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2017年06月の日記
2017年6月23日(金)

 先週は訳あって国指定の工芸品約220項目の文字情報と画像を必死で集めて整理していたのだが(ま、授業で使う資料ですが)、どこで何に触れたのか、数日前からアマゾンのメールで「田尾和俊さんへおすすめ商品/越後三条打刃物(プロ仕様の盆栽用剪定ばさみ)」の購入案内が来始めて、どうしたものかと(笑)。

 というわけで、作業に追われる日常の合間を縫って、新聞記事で行数を稼いでおくことにします。2ヵ月ほど前の四国新聞の記事ですが、『うどラヂ』にも「コメント下さい」というお便りが来てたのを放置しているので、ここでちょっと触れておきます。

***

(見出し)
「瀬戸内うどんカンパニー」
経営トップに関心高く
三豊市、東京で募集説明会

(本文)
 三豊市は17日夜、特産のうどんに特化した地域商社「瀬戸内うどんカンパニー」の経営トップ「CUO(最高うどんビジネス責任者)」の募集説明会を東京都内で開いた。首都圏を中心に約60人が参加し、うどんを核にした新規ビジネスに強い関心を示した。

 同カンパニーは民間企業から出資を募り、今年10月の設立を予定。市を中心にした瀬戸内のうどん文化をキーワードに、観光や商品開発、人材育成などの事業を展開して地域経済の活性化を図る。CUOは民間企業などで5年以上、営業や企画などを経験したことがある28〜50歳を対象に全国から公募している。報酬は年間1千万円。

 説明会では、横山市長が市の特色を説明し、「可能性あふれる三豊市にやって来て、全国に価値を発信してほしい」と呼びかけた。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局の村上敬亮参事官らの講演、山口県や北海道などでの取り組みの紹介もあった。

 参加者は30、40代を中心に、大企業から個人事業主まで、飲食に限らず業種も幅広かった。「売り上げの目標は」「地域おこし協力隊との違いは」などと熱心に質問し、CUO就任に意欲を見せていた。

 CUOの公募期間は5月19日まで。1、2次選考を経て、9月1日から業務についてもらう予定。

***

 加えて、市が公表している「応募要項」を見ると、

【企業内容】三豊を中心とした瀬戸内のうどん文化をキーワードに地域内外に価値を作り事業化させる事。
【事業領域】観光・地域産品開発・地域商材流通・プロデュース、うどんにまつわる人材育成、ブランディング事業
【ミッション】うどんにまつわる地域(三豊市を中心とした瀬戸内)から発信する事業モデルの確立
【3年間の成果目標】上記事業モデルの中から収益商品として100商品(地域産品の商材から、ツーリズム、観光収益、教育などうどんにまつわる全てのジャンル含む)
【求める人材】下記1〜5のいずれかに当てはまり、かつ民間企業(自営業含む)などで5年以上の経験(営業、企画、マーチャンダイジング、仕入れ)を有する方。
(1)地域の魅力を客観的に把握でき、社会が求めている価値に結びつけることができる人材
(2)組織を運営するマネジメント能力のある人材
(3)他業種との新しい事業構築に挑戦できる人材
(4)PDCAサイクルに基づき、計画から課題解決をすすめることができる人材
(5)会社設立準備から一緒に奔走できる情熱のある人材
(以下略)

等々と書かれている。

***

 コメントせえと言われてもなあ(笑)。いや、実はコメントしたんです。

 3月のある日、三豊市の若い担当者の方が、まだ「瀬戸内うどんカンパニー」なる名称が発表されていない段階で企画書のような物を持って来られて、「意見を聞かせていただきたい」と言われました。そこで、机上の理屈をいくら述べても“学者の空想論”になってしまうので、「もし私が社長をやるなら、こうする」という設定で、いろいろやり取りしながら2時間近くも熱く語りました(迷惑やったやろなあ・笑)。何せ、三豊市の横山市長は合併前の詫間町長時代に例の「ふるさと創生1億円事業」の企画段階で一緒にドラゴンクエストの「チュンソフト」まで行った仲だし、三豊市詫間町の同郷で大学の先輩でもあり、桃花苑で中華をおごってもらったこともあるので(笑)、何とか力になれたらと思って。

 大まかに言えば、

(1)行政が絡んだビジネスが民間市場に参入するのは、形態がどうであれ「行政による民業圧迫」という形がどうしても出てしまうので、地域のマーケットにとってあまりよい方向ではないと思う。「まち・ひと・しごと創生」という国の事業の一環でやるのだとすれば、国のその戦略自体があまりよいものではないと思う。

(2)けど、どうしてもやるというのなら、三豊市で新たに「うどんビジネス」というのは筋があまりよくないと思う。なぜなら、
・店舗展開は県内に強い競合があまりに多い上、県内は飽和状態にあるので、県外展開に向かわないとビジネスとしては大きくなれない。でも、全国展開のノウハウや体力は「はなまる」や「丸亀製麺(讃岐うどんじゃないけど)」が圧倒的に先行しているので、もしどうしてもそちらに向かうのであれば、新会社として新規参入するより、「はなまる」と組んだ方が成功の確率はずっと高くなると思う。
・うどん関連商品開発も強い競合が多く、新規参入するよりどこかと組んだ方が遙かに効率がいいと思う。
・うどん関連の人材育成も同様。

…等々。でも、どこかと組むということは組む相手もメリットがないと話に乗ってこないし、人材もノウハウも差別化要素も乏しい新しい会社に「組むべきメリット」がすぐに備わるとは思えないので(「行政がバックに付いている」というメリットを打ち出すと明らかに民業圧迫になる)、やっぱり「うどんに特化した行政がらみの新規ビジネス」というのは筋がよくないと思う。

(3)すると、新会社の「成長の核」はうどん関連ビジネス以外に求めることになるだろうが、そこで例えば「地場産品の商品開発や流通ビジネス」に進もうとすると、これもJAとか既存の地場産品ビジネスと競合する可能性が高く、競合するとこれも競合の方がノウハウ等で遙かに先行しているので、戦うにしろ組むにしろ、見通しはかなり厳しくなると思われる。

 ちなみに、新会社の「成長の核」をうどん関連ビジネス以外に置くのであれば、「瀬戸内うどんカンパニー」という社名は間違いなくうどんに特化した会社のように取られるので、営業展開に少なからず足枷になると思う。

……等々の前提から、これらの問題をクリアするためのアイデアをその場でいくつか考えてお話をしました。そしたら、その1週間後、地元メディアで「三豊市の地域商社の名称が『瀬戸内うどんカンパニー』に決定」というニュースが流れました(笑)。ま、そうだろうとは思っていたけど、私に話を聞きに来たのはいわゆる「行政のアリバイ作り」だったんでしょうね。でも、まあいいや。とりあえず、そのうち「CUO(最高うどんビジネス責任者)」なる人物が決まって会社が動き始めるみたいだから、お手並み拝見ということで。

 ちなみに、蛇足ながら新聞記事にあった「売り上げの目標は? 地域おこし協力隊との違いは? などと熱心に質問した人」は、私なら間違いなく「予選落ち」にします。だって、そんなことは根本的にトップのメンタリティじゃなくて「雇われ者」の発想だもの。私ならそれこそ、応募者に「事業計画と売上目標」を出させて、大きく出した者を優先する(もちろん、実現の可能性を考慮して)ぐらいの選考をやりますが。

 あと、「地域おこし協力隊との違い」なんて、これから新規事業を拡大させようというトップには全く意味のないことです。だから、新聞もこんな発言を「熱心な質問」などと評するのではなく、「CEOとしていかがなものか…という質問」と書いてやった方がいいと思いますが、そこまで書くとやり過ぎですか(笑)。けどまあ、それほどのたいそうな意図のない「地域商社」プロジェクトかもしれませんので、おっさんの戯言として聞き流していただければ幸いです。
2017年6月13日(火)

 何かラスベガスの話にリアクションしてきた人が数名いたので(そのうち1名は「田尾さん、またラスベガスに行って来たのか!」というあわて者のおじさん・笑)、曖昧な表現をしてたら突っ込まれたらいかんのでちょっと補足しておこう。といっても、私はラスベガスの専門家でも何でもないので補足も曖昧なものしかできんけど、とりあえず2点だけ。

 1つ目は、こないだはラスベガス市と善通寺市の人口推移の比較をしたんだけど、どちらかというと「クラーク郡と善通寺市」の比較をした方が実態に近いような気がするので、比較のし直しを。

 どういうことかというと、ラスベガスに行ったことのある人はご存じの通りですが、ラスベガスのカジノ&エンタテインメントエリアは、主に北の「ダウンタウン」と南の「ストリップ地区」の2つあります。「ストリップ」といってもストリップ劇場が密集しているエリアではなくて、「ラスベガス・ブルーバード」という全長6kmぐらいの一本の大きな通りの両サイドに巨大ホテルが林立しているため、この通りを通称「ザ・ストリップ(細長いヒモ)」と呼び、そのエリアが「ストリップ地区」と呼ばれているわけですが、今、巨大ホテルがドカドカ立っているのは、その「ストリップエリア」の方。

 ところが、行政区域としての「ラスベガス市」は「ダウンタウンを中心に、ストリップエリアの一部を含んでいる」という形なので、こないだ挙げた「ラスベガス市の人口」には巨大ホテルの立ち並ぶストリップ地区の大半とその周辺の広大な住宅エリアが含まれていないということで、「ラスベガスの発展のサイズ」としては、ラスベガス市を含むクラーク郡全体の人口推移の方がより実態を表していると思ったわけです。そこで、クラーク郡と善通寺市の人口推移の数字を改めて引っ張り出してみると、

       (1950年)   (2000年)    (2015年)
善通寺市………3万7000人 →  3万6000人 →  3万3000人
クラーク郡……4万8000人 →137万6000人 →214万8000人

という、「ラスベガス市との比較より遙かにとんでもなく無茶苦茶に差が付いている」というメッセージが出ましたのでよろしく(笑)。

***

 2つ目は、私がラスベガスの発展の経緯に興味を持った大きな理由の一つでもありますが、「ダウンタウンVSストリップ」という構図が「高松市中央商店街vs郊外の大型商業施設」の構図とほぼピッタリ重なるように見えるのです。全国の「衰退する中心街の商店街vs発展する郊外の商業施設」という構図も同様に。

 どういうことかというと、まず、もともとは「ダウンタウン」の方がラスベガスのカジノや賑わいの中心だったわけです。ダウンタウンは日本の地方都市によくある「商店街」のような形状をしていて、そこにカジノやショップや飲食店が並んでいるのですが、それが1980〜1990年代にかけて「郊外」のストリップ地区に大型エンタテインメントカジノホテルが建ち始めると、そっちにどんどん客を奪われ始めました。まあ正確には「客を奪われた」というより、ストリップ地区の大発展でラスベガス全体のパイが膨張したため、「急成長に置いて行かれて、エリアの中心の座をストリップ地区に持って行かれた」という感じでしょうか。

 そこで、ダウンタウンは起死回生の一策として、地区の商工会が約80億円をかけて「アーケードの刷新」に踏み切ったわけです。その内容は、アーケードの天井に210万個の電球を埋め込み、商店街のあちこちに数十台の高性能スピーカーを設置して、商店街の天井で「光と音のアトラクション」をするというもの。これが「フリーモントストリート・エクスペリエンス」というやつで(フリーモントストリートはダウンタウンのメイン商店街)、1995年に完成しました。

 ところが、こいつが大して集客増に効果がなかった。そこでダウンタウンはさらにパワーアップを図って、2004年に210万個の電球を1250万個のLEDに置き換えて、商店街の天井に映像を流せるようにしたのです。ところが、こいつも話題にはなったものの、ダウンタウン活性化(要するに集客増による売上増)には大して貢献せず、「郊外大型エンタメエリア・ストリップ地区に置いて行かれたダウンタウン商店街」という図式は全く変わらなかったと。

 どうですか。このあたりの経緯が、大ざっぱに「1990〜2000年代の高松市中央商店街が、イベントをやってもアーケード刷新や路面のカラー舗装等の景観整備なんかをやっても少々の店舗入れ替わりがあっても大した活性化の効果もなく、郊外の商業施設の増大や客のニーズの郊外化はどんどん進む一方」という構図に重なる感じがするでしょう。ただし、ラスベガスのダウンタウンは「古き良きラスベガスの姿」が結構息づいているので、高松の商店街の「シャッター街」ほどは落ち込んでないけど。で、「何か興味のある構図だな」と思って、ちょっとだけ取材とかデータ集めをしてみたわけです。

***

 さて、この話には後日談がありまして。2012年の2月に私がラスベガスに再訪した時、現地の自称「事情通」という50代のガイドの方に2時間近く話を聞く機会がありました。この方は30代でラスベガスに移り住んで、20年にわたって現地で観光客や視察団等のガイドをしながら地元のメディア等にも情報提供や寄稿をしたりしているそうですが(まあ本人談ですけど・笑)、その方曰く、「2010年代に入って、ダウンタウンのカジノの売り上げが明らかに伸びてきている。それを受けて、周辺の商業施設の売上も伸びている」というのです。

 話しているうちにガイドのおじさん(といっても私より若いんだけど)は「このおっさん(私のこと)はただの観光客ではなくて、何かビジネスに明るそうだぞ」ということに気づいたのか、私に「なぜだかわかりますか?」と聞いてきました。私は秒速2万回転で考えて、カンで即答しました(考えてないやん)。

田尾「寺銭の控除率をいじったんですか?」
ガイド「さすがですね。その通りです」

 ひえ〜、カンが当たった(笑)。

 ガイドのおじさん曰く、カジノ側が控除率を引き下げて客の取り分を増やしたら、まず大口のカジノ客がストリップ地区からダウンタウンに流れ始めたそうです。これが売上増の最大の理由で、この情報がカジノ客に行き渡り始め、客が少しずつ「リターンの有利さ」を実感し始めたら、中口〜小口の客も目に見えて増え始めたと。で、そこで儲けた客がダウンタウンでものを買ったり食べたりして、周辺の商業施設も売上が増え始めた、というのがおじさんの説明でした。

 まあ、事情通とは言え一人のおじさんの話だから論文にするほどの確信はないけど、話の筋は通っている。あれからもう5年経ってるからその後の状況はわからないけど、必死でビジネスをする人たちは自らリスクをとって必死で戦略を考えて、失敗しながらも必死で「解」にたどり着くんだなあ、と思いました。

 ちなみに、ラスベガスのカジノの控除率(売上のうちの主催者の取り分)は大体10%くらいだけど(ダウンタウンはこれをかなり下げたらしい)、事情通の方はご存じの通り、日本の公営ギャンブル(競馬、競輪、競艇)の控除率は約25%で、サッカーくじに至っては50%という、管轄の文部科学省は一体何を目的にしているのか? と思うような控除率になっています。たぶん「サッカーくじ」というネーミングからして、これは「クジ」だということで宝くじの控除率(54%くらい)を基準にしたのだろうと思うけど、ま、私は宝くじもサッカーくじも買わないので、主催者も買う人もみなさん、頑張って下さい(笑)。あと、売上を伸ばしたい商店街や地域活性化に取り組んでいる方々も。ハワイの「ワイキキエリア(郊外パターン)vsアロハタワーマーケットプレイス(商店街パターン)」の歴史にも同じ構図と経緯が見られますので、ぜひご研究を。
2017年6月11日(日)

 『インタレスト』を履修している学生が今年の春休みにラスベガスに行って、大量に街の写真を撮ってきていたので(あれは初めて行ったら写真1000枚ぐらい取りたくなるわな)、私の持っているラスベガスデータの中から「人口推移」を引っ張り出してみました。比較の対象に、四国学院大学のある善通寺市を選んで並べてみると(笑)、こういうことになっています。

       (1950年)   (2000年)    (2015年)
ラスベガス市…2万5000人 → 47万8000人 → 62万4000人
善通寺市………3万7000人 →  3万6000人 →  3万3000人

 なかなかすごいでしょ。1950年には善通寺の方がラスベガスより人口が1.5倍も多かったのに、たった65年でラスベガスは善通寺の20倍近くに増えているわけです。

***

 私がラスベガスで買って来た分厚い「ラスベガスヒストリー」の本によると(英語なので細かいニュアンスは私には理解できないが、大まかなストーリーと数字だけはわかる・笑)、ラスベガスの大まかな歴史はこんな感じ。

●1800年頃…ただの砂漠(近くにコロラド川が流れているので水はあった)で、人は住んでいなかった。

●1840年代…カリフォルニアで金鉱が発見されていわゆる「ゴールドラッシュ」が起こり、東海岸に住んでいた「アメリカ人」が一攫千金を目論んで大陸を横断し、西海岸へ行き始めた。その時に、水のあるラスベガスが大陸横断の中継点として人が集まり始めた。でも、1900年のラスベガスの人口は「80人」とある。

●それが少しずつ増え始めて、1920年の人口は「2304人」。西海岸の「金」を目指してやって来る“荒くれ者”がほとんどなので、そこで盛んに賭博が行われていた。1931年にネバダ州が「賭博を合法化した」とあるから、ほとんど賭博の町だったのだろうと思われる。

●1931年…ラスベガスの近くのコロラド川でフーバーダムの建設が始まり、労働者が大量にラスベガスに流入。でも、1940年の人口は8400人。

●1941年…マフィアがカジノホテルを建て始める。その流れで1946年に「フラミンゴホテル」を建てたのが、映画でも有名な「バグジー」ことベンジャミン・ジーゲルですね。で、1950年にラスベガス市の人口が「2万5000人」になったと。

 ここが、上記の人口推移の出発点です。ラスベガス市、2万5000人。善通寺市、3万7000人。そこから一体何があったのか?

***

 「ラスベガスヒストリー」の本とラスベガス市のホームページや資料から集めた情報をものすごくぶっ飛ばして紹介すると、

●1970年代…アメリカの大富豪ハワード・ヒューズが行政と組んでマフィア一掃を始め(カジノライセンス法の改正や会計監査基準の厳格化等でマフィアを締め上げた)、ついにマフィア勢力を駆逐。それを機に、マフィア以外の民間資本が、アラジン、サーカスサーカス、シーザーズパレス、ハラス、バリーズ、インペリアルパレスといったカジノホテルを建てて「ラスベガスビジネス」を一気に大きくする。

 ちなみに、人口と観光客数のデータは、
(1970年)人口12万5787人、観光客数 700万人。
(1980年)人口16万4674人、観光客数1194万人。
(1990年)人口25万8295人、観光客数2095万人。

 とのことです。で、次にこの局面を飛躍させたのが、31歳の若者。

●1989年…スティーブ・ウィンが31歳で「エンターテインメント・テーマホテル」という新しいコンセプトの巨大ホテル「ミラージュ」を開業。そこから一気にラスベガスの巨大ホテルブームが始まり、2000年までの約10年間に、リオ、エクスカリバー、ルクソール、トレジャーアイランド、MGMグランド、モンテカルロ、ストラトスフィア、ニューヨークニューヨーク、ベラッジオ、マンダレイベイ、ベネチアン、パリス、プラネットハリウッド…等々の、現在のラスベガスを代表する巨大な「エンターテインメント・テーマホテル」群が出来上がったということです。

 ちなみに、人口と観光客数は、
(2000年)人口47万8434人、観光客数3585万人。
で、これが現在は人口が62万人を超え、観光客数も3000万人台をキープしている(マカオにラスベガスのカジノ資本が進出して、中国等から来ていたカジノ客があっちに取られているので大きな伸びは止まっているらしい)

 さらに、ラスベガス市のあるクラーク郡全体の人口も
(1970年) 27万3288人
(1980年) 46万3087人
(1990年) 74万1459人

 と増え続け、2010年代に入るとそれが一気に加速して、ついに200万人を突破しました(2014年に206万9681人)。5年ほど前にラスベガスで事情通のガイドに取材したところによると、巨大テーマホテルラッシュで、そこで働く人がラスベガス市内からあふれてどんどん郡内人口を増やしているそうです。

 あと、いくつかポイントを挙げれば、
・ラスベガスは、「少子化対策」や「子育て支援」で人口が増えたのではない。
・ラスベガスは、行政主導のイベント開催や「観光振興協議会」や「地方創生戦略」や「地域物産のブランド化」や「おもてなし」等々で観光客が増えたのではない。
・ラスベガスは、圧倒的に優れたビジネスマンが、ビジネスで人口を増やした。
ということでしょうか。

***

 というわけで、これを見た第一感は、「善通寺市は何をやってたんだ」ということですか(笑)。まあ善通寺に限らず、日本中の地方自治体が同じようなものだと思いますが。とりあえず、

 もし「人口増、観光客増」を目指すのであれば、
(1)やろうと思えばできる。
(2)でも、今やっていることのほとんどは、「人口増、観光客増」戦略としては筋が間違っている。
ということだと思います。ただし、「我が市は人口増や観光客増は目指していない」という方針であれば、ラスベガスとの比較やビジネス戦略の基本なんてどうでもいい話ですが(笑)。とりあえず、ここのところ数十年にわたって盛んに言われている「地域活性化」というのが具体的に何を目指しているのか、冷静に考え直した方がいいのではないかと思うような、近年の「地域活性化」ブームです。
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