されたのに、それから50年以上経ってまたどんどん複雑にしてしまった(詳しい経緯は知りませんが)。

 だからとりあえず、「簡素化に向かうのなら賛成、複雑化に向かうのなら反対」という大ざっぱな判断基準を持っている私は、「軽減税率」という考え方自体が「税の三原則」に逆行しているという理由で「何だかなあ」と思うわけです。

 シンプル化に向かいましょうよ。貧しい人対策は、これもシンプルに「税制以外の貧しい人対策」でやりましょうよ。「貧しい人対策」の制度は他にいっぱいあるんだから、何でもかんでもいろんな要素を持ち込んで複雑化させるのはよろしくないと思いますけど。こないだ「ふみや」に行ったら、おっちゃんも豚玉ときも玉とそば焼きを焼きながら「何をしてくれるんや。わけがわからんようになるわ。持ち帰りや出前やいうて、どっちでもええからわかりやすうしてくれ」言うとりましたし(笑)。
2015年12月9日(水)

 ようやく風邪が99.8%まで回復したというのに、土曜日に病院に行ってから、いつも処方してもらっている薬の種類がちょっと変わったせいか、日曜日からずっと体調が優れない。数年前にも一度薬が変わった時に、慣れるまで1カ月くらい体調がどよ〜んとしていた時があったが、あの時、慣れたらその後いろんな数値が大きく改善されたため、とりあえず私はあの患者にめちゃめちゃ厳しい先生(笑)を信用しているのである。

 で、自分で「信用する」と決めたら、あとは何が起きても自己責任だと思っている。自分で決めたら、自分で責任をとるのが原理原則だからだ。ということは、自分で責任をとれないことに対しては、意見は出しても「決定権をくれ」とはとても言えない、責任をとる人に決定権を預ける、というのが原理原則であり、それが原理原則を重んじることにした私の生き方でもある。

 で、私は自分がここまで生きてきたことのほぼすべてを「自分で決めてきた」と思っているので、「自分の身に起こることの92%は、自分が起こしたことだ(残りの8%は消費税)」というモットーを自分で決めて、自分の身に起こることは他人のせいにせずに自分で責任をとるように、メンタルトレーニングを何十年も続けているのである。トレーニングを何十年も続けているということは、続けてないとすぐに「悪いことは他人のせいにしたがる」という性癖が頭をもたげてくるからです(笑)。

 振り返ってみれば、自分がどこの高校に行くかも、どこの大学に行くかも、どこに就職するかも、結局は私が自分で決めたことである。誰かのアドバイスがあっても、誰かに強制的、半強制的に指示されたとしても、そのアドバイスを受け入れたのは自分の意志であり、「強制に従う」ことを決めたのも自分である。あるいは、強制に従うことをやめて転職したのも自分の意志である。

 あの頃、あの時、あの場面、過去のいろんな場面で、何かを犠牲にして頑張ったのも、あるいはすべての誘惑を断ち切って必死で努力することからちょっと逃げたのも、考えてみれば全部自分の意志である。従って、その結果、今、こういう境遇に甘んじているのも、自分が起こしたことである。

 そう考えていると、自分の置かれている環境をもっとよくしようと思った時に、「自分で責任をとって自分で努力すること」を最優先に考えられるようになってきた。そのメリットは、「人を恨みながら生きていくというネガティブなメンタリティが抑えられ、精神的に健康になった気がする(笑)」ことである。デメリットは、「自分で決めたことは自分で責任をとる、というのは結構苦しい」ということである。

 「言いっぱなしで責任をとらない」というのは楽だろうなあ(笑)。いや、言論は自由だからどんどん言論したらいいと思いますよ。ただ、会社だろうが社会だろうが家庭だろうが、「問題を解決してよりよい方向に進まないといけない、そのために物事を決めないといけない」という立場や環境にある時に「言いっぱなしで責任をとらない」というのが、無責任で楽だろうなあと思うだけです。

 というわけで、何を示唆しているのかわからないまま煙に巻いてと(笑)。今、全力の大学業務の合間に抱えてうなっているのが、「讃岐うどん未来遺産プロジェクト」の「開業ヒストリー」の「山越」の原稿です。

 2カ月ほど前に山越の大将と奥さん(山さんのご両親)に1時間半ほどお付き合いいただいて聞き取りしてきたのをテープ起こしして、ようやく時間が取れたので数日前から証言原稿にまとめているのですが、テープ起こし原稿が2万5000字くらい。まあ面白いエピソードの連発で、もちろん「釜玉発祥の謎」も解明され、「讃岐うどん製造の機械化の原因」の意外な一端も出てきたりして、かなりおもしろいです。

 サイトへのアップは来年になると思いますが、こうやって「店の歴史の証言(開業ヒストリー)」と「客の歴史の証言(昭和の証言)」をコツコツと、しかし膨大な数を集めて、消えゆく讃岐うどんの歴史を証言ベースで残していこうというプロジェクトです。

 今、「昭和の証言」は120本ぐらい、「開業ヒストリー」は「がもううどん」「松下製麺所」「宮武うどん(元祖)」の3本がアップされています。「讃岐うどん未来遺産プロジェクト」で検索してお楽しみ下さい。

 「山越」が終わったら、次は飯山の「なかむら」こちらは大将に山越の倍の2時間半にもわたってお話を聞いてきましたが、テープ起こし原稿は山越の半分の1万5000字くらい。大将、ゆっくりしゃべるから(笑)。しかも、書けない話が多くて、たぶんアップされるのは1万字を切ると思う(笑)。
2015年12月3日(木)

 奈良の大仏の頭にある螺髪(らほつ=パンチパーマのクリクリみたいなやつ)の数が、定説の「966個」ではなくて実際は「492個」だったことが、レーザー解析でわかったというニュースを見て、「こんぴらさんの石段数が定説と違うの、全然報道されんなあ」と思ったのは私だけだろうなあ(笑)。

 2年前の2013年夏、香川県内にあるいろんな標示物の数字を徹底検証していた『インタレスト』イナゴ軍団は、こんぴらさんの石段数の実地検証で、現地の立て看板にも公式ホームページにもいろんなメディアにも書かれていて誰も疑わなかった「本宮から奥社まで583段」という数字が、実は「613段」であることを発見したのである。

 それを、同年12月1日発行の『インタレスト』第16号で発表したところ、四国新聞社とKSB瀬戸内海放送から「それ、ニュースで取り上げていいですか?」という連絡があったので、私は「いいですよ。ぜひそちらでも検証してみてください」と返事した。電話をもらった相手はいずれも私のよく知っている信頼できる人だったし、四国新聞の某からは「うちが書くまで、他の新聞社にはOK出さんとって」とまで言われたので、私は「これは報道されたらちょっと波風が立つかもしれんぞ…」と思いながら、しばらく待っていたのである。

 そしたら、1ヵ月経っても2カ月経っても半年経っても、全く報道されないの。

 どうしたんだろう。ひょっとしたら、実は我々の方が数え間違いをしていて、四国新聞もKSBも実際に数えに行ったらちゃんと583段だって、報道をやめたんだろうか。けどそれなら私に「数えたら合ってましたよ」とか連絡が来そうなものだけど…。

 などと思っていた去年の8月、たまたま課外授業で60人ぐらいの学生を引き連れてこんぴらさんに上るハメになったので、私はあれをもう一回検証してみようと思って、ついでに全員に「石段の数を数えて、奥社で私に報告せよ」という指令を出した。そしたら、学生のことだから多少のばらつきはあったものの、やっぱり圧倒的に「613段」付近に数は集中していて、とても公式発表の「583段」が正しいとは思えない、という結果が出たのである。

 まさか、四国新聞とKSBに上の方から圧力がかかったんじゃないだろうな(笑)。あるいは、ただ忘れちゃっただけ? 

 というわけで、いつもならここから話がさらに展開するところであるが、今日も風邪の症状に苦しみながらの一日なのでこれぐらいにしといてやる。これぐらいにさせてください。

 夜、体力を付けないかんと思って気力を振り絞って丸恵に焼肉を食べに行ったのだが、味覚がまだ87%ぐらいにしか戻ってなくて、ちょっとへこんで帰宅。明日一日、何とか乗り切って週末に完治に持って行かなくては。
2015年12月2日(水)

 毎週水曜日は私の担当授業の開始時間がちょっと遅いので、大学に行く前に「8時台に開いているうどん屋」に何とか寄ることができる。従って、授業のある平日に行く「がもう」は、ほぼ100%「水曜日の朝8時半〜9時」であることに、大将やガモムスは気付いているであろうか(笑)。

 そういうわけで、先週の水曜日にがもうで“食い逃げ”したことを『うどラヂ』でH谷川君に暴露されたので(笑)、今朝はちゃんと財布を持ってがもうに行って、再び大と天ぷらと揚げを取って、「あー、先週のと合わせてこれで足りるかな?」と言って、1万円札を出してみました(笑)。

 そしたら、1つ注意したら1つ抜けるような歳になってしまったのだなあ、うどんを食べ終わって「食後に飲めと言われている薬」を飲もうとしたら、今度は薬を車に置き忘れてきた。仕方がないので、私はガモムスに「車に薬忘れたけん、口に水だけ含んで帰るわ」と言って、コップに水を汲んで口いっぱいに含んで、(ほな)という挨拶代わりに片手を挙げて店を出ようとしたら、

ガモ弟「学校に行ってから薬飲んだらいいじゃないですか」

私は水を口に含んでいるのでしゃべれないため、時計を指差しながら「それでは食後に時間が経ちすぎる」という意思表示。すると今度は大将が、

大将「店出た途端に遠山さんが来て、バッタリ会うて結局しゃべらないかんようになるんちゃう?(笑)」

と言うので、私は「んなアホな」というジェスチャーをして店を出たら、ほんまに遠山がやってきた!

遠山「えらい風邪でお疲れのようで」

 私は口を押さえてモゴモゴ言いながら車に乗り込んで、薬を飲んで、そのまま大学に行くという、変な朝でした。

 さて、今日のインタレストの授業は、中尾編集長の新体制の下、チームに分かれて次号の企画を絞り出すミーティングの予定であった。ところが、昼前に前号の締切で荒れた編集室をちょっと整理していたら「片付けのスイッチ」が入ってしまって、そのまま編集室の大模様替え大会に突入してしまいました(笑)。

田尾「よし。まず、このあたりに机を3つ合わせて島を1つ作るぞ。置き方の選択肢は2つ。A案は、こっちから向こうの壁に向けて並べる。B案は、こっちから横の窓に向けて並べる。A案は横の島との並びがええけど、ちょっと周りのスペースが必要になる。B案は、並びはちょっと悪いかもしれんけど、片側が窓にくっつけられるから部屋全体に余裕ができてゆったりする」
イオ「私はB案がいいと思います」
G田「僕もB案。そっちの方が今までにやったことのない並びだから、かなり気分転換になりますよ」

 などとやりながら、パソコンやプリンターの配線を整理しながら、机を動かしてみては修正し、本棚も整理し、不要になった紙や資料を捨て…

田尾「海野ー、そこら辺の段ボール、全部表のゴミ捨て場に持って行ってくれ。G田と菅野ー、壊れたパソコンとプリンターを外に放り出して並べとけ。あとで総務に取りに来てもらう。中津ー、配線は任したぞ。外して動かしたやつ、全部元に繋ぎ直してくれよ。あと、誰か暇そうな谷ー」
谷「名指しですか!」
田尾「谷と笠井、そこに立っとかんと、こっちに来てとりあえずそこに座って、いつでも動けるようにしとけ」

 とか、あちこちに指示を出して模様替えと片付けをどんどん進めながら、私は常に全員の動きを観察しているのである。そして、指示をしたり冗談を飛ばしたりしながら、うるさいやつも、おとなしいやつも、自分勝手なやつも、引っ込み思案のやつも、まだメンバーになじめないやつも、みんなの「居場所」をちょっとずつ作って行くのである。

 「学生ケア」では決してない。

 うちの大学では「学生のケア」とかいうものを充実させようとしているようなのであるが、私はケアすべき「真の弱者」がいたらケアすべきだとは思うけど(でもそれはケアのプロがやるべきで、私みたいな素人がヘタなケアをしたら逆効果になる恐れが大きいと思っている)、そうでない大半の学生は「ケア」すればするほど社会に出たらすぐに潰れる「弱い大人」になると思っている。だから、私は一般学生に対しては「ケア」などという意識を持ったことはない。なぜなら、私はいつも「彼らをちょっとでも強くしたい」と思っているからである。

 そのためのプログラムは、幸運なことに会社時代にイヤというほど実践してきたからいっぱい持っている。それを、インタレストの授業でちょこちょこと実践しているのである。

 ちなみに、人だけでなく、会社を強くするためのいろんな原理原則や実践プログラムも曲がりなりに学んできたつもりなので、これまで、大学を強くするための提案や発言も少しずつやってきた。でも、何か問題点を見つけて、その問題解決の選択肢を提案しているだけなのに、それをロジカルに検討しようともせずに頭ごなしに「あなたは企業の論理が何でも大学で通用すると思っているのか」と言われる…ということがたびたび続いたので、もうやめました(笑)。

 ロジカルに物事を考えることを放棄した人たちと不毛の議論をするのは、大学の先生同士では100年もやり続けてきたことかもしれないけど、「問題の原因を特定し、問題を解決するために最も有効と思われる手段をひねり出し、それを実行し、結果を検証し、また手段を修正して実行し…」というプロブレムソルビングの世界でやってきた私には、そんなことで無駄な時間を費やすつもりは全くありません。

 そういうわけで、とりあえず、目の前の関わっている学生たちをちょっとずつ強くしていくことだけに専念している今日この頃である。ま、うまく成果が出ているのかどうかわからないけど、できる限りということで頑張っています。風邪は、頑張っているけどなかなか回復しない。味覚は、ちょっと戻ってきました。
2015年12月1日(火)

 朝、気力を振り絞って大学に行ったのだが、研究室に入って授業の準備をしようとすると、どんどん鼻が詰まってきた。これはいかんと思って、大学のすぐそばの薬局に行って点鼻薬を買ったら財布を忘れてきていて、顔なじみの店主に「ツケ」にしてもらうという体たらく。つい先日、がもうに行ってうどんを食ったのに財布を忘れていて、食い逃げしてまだお金を払ってないというのに(笑)。

 1年くらい前から、それまでいつもズボンの後ろポケットに入れて行動していた財布を訳あってカバンに入れるようにしたら、しょっちゅう財布の入ったカバンを車の中や研究室に置いたままうどん屋とか買い物に行ってしまうという事態が頻発しているのである。でも、行く先々で「ああ、お金はいつでもいいですよ」と言ってくれる。私の周りの直接接する人たちは温かい人ばかりです(一部の悪意ある人とわからず屋は除く・笑)。

 それで、また気力を振り絞って全力で授業2本を終え、這々の体で家に帰って寝込んでしまいました。

 夜の8時半頃、体が火照って目を覚ましたら、家内がほうとう鍋を作ってくれていたので、食欲はなかったけど食べないかんと思って口にして、愕然としました。味覚がゼロになっていた!

 食感はあるのだが、味が全くわからない。舌がおかしくなったという自覚はないので、点鼻薬や鼻をかんだりすることで鼻の奥がバカになっているのが理由だと思うが、すごいね。味覚って、こんなに簡単に消えるんだ。

田尾「これ、今やったら干しぶどうもシュンキクも食べられるわ」
家内「それはよかった」

 とか言いながら、仕事もしないまま、今日はコンタックと「活蓼28」というドリンク剤とマルチビタミン剤を飲んで、安静にしながら深夜を迎えようとしています。とりあえず、今日もぬるく更新だけ。
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