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2018年05月の日記
2018年5月13日(日)

 もうあまりにどうにもならないし、私もいつまでも現役をやっていては若いもんの足枷になってもいけないので、たいがいのことは「もうええわ」と思ってスルーするようにしているのだが、さすがにそういうのは誰かが止めないかんのではないかと思ったので、久しぶりに新聞記事を引いてみようと思います。

 5月8日の四国新聞より。

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(見出し)
坂出高の教育創造コース生
「街の未来図」描く
坂出LCとワークショップ
「人材の宝庫へ」「明るい古里に」

(リード)
 坂出市文京町の坂出高校(豊島俊哉校長)教育創造コースが7日、地元の坂出ライオンズクラブ(LC、山本淳一会長)とのワークショップを行った。「坂出未来予想図」と題して、同コースの生徒とLCメンバーが2050年の市の姿をイメージして議論。「人材の宝庫へ」「もっと明るいまちになどと、年齢差を超えて古里の将来像を共に描いた。

(本文)
 教育創造コースは教員を志望する生徒を対象に昨年4月、四国4県で初めて開設された。香川大などと連携しながら、国公立大教育学部への進学などを目指した学習を行っている。

 坂出LCとのワークショップは昨年秋に続いて実施。▽異なる世代とコミュニケーションがとれる▽答えのない課題に対し、協働して解決策を考える▽検討した内容を簡潔にまとめて発表できるーなど、生徒の力を伸ばすのが狙いで、2年生40人とLCメンバー18人が参加した。

 8班に分かれた生徒とメンバーは、「現在」と「2050年」の坂出市を絵で表現するため、意見を交わしてイメージを集約。生徒たちは、塩や綿が市の一大特産品だったことや、30年前の瀬戸大橋開通当初のにぎわいぶりをLCメンバーから教わりながら、「架橋で便利さが増した一方で、通過するまちになった」「少子高齢化が進み、買い物している若者の姿が減った」などと市の現状をまとめた。

 「2050年の坂出市」の姿を巡っては、自由な発想が続々と登場した。「私たちが教師となり、大学も誘致し、人材の宝庫と呼ばれるような教育のまちを目指す」という将来像のほか、「人口を増やすためには、明るい雰囲気が必要」として▽商店街に花木を植える▽大きな公園やスポーツ施設を作るーなどの意見が出た。

 班のリーダーを務めた東条清太さん(17)は「違う世代の方の違う考え方に触れることができ、良い経験になった」と話していた。

***

 ここに書かれた記事が「やったことや言ったことを正しく書いている」という前提でいきますね。

 まず、高校生がプロの社会人と一緒に勉強会やワークショップをやるというのはいいことだと思うし、子供たちをしっかりした強いやつに育てないとえらいことになるから(もうとっくにえらいことになりつつあるので)、むしろ今以上にどんどんやった方がいいと私は思っています。よって、「ほうほう、何かやっとるな」と思いながら読み進めたわけです。

 ところが、何だ? とりあえず、LCメンバーから昔話を聞いたのか。それを聞いて「架橋で便利さが増した一方で、通過するまちになった」「少子高齢化が進み、買い物している若者の姿が減った」などという、20年以上前の寝言みたいなまとめをしたのか。その話、ちゃんと数字を出して確認したか?

 例えば、平成の大合併が終わってからこの10年で坂出市の人口は92%ぐらいに減ったけど(約4300人減)、同じ橋のたもとの隣町の宇多津町は人口が107%(約1300人増)になっているのはなぜか? そこをきちんと検証したら、坂出市の現状を「坂出市は架橋で便利さが増した一方で、通過するまちになった」とまとめたらいかんだろ。

 次に、「私たちが教師となり、大学も誘致し、人材の宝庫と呼ばれるような教育のまちを目指す」とかいう目標を掲げるのはいいけど、その目標を達成するための整合性の取れたプロセス(戦略書と実行計画書)は検討してみたか? 「どうやって実現するか? それは可能か?」という戦略書と計画書の付いていない意見や主張ばかりするような人間になったら、「祝詞みたいなきれいごとを言うだけで、いざやらせたら無茶苦茶になる」という、どこかの国の無能な野党みたいになるぞ。

 3つ目、「人口を増やすためには、明るい雰囲気が必要」として▽商店街に花木を植える▽大きな公園やスポーツ施設を作る、という意見、ほんとに出たんですか? もし本当にそんな意見が出たのであれば、それを誰も正さなかったのですか? 私は社会人になってこの方、会社の売上がどんどん落ちている時に、売上増戦略として「会社に花を植えよう」「会社にテニスコートを作ろう」などという作戦を実行した会社は見たことがないんですけど。

***

 まあ、高校生に実践的な現状分析や実行可能な戦略立案を期待するのは酷だと思うけど、最低限、「何かを実現しようとするなら、まず、実践的な現状分析と実行可能な戦略が伴っていなければならない。その戦略は当然、目的を達成するために有効な戦略でなければならない」という原理原則はきちんと教えてやらないと、本当に町を再建できるような能力のある人材は絶対に育ちませんよ。

 近年、「それは人口増戦略としては全く有効ではないぞ」「それは地域の経済活性化戦略としてはほとんど効果がないぞ」等々の政策や活動がそこいら中にあふれているが、先述のように、私は現世代にはもう大きな期待はしないことにしている。でも、次世代にまで同じような教育をしていたら、また30年以上、いろんなものが沈み続けて行くことになりそうで、ちょっとこの記事に唖然としてしまったのである。

 ただ、唯一の救いは、東条君が「違う世代の方の違う考え方に触れることができ、良い経験になった」という、内容にあまり触れない話(笑)をしていたこと。これで参加した生徒が「坂出市の未来戦略がよくわかりました。これから僕たちがやるべきことが見えてきました」とかコメントしてたら、私が再教育に乗り込んで行かないかんところだった(笑)。うそです。行かないので呼ばないでください(笑)。
2018年5月3日(木)

 怒涛の2週間の末、『インタレスト』の表1と表4を除く22ページのうち、19ページの編集が終わった。

 実は、今回の締切は編集長馬渕の獅子奮迅の活躍で、巻頭から15ページ続く第一特集の編集作業が4月24日に完了するという順調なスタートを見せていたのである。ところが、続いて最終作業に入った第三特集のデータ編集企画4ページが、楽勝だと思っていたのに想定外の難航。編集長馬渕が第一特集にあまりに「獅子奮迅」し過ぎて第三特集に「ネコ怠慢」状態になっていたため、精査していくうちに不備があちこちから見つかって、ことのほか時間がかかってしまったのだ。

 データ収集・分析チームは、特集リーダーの下に5〜6人の学生が担当している。そこで集めたデータは、まず特集リーダーが精査して編集長に報告し、さらに編集長がそれをチェックして私に状況を報告し、私がそれを見て編集の切り口等を判断して一緒に仕上げ作業をやるという段取りである。で、第一特集が終わって25日からデータ特集に取りかかれるようになったので、編集の切り口を整理しようと思って集められたデータを俯瞰して眺めていたのである。すると、どうもあちこちで数字が怪しいぞ(笑)。

 そこで、一次データに当たって数字を確認してみると、あちゃー、データの写し間違いや抜けが何カ所も出てきたではないか。挙げ句の果てには「エチオペア」なる珍妙な国名表記も出てきたりして(笑)。いや、出てきたというより、全てのデータ項目の中に出てくる「エチオピア」が全部「エチオペア」になっているから、たぶんアフリカのデータ収集担当になったやつは完全にあの国を「エチオペア」だと思っているのだ。そうなると、「一匹見たら30匹いると思え」の格言通り、データ全体が信用できなくなってしまった。その結果、結局全部一からデータを再精査せざるを得なくなったというわけだ(なんか、創刊以来ずっと同じようなことをやっているぞ)。

 なんでこんなことになったのかというと、まず、最初のデータ収集作業の段階でミスったやつが原因の発端だけど、これは「データ収集能力や注意力等にバラツキのある学生たち全員にほぼ均等に作業を分担してデータ収集をやらせた」上層部も共同責任。ただし、『インタレスト』は授業だから、そこは多少目をつぶらざるを得ない。

 次に、中間精査すべき特集リーダーが学内の別の活動で忙しくて十分なチェックができてなかったことが第二の原因。そして、その上の編集長と私が先述の通り、「獅子奮迅し過ぎてネコ怠慢」状態になっていたために、ここに至るまで、データの不備に気付いていなかったことが第三の原因。つまり、トップから末端まで原因だらけじゃ(笑)。けどまあ、『インタレスト』は学芸会じゃなくて一応世に出す成果物であるから、最後は上層部とトップの私がえらい目をして後始末をするのである。
 
***

 ちなみに、社会に出ると、ちゃんとした会社ならたいてい、こんなことにはならないはずなんですよねえ。

 まず、こういう仕事であれば、「エチオピア」を「エチオペア」と書くようなやつはそもそも採用しない(笑)。次に、部下のマネジメントのできないやつは、しかるべき管理職に置いたりしない。そして、そういう的確な人事ができないようなトップ(経営者)は、会社の成果を挙げることができないから、会社自体が衰退するか潰れて淘汰される。その結果、ちゃんとした会社なら大きなストレスなく成果物に最低限のクオリティは確保できるのである。

 そういうビジネスの原理原則で考えると、近年世間で話題になっている「長時間労働の廃絶」とか「同一労働同一賃金の推進」とか「非正規社員の正社員化推進」とかいう話の中に、この「その仕事がちゃんとできる(向いている)人とできない(向いていない)人がいる」という視点がまるでタブーのようになって出てこないことが、私には「大丈夫かなあ」と心配でならないのである。そこを無視して「みんな平等に扱え」と言っていると、間違いなく、その会社の製品や商品やサービスの質は落ちてくるのに(実際、製造業もサービス業も質が落ちているために起こる事件が多発しているでしょう)。

 みんな、社会主義を目指しているのかなあ。それなら、一旦破綻したシステムの欠陥を覆すような新しい社会主義の完成予想図を提示してから動かないと、物事の整合性がとれなくなりますよ。

 とりあえず、私が身近で見る限り、「お前はこういう分野の仕事は向いてないと思うぞ」という学生がかなりたくさんいます。ところが、そういう学生のほとんどが「エチオピアをきちんとエチオピアと書ける学生を求めている会社」へ就職しようとしているのです。さらに言えば、大学の就職指導者も、学生の親も、みんな学生をそういう会社へ就職させようとしているように見えてならない。「エチオピア」を「エチオペア」だと思っていてもちゃんと付加価値を出して充実した人生を送れるような仕事は、他にいっぱいあるのに。

 「大学に行っているのだからそれぐらいは望まないと」とか思っているのかなあ。でも、大学で高度な学問を学んでその道に進んで成果を挙げられるような学生でない学生が大量に発生していることは、もうとっくに社会問題になっているのに(大学の無償化なんかやったら、そういう学生がさらに大量発生しますよ)。まあ、私はいつも全力だから、教育の段階ではどんな学生にもわずかでも可能性はあると思いながら、頑張って彼らの能力アップを目指していますけど。
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